貧困家庭でも勉強する気がない生徒には「来るな」 子どものやる気だけが“月謝”の「無料塾」の挑戦
12/3(日) 9:32配信
AERA dot.
「無料塾」とは、読んで字のごとく、子どもたちから授業料を一切取らず、ボランティア講師が無料で勉強を教える塾だ。八王子にある無料塾「八王子つばめ塾」を運営する小宮位之氏は、これまで300人以上の貧困家庭の子どもたちの学習を支援してきた。子どもに求めるのは勉強へのやる気のみ――それだけが「月謝」の代わりとなる。無料だからといって質が低いわけではない。むしろ、有料塾以上の価値を得られる可能性もあるが、やる気のない生徒には厳しさもある。小宮氏が追求する「無料塾」の理想形とは。『「無料塾」という生き方』(ソシム)より一部を抜粋、編集して掲載する。
* * *
■入塾できる3つの条件
私が運営する八王子つばめ塾の講師は、全員がボランティアで構成されています。交通費は自己負担で、アルバイト代も受け取らないボランティアの講師が、子どもたちを無料で導いてくれています。教室は、八王子市の公民館や病院、市内の寺院が地元市民のために活動場所として提供するビルの1室などを使わせていただいています。
講師だけでなく運営や事務も、すべてボランティアスタッフのサポートと寄付金によってまかなわれています。2012年のスタート以来、資金や物品を含めるとのべ200人以上の方から寄付をいただきましたが、初めての寄付は八王子つばめ塾の卒業生からでした。この2千円は今でも私の心の中に、温かいものをもたらしてくれています。
八王子つばめ塾に生徒が入塾するには、次に掲げる3つの条件があります。
・ご家庭が経済的に困難であること
・ほかの有料塾、家庭教師に習っていないこと
・本人に勉強をする気があること
この3つの条件をすべて満たさないと、入塾はできません。
■入塾面談で「やる気」を確認
勉強へのやる気は、入塾面談の際に「今、八王子つばめ塾の説明を聞いて、見学もしてもらいましたが、ここで、頑張ってみようと思いますか?」と必ず確認します。大半の生徒はここで、「うん」とうなずくので、入塾許可を出しますが、中には「うーん」と渋る子もいます。
そうしたら、「分かりました。無理に入塾してもらうことはありません。お母さんとよく話しあって、連絡をください」と返します。あくまでも本人に「勉強しよう!」というやる気がなければ、決して長続きしないからです。
また、年に一度、生徒たちにはこう話しています。
「いいかい、君たちに『勉強したい』という熱意があるから、私や大勢の講師がここにいるのであって、君たちが勉強しないのであれば、今すぐこの塾をやめてもらってかまわない。君たちからは1円ももらっていないし、君たちのほかにもここで勉強をしたい子どもたちが待っているんだから。やる気のない生徒が席を埋めているのであれば、待っている生徒に申し訳ない。だから、もしここで寝るのであれば、家で寝てくれ」
すると、生徒も表情が変わります。「小宮先生が怒っている。これは勉強しないとヤバい」と思っているかもしれません。もし、生徒の保護者からお金をもらっている有料塾ならば、授業中に居眠りをしていてもむやみに追い出されることはないでしょう。八王子つばめ塾は「やる気」だけが、生徒からもらうもの、いわば「月謝」です。やる気という「月謝」を持ってこない生徒は来てくれるな、とはっきり言えるのです。
■「無料」が秘める可能性
「無料で運営することの難しさ」についてよく聞かれますが、強いて言えば、ボランティア講師や会場の数が限られているために授業のコマ数を増やせないことくらいで、無料だから難しいとは感じていません。むしろ無料でやっているからこそ、有料塾にはない可能性が秘められているのです。
市場経済の理屈で考えれば、無料塾で提供している0円の教育には、価値がないように見えるかもしれません。確かに世間では1万円を出せば1万円相当の、5千円を出せば5千円相当のサービスやものが手に入ります。支払った費用に相応する価値があると思ってお金を出すのが当たり前です。
しかし、八王子つばめ塾で教えてくれている講師には、普通の有料塾で教えを受けたら、いくら必要になるか分からないほどの経歴を持つ方もいます。例えば、大手の自動車メーカーや総合IT企業で管理職向けのTOEIC講座を担当するプロの英語講師の方もいます。必ずその講師に当たるかは、くじ引きみたいなもので分かりませんが、有料塾で教えてくれる講師よりも、ともするとポテンシャルの高い先生に教えてもらえる可能性があるということです。少なくとも、無料であるがゆえに、有料の塾以上の価値を得られる可能性があるのです。
つまりハイリスク・ローリターンの可能性はゼロで、ノーリスク・ハイリターンの可能性さえあるのです。
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貧困家庭を救う「無料塾」をつくった37歳会社員がまさかの“貧困”に…立ち上げ1年の壮絶なバイト生活
12/4(月) 7:02配信
AERA dot.
2012年に生徒1人から始めた無料塾「八王子つばめ塾」は、半年後には生徒が6人に増えた。このとき、創始者の小宮位之氏は、正社員の仕事を辞めて塾の運営に専念すると決意を固めた。それからは妻と3人の幼子を養うために、複数のアルバイトと塾運営を掛け持ちする日々が始まる。貧困に苦しむ子どもを救うために無料塾を立ち上げた本人が貧困に陥ってしまうというパラドックス――だが、この苦しい生活の先にあったのは、1年後に大きく成長した「八王子つばめ塾」の姿だった。『「無料塾」という生き方』(ソシム)より一部を抜粋、編集して掲載する。
* * *
■育った場所へ戻ってくる「つばめ」
なぜ「つばめ」なのかと、よく質問されます。実は小さな頃から住んでいた都営団地のすぐ近くにツバメの巣があって、親鳥が子育てをしていたのです。その様子を毎年観察し、幼心にツバメはかわいいな、と思いながら私は育ちました。
ツバメはご存じのとおり渡り鳥で、春に生まれた雛が大きくなり、夏になると巣立って海を越えて南の国々へと旅立ちます。そこで成長したツバメは、また翌年の春に日本へ戻ってくるといいます。その習性と無料塾で実現したいこととが、パッと重なり、これはピッタリだと思ったのです。
八王子つばめ塾は、100%ボランティアで構成されている組織です。その原動力の1つは、ボランティアによる学習支援を受けた子どもたちが大きくなって、またボランティアというフィールドに戻ってきてもらいたいという思いです。
同じ巣や同じ地域でなくても、教育ボランティアでなくてもかまいません。それぞれが成長した先でそれぞれが行えるボランティアをしてもらうこと。自分から人のために行動しようと思ってもらうこと。これこそが私たちの理念であり、それを実現してもらいたいという願いを込めて、「八王子つばめ塾」と名付けたのです。
■本人が貧困に陥る
2012年9月、八王子つばめ塾は、講師は私1人、生徒1人から始まりました。
半年後には、1人だった生徒は6人に増えました。ボランティア講師のなり手はそれ以上に増え、10人を超えていました。生徒よりも講師のほうが多い教室で、私も一緒に教える日もありました。
教育畑出身だった私には、八王子つばめ塾はまさに天職でした。働きながらボランティアをやってみたいと、ある意味で気軽に立ち上げた無料塾の活動に、やればやるほどのめり込んでいきました。
八王子つばめ塾を作って約半年後の2013年3月末で勤め先を退職。4月には長男の小学校入学式を、その数日後には次男の幼稚園入園式を控えています。その父は、再就職先はおろかアルバイト1つ決まらない完全な無職です。そして三男はまだ1歳半。
その1週間後に、ようやく月収数万円のアルバイトが決まりましたが、とても生活費には足りません。どうしようもない状態です。妻は「私も働けるから」と、早朝からパートに出てくれました。
その後も家族を養う手だてを探し、家庭教師、予備校の講師、弁当屋の皿洗いに配達、コンビニの夜勤……無料塾の運営や生徒に教える時間を確保できる仕事ならば何でもやりました。何足ものわらじを履きながら、八王子つばめ塾で教え続けました。しかし、八王子つばめ塾の運営は本当に楽しくて、つらいと思ったことは一度もありません。一番の苦労は、自分と家族の生活を守ることでした。
妻と3人の子どもを抱えながら自分のやりたいことへと突き進むのですから、家族に苦労をかけてはいけないと思い必死に働きました。37歳にもなってアルバイト先で「いい加減に仕事を覚えろ! お前!」なんて頭ごなしにどなられながら、厳しい生活を送る毎日でした。
貧困をなんとかしたい! と無料塾を立ち上げた本人が貧困に陥るブラックジョークのような状況です。ここまで没頭して打ち込まなければいいのでしょうが、無料塾を全国に広げたいと思ってしまったものだから、こればっかりは致し方ありません。
■設立から1年で生徒は50人に
アルバイトを掛け持ちしながら、2013年5月にNPO法人化を目指すための準備を始めました。これまでは全くもって個人の活動でしたが、生徒やボランティア講師が集まるようになり、活動を個人で対応できる範囲にとどめるべきではなく、オープンな形で進めていくべきだと思うようになりました。
その根っこにあったのは、私的な活動から公的な活動へ、さらに八王子から全国へ無料塾を広めたいという思いでした。
この当時は、八王子つばめ塾どころか無料塾自体が全く知られていませんでした。私が無料塾の活動を広めるべく「無料塾を作りませんか」と話をしても、どこの馬の骨とも分からない男が、聞いたこともない塾を作ろうと言っているだけです。そこで、しっかりとした団体が運営しているという裏付けを得るためにNPO法人化が必要だと考えました。
すべては「現在の収入格差を、子どもたちの教育格差にしない。そして現在の教育格差を、次世代の収入格差につなげない」という大きな目標のためです。
東京都の認証を受け、2013年10月28日付けで「特定非営利活動法人八王子つばめ塾」になりました。
苦しい生活が続く一方、八王子つばめ塾には、次から次へと関わる人が増えていきました。設立当初は、「2~3年後に生徒が10人いて、5教科のうち1教科でも上手に教えられる講師が各教科で1人ずつ、合計5人も集まれば、立派な教育ボランティアだと胸を張れる」とイメージしていました。ところが1年後には生徒が50人にまで増え、ボランティア講師も約60人と大所帯になります。
たった1年でここまで大きくなるとは、予想だにしていませんでした。
●小宮位之(こみや・たかゆき)/認定NPO法人八王子つばめ塾理事長。1977年東京都生まれ。貧困家庭に育つ。都立南多摩高校、國學院大學文学部史学科卒業。私立高校の非常勤講師や映像制作の仕事を経て、2012年に無料塾である「八王子つばめ塾」を設立。翌年、NPO法人化。塾創設以来11年間で、300名を超える卒業生を高校や大学に送り出す。無料塾を立ち上げたいという個人への助言活動も精力的に行い、全国で50か所以上の無料塾の立ち上げをサポート。現在は、NPO法人東京つばめ無料塾の理事長を兼任し、東京薬科大学と私立高校で非常勤講師を務める。
12/3(日) 9:32配信
AERA dot.
「無料塾」とは、読んで字のごとく、子どもたちから授業料を一切取らず、ボランティア講師が無料で勉強を教える塾だ。八王子にある無料塾「八王子つばめ塾」を運営する小宮位之氏は、これまで300人以上の貧困家庭の子どもたちの学習を支援してきた。子どもに求めるのは勉強へのやる気のみ――それだけが「月謝」の代わりとなる。無料だからといって質が低いわけではない。むしろ、有料塾以上の価値を得られる可能性もあるが、やる気のない生徒には厳しさもある。小宮氏が追求する「無料塾」の理想形とは。『「無料塾」という生き方』(ソシム)より一部を抜粋、編集して掲載する。
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■入塾できる3つの条件
私が運営する八王子つばめ塾の講師は、全員がボランティアで構成されています。交通費は自己負担で、アルバイト代も受け取らないボランティアの講師が、子どもたちを無料で導いてくれています。教室は、八王子市の公民館や病院、市内の寺院が地元市民のために活動場所として提供するビルの1室などを使わせていただいています。
講師だけでなく運営や事務も、すべてボランティアスタッフのサポートと寄付金によってまかなわれています。2012年のスタート以来、資金や物品を含めるとのべ200人以上の方から寄付をいただきましたが、初めての寄付は八王子つばめ塾の卒業生からでした。この2千円は今でも私の心の中に、温かいものをもたらしてくれています。
八王子つばめ塾に生徒が入塾するには、次に掲げる3つの条件があります。
・ご家庭が経済的に困難であること
・ほかの有料塾、家庭教師に習っていないこと
・本人に勉強をする気があること
この3つの条件をすべて満たさないと、入塾はできません。
■入塾面談で「やる気」を確認
勉強へのやる気は、入塾面談の際に「今、八王子つばめ塾の説明を聞いて、見学もしてもらいましたが、ここで、頑張ってみようと思いますか?」と必ず確認します。大半の生徒はここで、「うん」とうなずくので、入塾許可を出しますが、中には「うーん」と渋る子もいます。
そうしたら、「分かりました。無理に入塾してもらうことはありません。お母さんとよく話しあって、連絡をください」と返します。あくまでも本人に「勉強しよう!」というやる気がなければ、決して長続きしないからです。
また、年に一度、生徒たちにはこう話しています。
「いいかい、君たちに『勉強したい』という熱意があるから、私や大勢の講師がここにいるのであって、君たちが勉強しないのであれば、今すぐこの塾をやめてもらってかまわない。君たちからは1円ももらっていないし、君たちのほかにもここで勉強をしたい子どもたちが待っているんだから。やる気のない生徒が席を埋めているのであれば、待っている生徒に申し訳ない。だから、もしここで寝るのであれば、家で寝てくれ」
すると、生徒も表情が変わります。「小宮先生が怒っている。これは勉強しないとヤバい」と思っているかもしれません。もし、生徒の保護者からお金をもらっている有料塾ならば、授業中に居眠りをしていてもむやみに追い出されることはないでしょう。八王子つばめ塾は「やる気」だけが、生徒からもらうもの、いわば「月謝」です。やる気という「月謝」を持ってこない生徒は来てくれるな、とはっきり言えるのです。
■「無料」が秘める可能性
「無料で運営することの難しさ」についてよく聞かれますが、強いて言えば、ボランティア講師や会場の数が限られているために授業のコマ数を増やせないことくらいで、無料だから難しいとは感じていません。むしろ無料でやっているからこそ、有料塾にはない可能性が秘められているのです。
市場経済の理屈で考えれば、無料塾で提供している0円の教育には、価値がないように見えるかもしれません。確かに世間では1万円を出せば1万円相当の、5千円を出せば5千円相当のサービスやものが手に入ります。支払った費用に相応する価値があると思ってお金を出すのが当たり前です。
しかし、八王子つばめ塾で教えてくれている講師には、普通の有料塾で教えを受けたら、いくら必要になるか分からないほどの経歴を持つ方もいます。例えば、大手の自動車メーカーや総合IT企業で管理職向けのTOEIC講座を担当するプロの英語講師の方もいます。必ずその講師に当たるかは、くじ引きみたいなもので分かりませんが、有料塾で教えてくれる講師よりも、ともするとポテンシャルの高い先生に教えてもらえる可能性があるということです。少なくとも、無料であるがゆえに、有料の塾以上の価値を得られる可能性があるのです。
つまりハイリスク・ローリターンの可能性はゼロで、ノーリスク・ハイリターンの可能性さえあるのです。
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貧困家庭を救う「無料塾」をつくった37歳会社員がまさかの“貧困”に…立ち上げ1年の壮絶なバイト生活
12/4(月) 7:02配信
AERA dot.
2012年に生徒1人から始めた無料塾「八王子つばめ塾」は、半年後には生徒が6人に増えた。このとき、創始者の小宮位之氏は、正社員の仕事を辞めて塾の運営に専念すると決意を固めた。それからは妻と3人の幼子を養うために、複数のアルバイトと塾運営を掛け持ちする日々が始まる。貧困に苦しむ子どもを救うために無料塾を立ち上げた本人が貧困に陥ってしまうというパラドックス――だが、この苦しい生活の先にあったのは、1年後に大きく成長した「八王子つばめ塾」の姿だった。『「無料塾」という生き方』(ソシム)より一部を抜粋、編集して掲載する。
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■育った場所へ戻ってくる「つばめ」
なぜ「つばめ」なのかと、よく質問されます。実は小さな頃から住んでいた都営団地のすぐ近くにツバメの巣があって、親鳥が子育てをしていたのです。その様子を毎年観察し、幼心にツバメはかわいいな、と思いながら私は育ちました。
ツバメはご存じのとおり渡り鳥で、春に生まれた雛が大きくなり、夏になると巣立って海を越えて南の国々へと旅立ちます。そこで成長したツバメは、また翌年の春に日本へ戻ってくるといいます。その習性と無料塾で実現したいこととが、パッと重なり、これはピッタリだと思ったのです。
八王子つばめ塾は、100%ボランティアで構成されている組織です。その原動力の1つは、ボランティアによる学習支援を受けた子どもたちが大きくなって、またボランティアというフィールドに戻ってきてもらいたいという思いです。
同じ巣や同じ地域でなくても、教育ボランティアでなくてもかまいません。それぞれが成長した先でそれぞれが行えるボランティアをしてもらうこと。自分から人のために行動しようと思ってもらうこと。これこそが私たちの理念であり、それを実現してもらいたいという願いを込めて、「八王子つばめ塾」と名付けたのです。
■本人が貧困に陥る
2012年9月、八王子つばめ塾は、講師は私1人、生徒1人から始まりました。
半年後には、1人だった生徒は6人に増えました。ボランティア講師のなり手はそれ以上に増え、10人を超えていました。生徒よりも講師のほうが多い教室で、私も一緒に教える日もありました。
教育畑出身だった私には、八王子つばめ塾はまさに天職でした。働きながらボランティアをやってみたいと、ある意味で気軽に立ち上げた無料塾の活動に、やればやるほどのめり込んでいきました。
八王子つばめ塾を作って約半年後の2013年3月末で勤め先を退職。4月には長男の小学校入学式を、その数日後には次男の幼稚園入園式を控えています。その父は、再就職先はおろかアルバイト1つ決まらない完全な無職です。そして三男はまだ1歳半。
その1週間後に、ようやく月収数万円のアルバイトが決まりましたが、とても生活費には足りません。どうしようもない状態です。妻は「私も働けるから」と、早朝からパートに出てくれました。
その後も家族を養う手だてを探し、家庭教師、予備校の講師、弁当屋の皿洗いに配達、コンビニの夜勤……無料塾の運営や生徒に教える時間を確保できる仕事ならば何でもやりました。何足ものわらじを履きながら、八王子つばめ塾で教え続けました。しかし、八王子つばめ塾の運営は本当に楽しくて、つらいと思ったことは一度もありません。一番の苦労は、自分と家族の生活を守ることでした。
妻と3人の子どもを抱えながら自分のやりたいことへと突き進むのですから、家族に苦労をかけてはいけないと思い必死に働きました。37歳にもなってアルバイト先で「いい加減に仕事を覚えろ! お前!」なんて頭ごなしにどなられながら、厳しい生活を送る毎日でした。
貧困をなんとかしたい! と無料塾を立ち上げた本人が貧困に陥るブラックジョークのような状況です。ここまで没頭して打ち込まなければいいのでしょうが、無料塾を全国に広げたいと思ってしまったものだから、こればっかりは致し方ありません。
■設立から1年で生徒は50人に
アルバイトを掛け持ちしながら、2013年5月にNPO法人化を目指すための準備を始めました。これまでは全くもって個人の活動でしたが、生徒やボランティア講師が集まるようになり、活動を個人で対応できる範囲にとどめるべきではなく、オープンな形で進めていくべきだと思うようになりました。
その根っこにあったのは、私的な活動から公的な活動へ、さらに八王子から全国へ無料塾を広めたいという思いでした。
この当時は、八王子つばめ塾どころか無料塾自体が全く知られていませんでした。私が無料塾の活動を広めるべく「無料塾を作りませんか」と話をしても、どこの馬の骨とも分からない男が、聞いたこともない塾を作ろうと言っているだけです。そこで、しっかりとした団体が運営しているという裏付けを得るためにNPO法人化が必要だと考えました。
すべては「現在の収入格差を、子どもたちの教育格差にしない。そして現在の教育格差を、次世代の収入格差につなげない」という大きな目標のためです。
東京都の認証を受け、2013年10月28日付けで「特定非営利活動法人八王子つばめ塾」になりました。
苦しい生活が続く一方、八王子つばめ塾には、次から次へと関わる人が増えていきました。設立当初は、「2~3年後に生徒が10人いて、5教科のうち1教科でも上手に教えられる講師が各教科で1人ずつ、合計5人も集まれば、立派な教育ボランティアだと胸を張れる」とイメージしていました。ところが1年後には生徒が50人にまで増え、ボランティア講師も約60人と大所帯になります。
たった1年でここまで大きくなるとは、予想だにしていませんでした。
●小宮位之(こみや・たかゆき)/認定NPO法人八王子つばめ塾理事長。1977年東京都生まれ。貧困家庭に育つ。都立南多摩高校、國學院大學文学部史学科卒業。私立高校の非常勤講師や映像制作の仕事を経て、2012年に無料塾である「八王子つばめ塾」を設立。翌年、NPO法人化。塾創設以来11年間で、300名を超える卒業生を高校や大学に送り出す。無料塾を立ち上げたいという個人への助言活動も精力的に行い、全国で50か所以上の無料塾の立ち上げをサポート。現在は、NPO法人東京つばめ無料塾の理事長を兼任し、東京薬科大学と私立高校で非常勤講師を務める。