私と旦那は、似たもの夫婦のようで全く似ていない。
似ているところは、田舎の一般家庭に生まれ、中高一貫の私立に通い大学に進学し、就職したもののすぐに辞めることになり、アルバイトを経て、大学で勉強した事とは全く関係ない仕事で生活のために働いているところ。
経歴だけみれば、似ているとは思う。
だけど、私の経歴の中には、メンタルクリニックに通ったり、統合失調症で真っ黒歴史の時期があったりする。
どれだけ断捨離しても、真っ黒歴史はいつだってそばにいて、私は過去から自分を引きはがすことができず、もう死にたいっていつもなってしまう。
それで、いつだって私は、早めに死にたいと思っている。
一方、旦那は、家の中では凄腕の主夫である。
料理を作るのが好きで、家庭菜園を育てるのが趣味で、汚れを見かけると掃除をしないと気が済まない。
職場では仕事が面倒らしいが、家ではイキイキしている。
私は、洗濯とかトイレ掃除とか残りの家事を義務的にこなして、一応やっているていを守っている。
その感じは、人生観にもつながっていて、私はどこか義務的に生きている感が否めない。
仕事にも本当は行きたくないし、家に居てふと過去を思い出すことにも疲れて、早めに死にたいとなる。
旦那に、私は早めに死にたいと初めて話した時、「俺はあと100年は生きたい」と普通に言っていて、マジか!!そんな人もいるのか!!と本気で驚いた。
それで、この人、私といて幸せなのだろうか?と疑問に思うこともある。
職場のことは知らないが、家では凄腕の主夫だ。
もっといい人もいただろうに、と私ですら思ってしまう。
そんな私をよそに、旦那は「幸せだと思う」と言う。
私が、旦那の存在に対して最もありがたいと感じるところだ。
私は、早く死にたい話をしているのに、平凡な日常を送れている今が幸せなのだと話す。
だから、私は死ねないし、でも、旦那より先に早めに死にたい。
そして、旦那には宣言通り、長く生きて欲しい。
もとより家事で困ることも無ければ、再婚で困ることもないだろう。
そんなアンバランスな夫婦の平和な日常と、そこに潜む私のどうしようもない闇と感謝を添えて、ブログを綴っていけたならいいなぁと思う。