不安になるのは自分自身が満たされていない証拠。
人はもとより独りだ。
寄り添い合うだけで、どんな時だって本質的には独り。
見返りを求めるから辛いのであって
あるがままを受け入れ愛すことが日々の生活の「正解」だと思う。
日々の生活。
そこには個々の生活があって、いつも同じ時間を過ごせるわけではない。
思考も人それぞれ、優先順位も人それぞれ。
でもそうなると、ただの共同生活者じゃないか、と思う。
家族になると、相手ありきの生活になると思っている。思っていた。
でもその「相手ありき」の度合いすらも、人それぞれ。
同じくらいの重きを相手に置くとは限らない。
苦しいなあと思いながら毎日を過ごすのは苦しい。
それでもその苦しさを訴える相手すら家族しかなく。
八方塞がりだ、と感じる。
苦しい。
逃げる場所は音楽しかない。
けれど自由に音楽に飛び込むことすらも難しい環境。
疲れているのだろうか。
相手の立場に立って考えなさい、と教えられて育ってきたけれど
それは私がもう一人いた場合にのみ有効な手段だ。
大抵の場合は役に立たない。
どうやらマリッジブルーだ。
結婚後に来ても意味がない。
過去に思いを馳せて日々を過ごす。
逃避でもなんでも、娘の前では笑顔でいたい。
苦しいなあ。