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ビッグソルトの秘密

人生60年を超えて、これまで積み重ねてきた経験を
今ここでカミングアウトしていきます。

今日は先生たちが歓送迎会を開いてくれます。

平成4年8月1日、前職のJA静岡を退職し千代田幼稚園に体操を教えるため赴任しました。そこには天国の女房の生前の姿がありました。
僕のデスクは女房の横、しかし子供と女性が中心の幼稚園の世界では、なかなか男性職員の存在が受け入れられませんでした。
だけど僕は僕のままでいました。そして父母にも恵まれていたので、僕の存在は深いものへと変わっていきました。
ところが、不幸は突然襲ってきました。平成6年1月16日の女房の死去。
これがその後の僕を運命づけました。残された子供たち、女房のご両親の介護。幼稚園の勤務。
これらの押しつぶされそうになった僕は、途方に迷っているときに出会ったのが、路上ライブ中のいきものがかり。
彼らの音楽に生きる希望を見出した僕は、それからファンになりました。
平成16年度からは園長に就任しました。
そして平成19年度に入ると、千代田幼稚園は耐震補強工事とリニューアル工事に入りました。
平成19年8月16日には急性心不全及び急性腎不全の合併症で倒れ、僕は長い闘病生活に入りました。
平成20年度からは園長と理事長を兼任することになり、責務はさらに重くなりました。
介護生活は平成22年に終了しましたが、心臓と腎臓の数値は悪くなるばかり。それを決定づける事態が・・・
平成27年1月16日、そう、女房の命日に僕は幼稚園で急変したのでした。しかも救急搬送された病院も女房と同じ・・・
急変の原因はインフルエンザに感染したこと・・・
そのインフルエンザが急性だったものを慢性化してしまいました。
そして次々と合併症が増え、僕の体は人工透析へと近づいていきました。
しかし最初の入院の時から血管が細いと言われ、人工透析にはそれが大きなリスクになっていました。
少しでもストレスから解放されるように、僕は平成27年度末で園長を退任し、理事長に専念することにしました。
そして僕の心は、千代田幼稚園の認定こども園化でした。そのための具体的な職務も新園長に任せ、僕は少しずつ治療に専念していきました。
そして平成29年度、僕は病院と相談しながら秋には辞任することを表明しました。
約2400人の子ども達と関わってきた25年間。
実はまだ、仕事は多少残っているのですが、先日の卒園式同様、今日も一つのけじめとして、そして歓送迎会の後には、大切な家族が待っています。

10年以上も闘病生活を続けている僕。
治療に専念するために、来月で仕事を退職します。
ですが、その後の収入の不安もあり、自宅を売却して引っ越しました。
その際、猫たちは連れてくることができたのですが、家の外で飼っていた柴犬のマリーを
ご近所の方に譲ることにしました。

少しでも健康な状態で里子に出したかったので、引越し前に検査を受けました。
そこで見つかったのがフィラリア。寄生虫による病気です。
しかし状態は安定していたので、毎月僕が病院に連れていくことを前提で、1月13日にお渡ししました。

思えば、昨年7月には柴犬のコタロウ、10月には愛猫のレオを病気で亡くしました。
動物病院の医師によると、動物たちも引越しで飼い主を悩ませることを予感して、自らの寿命を縮めたのではないかと・・・
どの子も苦しむことのない安らかな眠り方でした。

フィラリアに侵されたマリーは、新しい家庭のもと元気に過ごしていました。
ところがマリーの急変の報告を受けたのは、お渡ししてから1週間後のことでした。
そこで病院はマリーのために、新しい飼い主に、飼育上の様々なお願いを伝えました。
しかし、それにふさわしくない家だったのです。

行き場の失ったマリーは、動物病院への入院生活を続けました。
最近になり、ようやく別の里親が見つかりました。
ところが、2月20日にマリーは天国に旅立ちました。
マリーもまた、今にも起き上がりそうな安らかな寝顔で旅立ちました。

そして昨日朝、マリーを引取りに動物病院に行きました。
綺麗に死後処置をしていただいて、ペット用のお棺に入れてくれてありました。
その表情は前日と変わらず、呼吸をしているかのように見えました。

入院費用を支払い、看護師さんたちが見送る中、僕はマリーを連れて供養に向かいました。
車のハンドルを握りながら、ずっと『マリー、ごめんね!』と涙で叫んでいました。
動物の命を守るのは飼い主の責任。決して怠ってはいけません。

しかし僕は、その大切な命を守ることができないばかりか、人間の都合で振り回してしまいました。
どの子も愛されて幸せそうに旅立ったので、あまり自分を責めないでくださいという獣医さん。

わずか1年のうちに3つの大きな命を失ってしまった僕は、残された4匹の猫たちを
亡くなった子達の分も愛し続けると、誓うのでした。