ヒマワリノタネ -2ページ目

ヒマワリノタネ

ひまわりの、ひまわりによる、ひまわりのための。

歩いて

走って

歩いて
歩いて

立ち止まって

走って
転んで

泣いて

泣いて

泣いて

立ち上がって

泣いて
走って

泣いて
泣いて

走って

振り返らずに

そして

走って

前を見て

泣いて

空を

見あげた
空の中に見える昨日
笑う君の姿
隣には僕
その距離 10センチ

歌声が聞こえていたのだけれど
姿が見えなくて
何も聞こえなくなってから
鮮明に見えた
それは音がはやすぎたせい
この世界の法則

星の中に見えるは明日
君の微笑む姿
隣には僕
その距離 3センチ

触れられるところにいたのに
手を伸ばせなくて
この手伸ばすころにはもう
そこにはいないね
いつもなくしてから気づく
この世界の法則

季節は幾度も巡り
僕らはいつでも隣にいる
これからもずっと
その距離 10000キロメートル
思い出はいつだってキラキラと輝く
今までも
これからも
それらはただの思い出に過ぎない
優しくて
甘くて
眩しくて

それ以外の悲しいことや
苦しいこと
腹立たしいこと
虚無感
それらは全て綺麗に身を隠し
ただただ
幸せな場面だけを思い出させる

私は常に傍観者でありたい
ビー玉を光にかざして
ああ綺麗だなって
そう思うだけの
傍観者でありたい

大切に大切に
引き出しの奥にしまっておくね
飛ぶように日々が過ぎて行く。

11月7日は大事な友人の誕生日。
いつもメールを送るときに、もう1年経ったんだなと感じるけれど
今年は特にそう感じた。

最近は特に忙しい。
こんなに休みがないのは社会人になってから初めて。
でも、まじめに取り組めばその分自分に返ってくることを感じる今日この頃。
仕事も人間関係も。

「なるようにしかならない」というのは
私がよく思うこと。
あきらめのように感じるけれど、
あきらめではなくて、覚悟だと思う。
良くも悪くも、自分次第だから、やるしかない。
そんな感じ。

開き直るのは、悪いことではないと思う。
あきらめが肝心、とは少し違う。
開き直ることは、ちょっと一旦おいておくようなイメージ。
あきらめないけど、今はおいておく。

10年間好きなアーティストが2人いて
かつてその人たちのインタビューをむさぼるように読んだ。
それは心の奥で私の一部となっていて、
最近になってその言葉たちの本当の意味を知る。
自分で理解できたら、その次へ。
覚えるだけだった「良いもの」を
自分で感じて、「良い」点を知る。
その次。
生かすこと。

「良い」と感じなかったことを「良い」と感じるようになった。
「嫌い」だったものが「嫌い」ではなくなった。
好きなものが増えたというよりは、
良いものも嫌いなものもそれぞれだと思えるようになったからかな。

2013年のうちに
色々とすっきりさせよう。

高く。
高く。
いつまでも僕ら
子供のようだね
あれから何年も経ったけど

距離なんて思い入れによって
どうにでもなる
その言葉に心がうずいたことは
秘密にしておくね

気がつけばまた秋がきて
今年も大好きな季節が通り過ぎてしまったことを知る

いつまでも僕ら
子供のようだね
通り過ぎるまで気がつかない

一緒に笑ったことも
けんかをしたことも
悲しかったことも
あの時は全てに必死だった
今ではもうよく思い出せない

気がつけばまた夏がきて
昔のように楽しむことができなくなっていると気づく

ふとした瞬間に幻を見る
それは思い出と呼ぶものかもしれないけれど
今となっては確かではない

やっぱり僕ら
子供のようだね
心のどこかで納得ができない

それでも僕ら
子供でないから
そんな思いには気がつかないふりを

気がつけばまた朝がきて
気持ちのいい風が僕らを今日へと運んで行く