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LOVE&FREE~夫婦で世界一周~

♡2012年11月入籍♡
♡2013年1月&2月の2度(!)の結婚式♡
♡2013年4月から1年間 夫婦で世界一周♡
残りの旅も約3分の1、旅行での出来事をメインに
好きなことをつれづれとアップしていきます♪
No adventure, no life!

本来ならバラナシから北上し、
ネパールに行こうかと予定していました。

インド→ネパールに行った旅行者が
口を揃えて言うには、

「地獄から天国をみるようだ」
「ネパールはヒマラヤも見えるし自然がキレイ」
「絶対に行ったほうがいい」


ただ、バラナシからの主な交通手段は
飛行機かバスで、もちろん飛行機は値段的に無理。
残りのバスで検討しましたが、荒い山道を
片道2日かけて行くとのことで・・・
揺れのひどい乗り物は苦手なので、
行ってみたい国だけど今回は諦めました。


そして、バラナシに滞在中に半日サールナートへ。
バラナシから北東約10km先に位置し、
ブッダが初めて説法をした場所であり、
ここも仏教徒にとっては聖地となっています。
前回、ブッダが覚りを得たブッダ・ガヤーに行き、
ここも訪れてみたい土地のひとつでした。

トゥクトゥクで1時間弱。
とても小さな街ですが、バラナシに比べて
とても静かで落ち着いた場所。

メインの観光名所となる
ダメーク・ストゥーパという仏塔の周りに
考古学博物館や各国の仏教寺院がありました。




個人的に見応えがあったのは、
考古学博物館とムールガンダ・クティー寺院。

博物館は保存状態がいい仏像や食器類などが
展示されていて、美術館のようでした。
寺院は野生司香雪という 戦前の日本人画家が
寺院の壁にブッダの生涯を描いたという壁画があり。
これは本当に迫力がありました。





そして、最後に立ち寄ったのは日本寺の
日月山法輪寺。
ここは12年前、相方くんが学生時代に
バックパッカーとしてインドに来た際
訪れた場所で、また行きたかったそう。





当時の思い出深い場所のようで、
夕方の読経に参加したり
お坊さんにお話を伺い当時のお坊さんに
良くしてもらった話をしていました。
とても当時の思い出に浸りながら、
感慨深い時間を過ごせたようでよかったです。
ブッダ・ガヤーを堪能したので、
またまた西へ移動。
今度はバラナシを目指します。

7/26(金)午後にブッダ・ガヤーからガヤーへ
向かい、2度目の鉄道に乗りました。
そこからバラナシの手前の駅・ムガルサライへ。
バラナシにも駅があるのですが、
電車の便はムガルサライ駅着の方が多かったと
チケットを直前で手配したのでバラナシ駅着の
便がなく。所要約3時間の移動でした。


日中の電車内は混雑していて
座席数に対して乗車数が上回っている・・・
後から知りましたが、Sleeperクラスは
昼間の時間帯は自由席状態となって
おり、現地人が空いているスペース
を見つけたらかまわず座ってきます。
チケットチェックもゆるいので
無賃乗車も可能なくらい適当(笑)。
もちろん私たちは座席指定で乗車券購入したのですが
私たちの座席に知らない人たちが座っていても
どいてもらうことも出来ず・・・快適ではなかった汗
ま、数時間の移動なら耐えれますが
長時間なら3等か2等で他の乗客が座れないように
した方がより快適な旅になると思います。


夕方にムガルサライ駅に到着。
今回も遅れることなくオンタイムに到着。

ただ、そこから問題なのは
駅からバラナシ市街地までの移動。
トゥクトゥク移動ですが、その交渉が面倒で・・・DASH!

案の定、駅に到着した途端ドライバー達が
寄って集って、本当に鬱陶しい。
気づくと4、5人は私たちの周りに。
駅構内は絶対ボッタくると思い、駅を出てから
流しのドライバーと交渉しましたが
少し距離のあるバラナシまでは行かないよう。

仕方なく構内に戻りしつこいドライバーと交渉し
やっと06:30pmにトゥクトゥクに乗ってバラナシへ。
ふたりで200INR、きっとボッタくられてます(笑)。



バラナシでは、珍しく日本人宿に泊まりました。
★Friend’s G.H.
ダブルルーム・HOTシャワー&トイレ付き
(ほとんどHOTシャワーでずマイルド(笑))
1泊400INR。
家族経営のこじんまりとした宿ですが
メイン通りに日本語で「友達の宿→」のように
案内図が出ているので見つけやすいかも。


ゲストブック帳に書いてあった、
宿で注文するターリーが絶品とのことで
数日滞在中に何度かお願いしました。
夕食のターリーはひとり100INR。
やはり美味しくて毎回おかわりしてました!!


バラナシの中心街は、広い通りももちろんありますが、
宿やお店が並んでいるベンガリー・トラ通りは
とても細い路地でした。
そこでバイクや自転車も行き来し、牛もいる。
牛や人とすれ違い、糞を踏まないように
歩くのがとても大変です。



そして、バラナシといえば・・・


そう、ガンジス川(ガンガー)ビックリマーク



日本を出る前は、ガンジス川でバタフライを
すると心に決めていました。

でも、実際にガンジス川を目の前にすると・・・






無理~~~~あせるあせる



ガンガーは茶色く濁っていて
水中が全く見えません。
早朝から沐浴をし、聖水を汲み、
時には死体を流す川。
インド人には日常生活の一部となっていて
聖なる川かもしれませんが、
私たちにしてみれば「汚い川」としか思えません(笑)
また、下水や工場排水も流れており
免疫のない私たちが入水することにより
下痢や発熱など体調を崩す人もいるとか。
いろんなリスク回避のためにも、
やはり川に入るのはやめました・・・
ま、新婚旅行だし
あまり無鉄砲に冒険するのはやめなきゃね(笑)


私たちがいた頃は、
ちょうどヒンドゥー教のお祭りがあったようで
インド中のヒンドゥー教徒がガンガーに集まり
毎日お祭り騒ぎのように賑わっていました。
僧侶の服装と同じオレンジ色のTシャツや
パンツを履き、集団でガンガーで沐浴したり
タンクなどに水を汲んでいました。
このガンガーの水は聖水なので、
持ち帰って地元の寺院や家に供えるそう。



海外に行くと、宗教関連で街全体が
お祭りだったり断食があったり規制がかかったりと
日本では見かけないような光景を目にします。
でもその宗教を中心に人々の生活が営まれ、
教えによって人々の心が救われています。
私たち無宗教にとっては不思議としか思えないけど
こうやって各国で宗教にまつわるイベントに
出くわすと、いろいろ勉強になります。


そして、バラナシにはガートとよばれる
川岸に設置された足場となる階段がたくさんあります。
大小あわせて84のガートがあるそう。

その中でも火葬場は2箇所のみで
マニカルニカー・ガートと
ハリシュチャンドラ・ガート。

前者の方が有名で24時間火葬していて、
その分見物客を狙った詐欺や強盗などの
犯罪にも気をつけなれけばなりません。

私たちは2箇所とも行きましたが、
前者では火葬を見ることができ、
後者のガートでは死体を川に流す瞬間を
見ることができました。
子供や出家した人たちが亡くなった場合、
火葬ではなく石の重りを付けて川に流すんです。



早朝から沐浴が始まり、夜にはプージャーという
礼拝儀式が行われるガンガー。
どこのガートに行っても必ず誰かが
沐浴をしていたり、
ガート付近でトランプをしたり
人々の生活と共に生きるガンガー。






インドを代表する場所のひとつに
やっと来れたという、
静かな感動を味わった場所となりました。
初の長距離鉄道を乗り、やってきたブッダ・ガヤー。
その名から分かる通り、ここはあのブッダが
菩提樹の下で瞑想の末に覚りを開いた境地で、
全仏教徒にとって最高の聖地となります。

インドに入るちょっと前から、
モバイル端末に相方くんが入れていた
手塚治虫の漫画・ブッダを読み始めました。
ブッダ・ガヤーに着くまでに読み終えたかったけど
空き時間に少しずつ読んでいましたが
なかなかゆっくり読む時間ってないんですよね。

ただ、漫画で歴史を学び現地に着いてみて、
「あ、ここあの場面で出てきた場所だビックリマーク」とか
「この登場人物見たことある!!」など
私なりに小さな感動を味わうとともに
リアルタイムに読んでいる物語が
何年も昔この地で起きていたんだという
不思議な感覚に陥りました。


ブッダ・ガヤーでのゲストハウスはココ↓
★Rahul G.H.
ツインルーム・HOTシャワー&トイレ付き
Wi-Fiあり(停電も多く繋がらないこと多々あり)
1泊250INR(300ルピーだったのをまけてもらいました)

宿に滞在中、旅で徐々に汚れてきた
ネネを洗ってあげました(*´∇`*)


宿が集中しているメインストリートよりはずれで
夜になると暗い場所でしたが、
1階は家族の住居となっていて
夜になると入口の施錠も徹底していて安心。


実は、このブッダ・ガヤーで
7月初旬にテロが起きていたようです。
世界遺産であるマハーボディー寺院(大菩提寺)
周辺に仕掛けられた小型爆弾が相次いで爆発し、
僧侶が数名負傷したとのこと。
どうやらに隣国ミャンマーでイスラム教徒と仏教徒の
衝突が続いているらしく、インド側のイスラム過激派
の犯行が有力だとか。。。爆弾ドンッ

私たちは現地に来てその事件を知りましたが
確かに寺院周辺では厳戒ムードがしており
滞在中に行こうとしても立入禁止になった時間帯も。


こんな神聖な土地でも、物騒な事件が
起きるものなんですね。


ここでは当初、仏心寺というお寺の宿坊に
滞在しようと考えていましたが、
閑散期ということもあり宿坊に
滞在していたゲストはゼロ。


結果的にゲストハウスの方が料金も安く
快適だったのですが、
相方くんが座禅をしたいとずっと
言っていたので近くの印度山日本寺で
2日間読経&座禅体験に参加しました。




とても静かで落ち着いた場所。
20代後半のお坊さんが、お寺に駐在していました。
日本寺で駐在するまでの経緯や
お坊さんの修業・仏教について
いろいろ教えていただきました。

私は日本でも座禅体験したことがあり
世界一周に出発する前に友人と参加したことがあります。
やり方は違うけれど、日本寺では
自分の呼吸に意識を向けて
思考を「無」の状態に近づける。

普段の生活でなかなか出来る状況ではないし
かつてブッダが修業をした聖地で
思いを巡らせながら本場で座禅体験できたのは
とても良い経験でした。


ブッダ・ガヤー自体はとてもちいさな街で
メインのマハーボディー寺院と
各国の仏教寺院が点在しています。
郊外にもブッダゆかりの地があり、
半日トゥクトゥクをチャーターして回ってきました。


ブッダが6年の修業をした
前正覚山(Mahakala Mountain)


断食苦行をした洞窟


前正覚山から下山しスジャータから
乳粥供養を受けたセーナー村(Sena village)
※ブッダはここで心身回復した後、
菩提樹の下で覚りを開いたとのこと


日本人に有名なトトロの木



そして、メインのマハーボディー寺院は
2日かけて昼間と日没にあわせて参拝しました。



テロの影響でカメラや携帯など
全て持ち込み禁止だったので
写真に収められなかったのが残念・・・汗
でも、しっかりと立派な寺院を
目に焼き付けてきました目

タイやチベットから来た僧侶が
ひたすら念仏を唱え、
ブッダが覚りを開いた菩提樹の回りでは
熱心に礼拝を捧げている僧や巡礼者がたくさんいて
時が経っても絶えず変わらずにいる
仏教というか宗教や信仰の力は
とても強力なんだと感じました。

無宗教の多い私たち日本人には
異世界の光景かと思いますが、
日々の生活でも仏教は関連しているし
日本の文化のルーツを知る
とても良い機会となりました音譜
コルカタで無事ボランティアを終えて、
次に目指すはブッダ・ガヤー。

翌日の7/22(月)、朝からハワード駅へ移動し
まずはガヤー駅まで鉄道で向かいました。

日中移動だし、安くていいから
Sleeperクラス/座席指定ありのチケット。

プラットフォームが多くて迷いましたが、
駅にいる係員らしき人に聞き、無事列車を確認。




インドの列車は車両が多く、
自分たちの車両を探すのにだいぶ歩きました・・・


早めに到着していたので、朝食がてら
売店に売っていたパイやらサモサを購入。


列車に乗ると、中はこんな感じ↓↓





向かい合わせの3段シート(計6名用)になっていて、
中段は基本背もたれになっています。
通路側にも2段座席があり、合計8名が1つのブースに。


個人的には海外で長距離鉄道に乗るのは初めてで、
まさに「世界の車窓から」で見たことある光景ビックリマーク
自然と番組テーマソングが頭の中でリピート音譜
勝手に1人でテンション上がりましたアップ

インドの列車は時間通りに運行しないのが有名で
3~4時間遅れるのは当たり前。
ですが今回ハワード駅は始発だったようで、
時間通りの07:10amに出発してビックリ(゚д゚)


電車から見える外の風景を眺めてみたり
売店で買った朝食を食べたり。
インドは広いので移動も長いです。

各駅に止まるたびに、
売り子さんたちの車両間の行き来が激しくなります。
お菓子やチャイの売り子さんもいれば、
よく分からない金具や紐をもって売り歩いてる人。
そして、物乞いも次から次へとやってきます。
寝たフリしても、叩いて起こしてきます(笑)。
本当にインド人は自由すぎる。




電車に揺られて数時間、
相方くんは寝不足気味のため
向かい側の最上段で仮眠を取り始めました。


すると、
正午すぎに何となく体内で違和感があり。



胃がムカムカする・・・ガーン汗



しばらく様子を見ていると、
ムカムカがキリキリの痛みに変化して
座っていても辛くなってきました。

サモサやパイの油にでもあたったか、
それか旅の疲れorストレスか!?

私の異変に気付いたのは
近くに座っていたインド人親子の息子さん。
薬を差し出してくれたのですが、
何の薬か分からないので丁重にお断りし
常備薬の○ンシロンを服用しました。

立てないくらい辛くて、
でも他の乗客がいるから横になれないし・・・。


と思っていたら、先ほどの息子くんと
私の隣に座っていた男の子が話し出し、
その男の子が最上段に移動してくれて
「ここで横になるといいよ」と言ってくれました。

ウザいインド人ばっかでうんざりしてたけど
こうやって本当に優しいインド人もいるんだーと
感動しながら、お言葉に甘えて横になりました。

電車の揺れと痛みを忘れるごとく、
すぐに眠ってしまったようでぐぅぐぅ

到着予定の02:50pmとほぼ同刻に
ガヤー駅に到着。

眠ってしまってから1時間ほど経っていて、
駅に着いた頃には痛みがすっかり治っていました。
昔から胃が痛くなるとお世話になった薬。
効き目バツグンで助かった~DASH!

列車を下りる時に、
優しく気遣ってくれた親子と男の子にお礼を言い、
気分よくガヤー駅の構外へ。


すると、リキシャーワーラー(リキシャー運転手)
やらトゥクトゥクドライバーが
私たちの周りに集まり、勧誘の嵐。

さっきまでインド人の優しさに感動したのに
早くもインド人のウザさと対面(笑)。

彼らを無視したり払いのけて、
最寄りのレストランに避難&遅めのランチ。
ここで、インドに来て初のターリーを食べました。



お腹を満たしお店を出る前に
ガイドブックをチェックして、
気合をいれてトゥクトゥクドライバーと値段交渉開始。
この値段交渉、毎回ドライバーが
ボッタクろうとするからいつも憂鬱だわ~。


ガヤー駅からブッダ・ガヤーまでは約16km。
100INRで交渉し1時間弱かかりました。
プライベートかと思いましたが乗合となり、
前列はドライバーも含め最大5人乗っていました(笑)。




なんとか無事に夕方ブッダ・ガヤー着。
仏教の聖地で数日滞在します。
個人的にいろんな洗礼を受け、
カルチャーショックを受けたインド初日。

カーンさんのお店に行った翌日、
相方くんといろいろ相談して、
結果的に自分たちの当初の計画どおり
ボランティア活動に参加することに決めました。


カーンさんたちの話は
とても興味深いものだったけれど、
インドは詐欺や騙しなどトラブルも多い国。
最初はフレンドリーに近寄ってきて
長期計画で最終的に詐欺やボッタクリの事件が
過去に何件もあったそう。

カーンさんの話も、本当なのか分からない。
そして、私たち自身も疑っているのは確か。
振り返ってみると、不審な点が何点もあるのも確か。

本当に良い人たちなのかもしれないし
完全に詐欺かどうか分からないけど、
限りなく「黒」に近い可能性を前提として、
彼らの今後の動向を調べつつ定期的に接触していました。

最終的には、なかなかなびかない私たちに
次第にイライラしてきたのがバレバレだったので、
やっぱりボランティアに活動するからと
あっさりと断って別れましたが(笑)。


詐欺(疑い)のインド人をハメる日本人。
美味しいチャイをひたすらタダで
堪能したものの、言うことを聞かなかった
私たちのほうが、悪どいのかも(笑)!?


さて、本題のボランティアはと言うと、
コルカタ初日が木曜日で
ボランティア登録日ではなかったので
カーンさんたちのところに行けたということも
ありましたが、翌日金曜は03:00pmから
登録会&オリエンテーションへ向かいました。
マザーハウスから徒歩5分圏内にある
Shishu Bhavanで行います。

日本人のボランティアスタッフにより
簡単な説明を受けたのち、
ボランティアできる日程を申請して
自分の希望する施設を2つピックアップ。
その後にシスターと面接し、
ボランティアの行き先を決めるシステムです。

私たちは7/20(土)と7/21(日)2日の午前のみの活動、
私は第2希望のShanti Dan(女性、薄弱者の家)で
ボランティアをすることに。

ここは女性専用の施設で
主に2つに分かれており、
孤児や貧困家庭で育てていけない
障害児を受け入れている「Girls」施設と、
以前捕虜になったバングラデシュからの
亡命者や刑務所に入っている間に虐待されて
精神的に障害を持った人たちなどがいる
「Women」施設があります。

私は主にGirls施設で活動しました。
仕事内容は、施設内でみんなが来ている衣服や
ベッドシーツなどの洗濯から
授業のサポーや配膳や食事・排泄などの介助まで
多岐に渡ります。

2日とも、流れはだいたいこんな感じ。
06:00am マザーハウスで礼拝(自由参加)
07:00am 朝食(自由参加)
07:30am 各施設へ移動
08:00am ボランティア開始
09:50am 休憩10分
12:00am ボランティア終了、現地解散

いろんな国からボランティアに来ていて、
ヨーロッパ圏の方々が多かったです。
もちろん日本人ボランティアもいましたが
日本人は看護師さんや介護関係の仕事を
している人が多かったです。

毎朝のミサ(礼拝)は起きるのが辛かったけど
なかなか普段キリスト教の儀式など見ることが
ないので幻想的でとても新鮮でした。


ボランティア活動は、
たった2日だけだと訳も分からないまま
終わってしまったけれど、
実際にやってみるととても難しい活動だなと。

子どもとは言えど、相手はインド人で
言葉も通じない子がほとんど。
知的障害・身体障害がある子もいるので
まずどの子がどういう状態なのか
把握するのに苦労したり
車椅子からベッドに移動するのが重労働だったり。

勝手が分からないことがほとんどですが
現場はいつも忙しく丁寧に教えてもらう余裕もなく、
手伝っているのか邪魔になっているんじゃないかと
常に思っていました。

「過酷」という言葉がぴったりなほど、
素人が簡単に出来ることはほとんどなかったかも。


そのなかでもベテランボランティアの人たちは
毎日笑顔で子どもたちと接しているし
向こうも懐いていて。
ちょっとボランティア参加してみようという
軽はずみに考えていた自分に
何となく恥ずかしく思いました。

とにかく2日間という短期間なので
出来ることは積極的に行動し、
2日目の後半はWomen施設で
女性たちにマッサージなどを行ったら
シスターたちにも興味を持ってもらえました。


あっという間に終わったボランティア活動。
でも、そのおかげでこうやって
現場をみることが出来たし、
何よりもマザー・テレサの偉大さを
改めて実感できました。


聖女として病気や貧しい人々のために生き、
多大な業績を残したマザー。
テレサの葬儀は国葬されたほど、
国家的な重要人物としてみなされ
世界中の人々も彼女の偉業を思い追悼したそう。


ちょうど2日目の夕方に
マザーと生前一緒に修道院にいた
日本人シスターのお話を聞ける機会があり、
日本人ボランティアの方たちと参加しました。
そのお話がとても良かった。

マザーの志に共感し、
いろんな国・地域からこの場所で
集まり出会うのも、それは偶然ではなく必然。
全ては必然なこと。
ここでこうやって出会えたのは、
私たちにご縁があったからこそ。

一緒に話を聞いていた参加者は、
誰もがその話に頷いていました。


世界一周することで
普段日本での生活では
絶対に出会わないであろう人や
この旅で私自身が影響を受けた人もいます。

それも全て、ご縁があったってことかな。
今回のボランティア活動で一緒だった
方々、本当にありがとうございました。


旅では素敵な出会いに恵まれています。
インドはまだまだ慣れないけれど、
これからの旅でのいろんな「出会い」を
大切にしていきたいと思いました。





タイのバンコクを出国し、
7ヶ国目のインド。

7/18(木)の現地時間01:15amにコルカタ国際空港着。
日本との時差は、-3時間半になりました。
夜中着だったので、明るくなるまで空港で待機。


当初、コルカタは経由だけして
早々に移動をしようと考えていました。
旅の情報収集をしている時から、
「コルカタの宿には南京虫が出ない場所はない」
という情報を見つけ、ずっと引っかかっていました。

ところが、バンコクから同じフライトに乗ってきた
ある日本人男性と出会ったことで、
コルカタに数日滞在することに決めました。


その男性は、日本で美容師をしているのですが
日々忙しくなかなか休みがないなか
連休が取れたので、マザーハウスで1日だけ
ボランティアして帰国という弾丸旅行へ。


マザーハウスというのは、
あの有名なマザー・テレサが生前に慈善・
奉仕活動をしており活動拠点としていた修道院。
彼女を安置している場所でもあり、
毎朝・夕方と礼拝が行われ、一般参加も可能。
ボランティア活動する場所は主に6箇所あり、
月・水・金03:00pm~の登録会で
活動希望場所を申請できます。


私たちも行きたいけど、南京虫は嫌だし・・・
でもこういう男性と出会ったのも縁だし、
せっかく来たのなら、数日ボランティアしていこう!
ということになりました。


マザーハウスのボランティアは基本的に
事前登録&オリエンテーションが必要ですが、
予定が合わない人はボランティアする当日07:30am頃に
マザーハウスから徒歩5分の場所にある
Shishu Bhavan(孤児の家)で1 day passをもらい
活動が可能となります。

その男性は活動日数が1日しかないので、
さっそく当日朝にボランティア活動するそう。
外が明るくなった05:00am頃に空港を出発し
タクシー相乗りで旅行者のメイン通りとなる
サダルストリートまで向かいました。

空港から約16km離れた場所にある
サダルストリートに到着。
相乗りした男性は、事前予約したホテルに
チェックイン&ボランティアに出かける
とのことで別れました。




話を聞いていたとおり、
インドは混沌としているなぁ。

朝から路上の井戸を囲み身体を洗う人々。

路上で寝ている人、物乞いをする人。

道路で自由に動き回る牛たちと、牛糞だらけの道。

男性も女性も、痰らしきものを道路に吐き出し
ゴミも道路に捨てるのが自然らしい。

そして、インド人たちは基本外国人を凝視。

その何とも言えない空間が、
今までの東南アジアとは確実に違う
特異な雰囲気を醸し出しています。


私たちは、そこからいつもの通り宿を探します。
ただ、早朝すぎて空いていないゲストハウスもあり。
そして、インド人が次から次へと
日本語で話しかけてくる。

「ドコイクノ?」「ホテル?」
「コッチニイイトコアルヨ!」

振り払っても付いてくる何人ものインド人。
これが、ウザさのひとつか・・・。
早朝から鬱陶しくてイライラしてきましたむかっむかっ

インド人を無視しながら何軒か回り、
とりあえず手頃な宿を見つけました。
ダブル・エアコン付きで800INR(1INR=1.63JPY)。
そして、意外と高め。
東南アジアと違い、やはりどこも清潔さは劣るかな。

そしてベッドをチェック。
南京虫いませんように!
飛行機の移動は数時間だったし、全く寝てないので
午前中は仮眠を取ることにしました。
ただ、やはり南京虫が出るかもしれないという
不安を拭い去れず、換気をよくして
照明も付けたままで寝ることに。
(相方くんはアイマスクを付けて寝ていました)


午後に起きてから、
サダルストリートを歩いてみました。
コルカタの次に行く、ブッダ・ガヤー行きの
鉄道チケットの相場調べをしようかなと。

ちょうど旅行会社を見つけて話を聞いていたら、
マザーハウスでボランティア活動している
日本人グループたちに出会いました。
その方たちが知り合ったインド人の勧める
旅行会社が近所にあり、そこで鉄道チケット購入。
1軒目のところより安く、2人で780INR(約1,280円)。
併せてボランティアについても
いろいろ教えてもらいました。

チケットの予約は完了したけど、
チケット自体は夕方にならないと発行されないから
また06:00pm以降にここに来てくれと言われました。



ちょうどチケット手配をしていた間、
近くにいたインド人が話しかけてきました。
英語が他のインド人よりも分かりやすく、
アーリヤムという名のとても好青年な印象。
彼の叔父にあたる人が日本に20年以上住んでいて、
数年前インドに帰ってきたから
会わせてあげるよと言われ。
成り行きでついていくことになりました。


サダルストリートからニューマーケットを抜け、
1軒の商店の中へ。
インドの民芸品やアクセサリー、布を
販売しているお店のオーナーが叔父さんとのこと。

その叔父さんは何店舗かお店があり
今は他の店舗にいるから待っている間
チャイを飲んで待っていてと出してくれました。


その時に、ふと浮かんだこと。
もし、このチャイのなかに睡眠薬が入っていたら・・・はてなマーク


相方くんと話して、とりあえず私だけ飲むことに。
仮に相方くんが飲んで眠ってしまうと、
私では抱え切れないので(笑)。

しばらくアーリヤムといろんな話をしていたら
相方くんもチャイを飲み始めました。
一瞬驚きましたが、私が飲んで眠くならないので
睡眠薬は入ってないと判断したらしいです。


インドに来てから初めてのチャイ。
とても美味しかったのですが、
まさか睡眠薬入りかどうか疑いながら
最初のチャイを口にするとは思いませんでした(笑)。



来店してから1~2時間後に
やっと叔父さんがお店にやって来ました。
カーンと名乗るその男性は30代後半で、
日本に長く住んでいたこともあり
日本語がすごく堪能でした。
奥さまも日本人とのことです。

そこから日本のことやインドのことを
いろいろ話して、カーンさんとの話が
盛り上がったところで、質問をうけました。

「コルカタでは何をするの?」

私たちは、マザーハウスのボランティアを
数日してからブッダ・ガヤーに行くと答えました。

すると、カーンさん曰く
マザーハウスは慈善活動と言っている割に
実際は寄付の備品を街で売ってお金にしているとか。
ボランティアでたくさんの旅行者が来るのに
その事実が隠されているのはこちらも辛い。

そして、ボランティア活動もいいことだけれど
本当のインドが見たいならお勧めのツアーを
紹介するよ!と提案されました。

カーンさんからいろんな話を聞いた後、
そのツアーの内容も興味があったのですが
ブッダ・ガヤー行きのチケットが無駄になります。

そのこともカーンさんに話したら、
夕方に発行される鉄道チケットを一旦取りに行った後で
チケットキャンセル&返金できると言われました。
併せて、ゲストハウスももっと安く泊まれる場所を
紹介してあげるよと言われ、私たちも乗り気でした。


夕方になり一旦旅行会社に行き、
鉄道チケットを受け取りに。
そこからカーンさんのお店に戻りました。

そのチケットをカーンさんに見せたところ、
「この鉄道チケット、いくら払ったの?」
と言われ、2人で780ルピー払ったと答えたら
チケットに印字されていた料金と違うことが判明。

チケットには合計520INRと記されており、
どうやらそれが正規料金だったようです。
私たちは3人分の料金を支払ったことになっていました。


さっそく、ボッタクられた!?


カーンさんから、希望するなら
キャンセル&返金させて、僕が手配すれば
正規料金で取り直すこともできるし
お勧めツアーに参加するなら
どちらにせよキャンセル手配してあげると
言ってくれました。

ま、金額にしては微みたるもんだし
キャンセルしてからまた鉄道チケット予約が
面倒なのでとりあえずそのチケットを
そのまま保管することに。


翌日、お勧めの安い宿を紹介すると言われ
その日はカーンさんのお店を後にしました。


インド初日から、とても濃い内容の
1日を過ごした私たち。
インドの旅は、噂どおり前途多難です・・・ガーン
チェンマイから長距離バスに乗って、
バンコクへ戻ってきました。

7/16(火)の06:00pmにチケットを購入した
旅行代理店からピックアップで、
07:30pmチェンマイのバスターミナル出発。

翌日7/17(水)06:00amに
バンコクのカオサン通りに到着予定。




…のはずが、04:30amごろバスが停車。
ドライバーが次々と荷物を降ろしていきます。



明らかに、カオサン通りではないですが?
ここは何処?????



他の乗客も目を覚まし、みんな訳の分からないまま
荷物をまとめてバスを降りていきます。


どうやら、カオサン通りからかなり離れた場所。
でも、どこだか誰も分かりません。
ドライバーや乗車スタッフに問い合わせる
旅行客が何人もいました。


客「ここは一体どこなの?」
スタッフ「カオサンは近いんだから、
すぐそこのタクシー捕まえなよ(タクシーを指さす)」
客「このバスはカオサンへ行くべきじゃないの?」
スタッフ「だからタクシー拾えばいいよ!」
客「カオサン行きだと旅行会社に言われたんだよ!
その分の料金を支払っているんだから、
バスをカオサンまで出しなさい!」
スタッフ「俺は知らないよ!バスはここで終わりだ!」


こんなやり取りを朝っぱらから
どこか分からない道でやっていました。


長距離バスの発着地点が旅行会社での
話と違う場所となり、
レシートも乗車の時に回収されるため
旅行会社にクレームもいれれず、
ドライバーにクレームを言っても
知らないの一点張りで、結果的に
近くに待機していたタクシーに乗らざるを得ない
状況になるということが
アジアでたまーに勃発します。
(ひと悶着していると、タクシードライバーまで
斡旋するかのように話に割り込んできます。)

旅行者にたくさんお金を使わせるために
だいたいバス会社とタクシー会社とが
グルになっていて、こういうことが意図的に
計画されているのではないかと。


どちらにせよバスはカオサンに行かないなら
タクシーを捕まえるしかないと、
同じバスに乗っていた日本人&中国人旅行者と
タクシーをシェアすることになりました。
もちろん、バス会社とグルになっているタクシーは
使わず、通りを走っている流しのタクシーを拾いました。

車で走ること、10~15分ほど。
見慣れたカオサン通りに戻ってきました。
5~10kmくらい離れていたのかと。


バンコクのメインに着いたのはいいですが、
今夜の夜には空港へ向かいます。
7/18(木)の00:05am発インド・コルカタ行きのフライト。
それまで日中どうしようかな??

バス移動で安眠できなかったし、
空港行くまで仮眠するべく宿を予約しようかと
思っていたところ、
偶然ラオスで一緒に旅をしていた仲間と
カオサン通りで再会しました(笑)。

他の仲間と日本人宿で待ち合わせするからとのことで、
私たちも一緒にその宿に行き他の仲間とも再会。
しばらく話していて、外が明るくなってきたし
私たちも仮眠をとりたいからと近くの宿にチェックイン。
とにかく日中のバンコクは暑いので、
エアコン付きの宿に06:00pmごろまで
滞在させてもらうことに。
半日泊料金とかどこもなかったので、
1泊料金で安めの宿に入りました。

午前中からお昼過ぎまでは宿で仮眠を取り、
午後はカオサン通りで最後の両替したり
ショッピングしたり。
そして、宿をチェックアウトする前に
シャワーを浴びて06:00pmに宿を出発。


バンコクには2つの空港があり、
新らしいスワンナプーム国際空港と
ドンムアン空港があります。
私たちは今回、Air Asiaの便でインドに向かい
Air Asiaは全てドンムアン空港からの出発になるそう。
主要空港がスワンナプームなので、
カオサンからドンムアン空港行きの情報が
なかなか入手できずにいましたが、
ネット検索などでやっと発見しました。

主な交通手段はタクシーやエアポートバスですが
当然100~250B前後と高めです。
少しでも安くお得に移動したい私たちなので
公共のバスを使って移動することにしました。


★カオサン通りからドンムアン空港への行き方
(From Khao San Road to Don Muang Airport)
①カオサン通りから徒歩1分で行ける、
南にある大きな通りRatchadamnoen Klang Roadへ出る。
※空港行きのバスはカオサンに近い側の車線のため、
大通りを横断しないこと。

②Khok WuaかDemocracy Monumentというバス停で
59番のバスを来るまでひたすら待つ。
※バス停の詳細は下記URLに
乗っています(青い路線側で待つ)。

http://www.transitbangkok.com/lines/bangkok-bus-line/59

③59番のバスが来たら、手を上げてバスを止め、乗車。
念のため「Don Muang Airport」行きか
問い合わせるとベター。


私たちは仲間が見送りに来てくれたこともあり、
Democracy Monumentのバス停で待っていました。
ちょうど待ち始めて20分ほど経った06:30pm前に
オレンジ色の59番のバスが来ました。
赤色や黄色のバスもありますが、
オレンジバスに乗るのは初です。

仲間に別れを告げ、バスに乗り込むと
ドライバーさんが「Airport?」と聞いてきました。
バックパックもってる外人客なら、分かりやすいか(笑)。
値段はひとり23Bでした。

ネット情報だと、夕方道路は渋滞するし
バスだと停留所に止まりながらなので
所要時間は2~3時間みといた方がよいとのことでしたが。

あまり他のバス停に止まらず、
空港のある北方へ続いているSirat Expresswayが快調で
あまり渋滞がありませんでした。
早めに空港着と思い逆算したのですが、
さらに早く07:30pmには空港に到着するという
嬉しい誤算が(笑)。

翌日00:05amフライトだと、
チェックインカウンターがオープンするのは
09:00pm以降。
なので、それまで空港内で夕食を食べたり、
インドの予習をすることに。


タイバーツが余らないように調整をと思いきや、
空港内のレストランは市街よりも高め。
しかも、ドンムアンは古い空港なのと時間的に
遅めということもあってか、閉まっているお店もあり。

手頃な値段で済ませるため、
カフェにあったお弁当を購入して夕食としたり
売店でビスケットなどを購入して
キレイにバーツを消化できましたチョキ



東南アジアの旅を終わり、いよいよインドへ。
悪評高いインド。
ウザい国のひとつであるインド(笑)。
これからのインド編、どんな旅となるでしょうか・・・!?
無事にタイへ再入国し、ラオス国境・フエサイから
タイ国境・チェンコーンへ。
今度はチェンマイを目指します。

7/12(金)チェンコーンに着いたのは夕方だったので、
そこのゲストハウスに1泊。
ちょうどそのゲストハウスがチェンマイ行きの
バスチケットも販売していたので購入。
翌日7/13(土)の10:30am発のミニバスで向かいました。

チェンコーン→チェンマイのバスチケット
ひとり250THB。

休憩を数回はさみながら、03:00pmごろにチェンマイ着。
なぜか中心街より地味に遠い場所で降ろされました(笑)。


いつも通り、宿探し。
ちょうどチェンマイ行きのバスで同乗した
年配の日本人男性がお勧めしてくれたゲストハウスへ
行ってみたところ、満室だったので他の宿を探すことに。
そのゲストハウスの付近に、お値打ちの宿が
あったのでチェックインしました。


★D.N. Guest House
ダブルルーム・FANのみ
HOTシャワー&トイレ付き
フリーWi-Fiあり(フロント以外電波弱め)
1泊200THB。


タイ北部最大の古都・チェンマイ。
お堀に囲まれた旧市街と、
ターペー通をメインに広がる新市街と分かれていて、
旧市街にはひっそりとした寺院が並び
新市街のほうはナイトバザールや
ショッピングスポットが点在して
いろんな魅力がある面白い街です。

ツアーを組めば街から離れた場所で
トレッキングや象に乗って森を歩くアクティビティも
あって、旅行者には退屈しない街かと思いました。


国境越えをした仲間と、日本食レストランで
本格和食に舌鼓をうったり。
豚カツ定食美味しかった!


毎週日曜日にあるサンデーマーケット。


市街のシンボル・ターペー門。


ラオスからの移動で疲れた足を癒しにマッサージ。



いつものように、数日のんびりと市内を観光。


そして、チェンマイでスニーカーを購入。
日本で履き心地のいい自前のスニーカーを
厳選してきたのですが、旅の途中から壊れ始めて。


バンコクやインドではなかなか入手できないかもと
思い、チェンマイを発つ前に
地元のデパートのようなお店でゲット。


NIKEのパクリのようなデザイン(笑)
NIKEも売っていましたが、
日本と比べ高値だったのと
また旅の途中で壊れるかもなら
履き心地のいい靴を優先して、いろいろ悩み決めました。


新たな旅の相棒、
世界一周どこまで耐えれるかな~(笑)
7/11(木)&7/12(金)の2日間、
スローボートを使ってタイ国境まで向かいました。


ルアンパバーンからタイを目指す場合、
主な交通手段は3パターン。

①首都ビエンチャンまでバス。
所要10~11時間、95,000~115,000LAK。
②国境の街・フエサイまでスピードボート。
所要約6時間、280,000LAK。
③国境の街・フエサイまでスローボート。
所要2日(パクベンで1泊)、240,000LAK。

結果的に、一番快適な③を選択しました。
①で逆ルートのタイから北上してきた旅行客から、
地元民でさえひどいバス酔いしていたと情報を聞き、
②は屋根のないジェットスキーのような乗り物に
ヘルメットを装着し、数人乗りのボートで移動するらしく。
①も②も乗ると後悔しそうだったので…


旅仲間の一部は違うルートで行くため、
同じスローボートを使うのは7名。
ルアンパバーンでツアー会社を何軒か周り
こちらはどこの会社も料金がほぼ一緒だったので
一番楽なゲストハウス経由で予約をしました。


7/11(木) 07:30am ゲストハウス発、
トゥクトゥクでボート乗り場へ
08:30am ボート乗り場到着
09:00am スローボート出発、中継地パクベンへ
06:30pm パクベン着、ここで1泊

7/12(金) 07:30am ゲストハウス発、ボート乗り場へ
08:30am スローボート出発、国境の街フエサイヘ
05:45pm フエサイ着、ラオス出国手続き
06:05pm チェンコーン着、タイ入国手続き


予想通りスローボートはとても快適でしたが、
屋根はあっても窓はなく、雨が降ってきたら
カーテンを閉めるしかなく。

座席はバスのシートを加工したような適当な作り(笑)

また、予約時に問い合わせた
スタッフの情報と違うことも多々あり。

船が途中どこかで立ち寄らないだろうから
お昼を持ち込もうとしていたら、
「船内にはお酒もあるし、 炒飯やヌードルなど
いろんな種類の食べ物が販売されるから大丈夫!」
と言われたのですが実際に乗ってみると
チップス系かカップヌードルのみ。
しかも10,000LAK以上と値段高め。


みんな船内で購入するつもりだったので
お金が不足している人は我慢したり
やむなくカップ麺やチップスを購入する人もいました。


ラオスやカンボジアに来て相方くんとも話していたのですが、
こちらの国の人々は話す内容が本当に適当で、
聞いた話と実際違うことなんてしょっちゅうあります。
そして、お店などで商品の違いを問い合わせると
誰ひとりその違いを説明できず「知らない」と答えます。
英語力の低い人は、「same same, but different」
と言うだけなので、それを文字った
Tシャツがいたる所に売られているくらい。

あまりにもそういう人が多いので
嘘を付いている意識はないと思うのですが、
言動に対しての責任感というもの自体が全くありません。

そんなわけで初日は船内の食べ物を買いましたが、
1泊したパクベンでは朝食と昼食を買って持ち込みました。
この先ラオス通貨がいらなくなるので、
ちょうど消費できるようにお菓子やバナナも買いました。


長めのクルージングで、初日は約9時間。
メコン川をひたすら下っていくのですが
見える景色は緑の山々と茶色いメコン川のみ。
景色はほぼ同じ(笑)。








最初は仮眠をとったりしていましたが
さすがに退屈なので音楽を聞いたりモバイルPCに
入っている漫画を読んだりしていました。
相方くんは、溜まりに溜まっているブログ原稿を
さくさくタイピングしていきます。
(ちなみに、船上ではカンボジアのアンコール・ワット~
ラオスのデッド島までの記事を書いていました(笑))


中継地で1泊したパクベンは
船の中継地ということもあり小さめの街で
船乗り場から一本のメイン通りにゲストハウスや商店、
レストランが数軒並んでいる程度。
人数も多かったので、ルアンパバーンで宿泊した
ゲストハウスで紹介してもらった宿に泊まりました。
2日間とも雨が降っていて、
船乗り場までの送迎もついてたので助かりました。


★Sivongsak Guest House
ツインルーム・HOTシャワー&トイレ付き
フリーWi-Fiあり(全く繋がらず…)
1泊50,000LAK。


2日目のクルーズは、フエサイまで約7時間とのこと。
フエサイとはラオス側の国境で、
そこで出国手続きをしてから対岸のタイ側へ渡り
チェンコーンというタイ側の国境で入国手続きを
する必要があります。

事前にネットや本で調べた
出入国手続きの受付は、18時まで。

一緒に移動した仲間の数名が
ラオスのビザ期限が7/12当日だったので
どうしても18時までにラオス出国&タイ入国しなくては。

初日にパクベンへ着いた直後、
翌日の予定をスタッフに聞いたところ
受付締め切り前には間に合うと言われたました。
所要7時間なら、9時に出発したとして
16時にフエサイ着予定。







…ですが、ここはラオス。
やはり言われた情報と違いましたガーン






16時を過ぎても、17時を過ぎても
フエサイらしき街が見えてきません。
だんだん焦ってきました。

残りの仲間はまだ数日期限が残っているので
最悪ビザ期限のある仲間だけダッシュで
出入国手続きをしようと話していました。
私たちも、出来れば便乗したかったので
フエサイに着くまでの船上でラオス出国カードを
記入したり荷物をまとめたりしていました。


時計とにらめっこしながら、
結局フエサイのボート発着場に到着したのは05:45pm。
いちかばちか、みんなダッシュでトゥクトゥクを捕まえ、
約1km先にあるラオス出国手続きカウンターへ。


約5分前に、全員無事ラオス出国スタンプをゲットビックリマーク


そして、問題はそこから再度ボートに乗り
対岸のタイ側の街・チェンコーンまで渡り
タイ入国手続きをしなくてはいけません。

こちらもサクサクと乗り込み、
18時を過ぎましたがチェンコーンに到着。

到着してイミグレを探していると
地元の人らしき方々から
「18時までだから、もう閉まったよ」と言われました。


それでも諦めきれず、
すぐそばのイミグレを発見し係員に入国申請。
その場に 私たち7名と外国客2名の9名がいました。

係員はLINEをしながらカウンターにいましたが
なんとか手続き受付してくれました。




日中は優雅にのんびり船に乗っていましたが
後半はバタバタで出入国。
まさにアドベンチャー(笑)

一緒にフエサイまで来た旅行客でも
18時過ぎに出国カウンターまで行った人たちは
ラオス側で1泊していました。
本当にみんなの協力により、
無事に出国できてよかったですDASH!


でも、それよりなにより、
本来ならもっと早く着いているはずなのに
ギリギリに着くのとか止めて欲しいですねむかっ
途中、すごくゆっくり船を進めている時とかあったしむっ

どうせなら1時間前に早めに着くか、
18時に完全に間に合わない時間に到着するとか…。



結果オーライで、タイまで戻ってこれましたチョキ
バンビエンで再会した友達に加え
彼らの旅仲間と一緒にルアンパバーンに行くことに。
街中のツアー会社で交渉して、ひとり80,000LAK。

7/8(月)の出発の朝、
毎日通っていたCHALEUNに食べに行きました。
バックパックも持っていき、
ルアンパバーンに行くと伝えたら、
お店の奥さんが私たちが頼んだ飲み物プラス
シェイクを1杯ずつ余分に出してくれました。
私たちが毎回シェイクを飲んでいるからかな(笑)。


そして、集合時間の09:00am直前になり
お店を出ようとしたら、
2人分の飲料水ボトルまでいただきました。
とっても素敵なお店と夫婦でした。


心温まるおもてなしを受けて、
友達の宿泊しているゲストハウスに集合・出発。
全員日本人で10名。
バン貸切で、最初にジャンケンをして席決めしました。
約7時間ほど山道を走っていくので、快適な席が重要です。
なんだか、大人の修学旅行が始まりました。



山道を登っている途中、少し気分が悪くなり。
途中で止めてもらい、外の空気を吸ってリフレッシュしたり
助手席に席を変えてもらったりしました。
こういう時、他の国の人たちが乗車していると
バンを止めにくいですが、みんな日本人で助かりました(笑)。



席を変わってから気分が悪くなることはなくなり、
途中でお昼休憩をはさみながらルアンパバーンへ到着。


肝心なのは、そこからの宿探し。
10人一度に受け入れてくれるゲストハウスを
探さなくてはいけません。
2~3軒見て、ちょうど全員受け入れできる宿を発見。
3部屋に分かれてチェックインしました。


★Mao Pha Sok Guest House
ダブルルーム・HOTシャワー&トイレ付き
フリーWi-Fiあり(ロビーのみ)
フリーバナナ(ロビーでバナナが置いてあり、食べ放題)
1泊60,000LAK


ルアンパバーンには3日滞在。
ラオスのArrival Visaの期限が2週間で、
週末にはラオスを出国する必要があったので
移動日も換算して数日の滞在となりました。

世界文化遺産の街である古都・ルアンパバーン。
観光客が増え続ける場所でありがらも、
地元の人々の昔からの暮らしぶりも垣間見えて
日本で言えば京都のような場所かな。


僧侶が早朝に喜捨を求めて街を練り歩く托鉢


大規模なナイトマーケットでたくさんお買い物


旅仲間と日帰りで行った
タートクアンシーの滝&ツキノワグマ保護センター




街のシンボルである寺院・ワットシェントーン


市内が一望できるプーシー



短い滞在ながらも、盛りだくさんで観光しました。
フィリピン語学学校で一緒だった仲間とも、
最終日に合流して夕飯を食べに行くこともできました。


もうひとつ、ルアンパバーンで面白かったこと。
日本語を勉強しているラオス人に出会いました。

彼は自分のことを「オダギリジョー」と名乗っており、
現在は17歳の高校生。



数年前から日本語を勉強していて、敬語も使えて流暢。
私たちの日本語をほぼ完璧に理解して
コミュニケーションができました。

日本人が親切なのと、日本の文化が好きで勉強を始めたそう。
年に1度日本語のスピーチコンテストがあり、
その上位3位まで入賞した生徒は、日本の大学に行けるとか。
その入賞を目指して、日々勉強を重ねている男の子でした。

彼とは何度か街中で出くわす機会があり、
他にも日本語を勉強している友達を紹介してくれたり、
今から僧侶になる友達がいて、その入門の儀式に
立ち会うからと誘ってくれたので参加することになったり。



以前プーケットでも感じたことですが、
ただその場所に行って観光するだけではなく
現地の人々と触れ合って生の文化を知るという旅も
私たちの目的のひとつになっているなと思いました。


予想以上に充実していたルアンパバーン。
次はタイに一旦戻り、いよいよインドを目指しますビックリマーク