守るだけの政治は、衰退なのではないか?


最近ずっと引っかかっていることがある。


政治の話になると、必ず出てくる三原則。



  • 財政を破綻させない

  • 社会保障を維持する

  • 景気を大きく崩さない


どれも正しい。

どれも大切。


でも、ふと思った。


これって、衰退の入り口じゃない?




事故らない運転


今の日本の政治は、いわば「事故らない運転」だ。


🚗 スピードは出さない

🚗 無理な追い越しもしない

🚗 とにかくブレーキを踏みながら進む


確かに安全だ。


でも――


ずっとブレーキを踏みながら走っていたら、
前に進んでいるのかどうか分からなくなる。


そして周りの国がスピードを上げていけば、
自分が止まっていなくても、相対的には置いていかれる。


これが「衰退している感覚」の正体なんじゃないかと思う。




なぜ“守り”が強くなったのか


バブル崩壊以降、日本はずっと三重苦を抱えている。



  • 財政赤字の拡大

  • 少子高齢化の加速

  • 経済成長率の低下


だから政治は自然とこうなる。


👉 増やすより壊さない

👉 挑戦より安定


リスクを取るより、波風を立てない。


それは理屈では分かる。


でも、感情が追いつかない。




若い世代のしんどさ


安定重視が続くと、若い世代から見るとこう映る。



  • 税負担は増える

  • 将来の給付は不透明

  • 成長の実感がない


つまり、


未来が広がっていない。


これが一番つらい。


お金の問題だけじゃない。


「この先よくなる」という感覚が持てないことが、しんどい。




守り=悪ではない


守ること自体は悪ではない。


社会保障も大事だし、
財政も崩れたら困る。


でも、


守り“だけ”では成長は生まれにくい。


世界が成長している中で、
自分が現状維持なら、それは相対的に縮んでいるということになる。




本当に必要なのはバランス


国家運営は本来、


🛡 守り(安定・社会保障)

🚀 攻め(成長投資・所得拡大・規制改革)


この両輪で回るものだと思う。


今の日本は、


🛡 が重すぎる

🚀 が弱い


そんな印象を受ける。


だから「取られている感」ばかり強くなる。




政府は国民が金を持つのが嫌なのか?


そうではないはずだ。


給料が上がれば税収も増える。
経済が回れば財政も楽になる。


本音は「成長してほしい」だろう。


ただ、挑戦には失敗のリスクがある。
そして失敗の責任は重い。


だから政治は保守化する。




私が本当に感じていること


怒りというより、


🧠 「この国、縮んでない?」という直感。


守るだけでは、夢がない。


未来にワクワクできる政策が、もっとあってもいいんじゃないか。


安定もほしい。
でも希望もほしい。


両方ほしいと思うのは、わがままなのだろうか。





少なくとも、頑張った人が「報われる感覚」だけは失わせない国であってほしい。