8/22(木)の夕方、
ミラノを出てfs線でヴェネチアへ。
ヴェネチアは島だし観光地なので
宿も高いため、
ヴェネチア駅のひとつ手前、本土側の
メストレ駅へ向かいました。
★ミラノ中央駅→メストレ駅
所用約3時間半(20分遅れ)
ひとり17.75EUR
ヴェネチア観光するには、
メストレ駅からヴェネチア駅まで
ひと駅(ひとり往復2.4EUR)です。
★Hotel Giovannina
ダブルルーム(トイレ・シャワー共同)
Wi-Fi部屋では弱め…
(1階レセプションならサクサクでした)
1泊ひとり23.4EUR(観光税含む)
※宿の入り口から出て左側にある
中華料理屋「新雅大酒楼」は手頃な値段で
中華が食べれました。
翌日から水の都ヴェネチア観光♡
しかも、毎月23日は私たちの記念日で。
メストレに着いた翌日が10/23(金)だったので
記念日デートとなりました(*´∇`*)♡
ここも街並みが綺麗でオシャンティー♡
夫婦ではしゃぎました(笑)♡
ヴェネチアでは計3日過ごしました。
初日は記念日デートで、
2&3日目は土日だったため
パルマでお世話になった義妹夫婦が
車でヴェネチアまで来てくれて再合流しました。
待望の4人でのイタリア観光がやっと実現!!
特に合流してからは、
私たちが無駄なく観光できるように
タカくんがスケジュールを組んでくれます。
時間配分も完璧。
通称「タカtour」は抜かりがない。
4人でゴンドラに乗りたかったけど
金額が高い&周遊する範囲が少ないからと
諦めましたが。
彼らのお勧めの離島へ行ったり
本島の移動で使うために
水上バスチケット(ひとり20EUR)は購入。
24時間有効で、2日目の午後と
3日目の午前利用しお得に乗れました。
2日目のカラフルな家々があるブラーノ島
3日目の落ち着いた
ヴェネチアングラスのムラーノ島
どっちも素敵な離島でした♪
おかげで3日連続ヴェネチア観光満喫♡
入院生活でほぼ終わった1週間。
退院した2日後の8/18(日)の夕方、
パルマから電車に乗りミラノへ向かいました。
イタリアは鉄道が充実していて、
TRENITALIA(fs線)というイタリア全土を巡っている
路線があり、日本で言えばJRみたいな感じ。
主要都市間の移動は、バスよりも鉄道が便利。
快速やら各駅停車もあり、
価格や所要時間は電車により異なります。
パルマからミラノまでは所要約1時間。
事前にネットで時刻を調べてあったので
乗りたい電車に間に合うようにパルマの駅へ。
チケットは窓口があり、そこで購入。
★パルマ→ミラノ(2等) ひとり10.5EUR
チケット購入後は、電車に乗る前に
駅構内やホーム付近にある「打刻機」で打刻を
する必要があります。
機械に乗車券を入れると
使用日時がチケットに打刻されます。
これは乗車前に必ずする必要があります。
というのも、イタリア鉄道の各駅には
改札というものが存在しません。
車両内で駅員が見回りに来て
乗車券提示を求められた時に
チケットを持っていても打刻を忘れていると
罰金というシステムらしいです。
もちろん毎回電車に乗る度に駅員さんが
チェックするわけではないですが、
見つかった時の罰金が高額なので・・・。
夕方にミラノ中央駅に到着するように向かい、
そこから予約していたホテルまで
トラムを使って移動。
★Hotel Royal
1泊39.75EUR+1日1人2EURのTAX
ダブルルーム・シャワートイレ付き
Wi-Fiあり
値段が高い分、快適な宿でした。
※ネット予約で特別割引になっていたため
正規料金はもうすこし高いようです。
ミラノでは病み上がりの相方くんを
安静にさせるのが一番なので
基本的にはのんびりしていました。
イタリアというかヨーロッパは
街並みを歩いてるだけでも楽しいので、
宿の周辺や公園でぶらぶらしていました。
でも、もちろん有名どころの観光地である
ミラノのドゥオーモに行ってきました
ゴシック建築の大傑作で
ミラノのシンボルマーク的存在。
大聖堂なのに美術館みたいで
像や彫刻、ステンドグラスも内装みーんなとても綺麗
屋上から、広場を眺めました。
たくさんの人たち
ガラス張りのアーケード・ガッレリア。
有名なモザイクらしく、
かかとで1回転すると幸せになるらしく。
大勢の人が交代でくるくると回っていました。
そしてさすがファッションの発信地だけあり、
街ゆく人々みんなオシャンティー(*´∇`*)
4泊とゆっくりできたミラノ。
8/22(木)の夕方、また電車に乗り
次の目的地ヴェネチアまで向かいました。
退院した2日後の8/18(日)の夕方、
パルマから電車に乗りミラノへ向かいました。
イタリアは鉄道が充実していて、
TRENITALIA(fs線)というイタリア全土を巡っている
路線があり、日本で言えばJRみたいな感じ。
主要都市間の移動は、バスよりも鉄道が便利。
快速やら各駅停車もあり、
価格や所要時間は電車により異なります。
パルマからミラノまでは所要約1時間。
事前にネットで時刻を調べてあったので
乗りたい電車に間に合うようにパルマの駅へ。
チケットは窓口があり、そこで購入。
★パルマ→ミラノ(2等) ひとり10.5EUR
チケット購入後は、電車に乗る前に
駅構内やホーム付近にある「打刻機」で打刻を
する必要があります。
機械に乗車券を入れると
使用日時がチケットに打刻されます。
これは乗車前に必ずする必要があります。
というのも、イタリア鉄道の各駅には
改札というものが存在しません。
車両内で駅員が見回りに来て
乗車券提示を求められた時に
チケットを持っていても打刻を忘れていると
罰金というシステムらしいです。
もちろん毎回電車に乗る度に駅員さんが
チェックするわけではないですが、
見つかった時の罰金が高額なので・・・。
夕方にミラノ中央駅に到着するように向かい、
そこから予約していたホテルまで
トラムを使って移動。
★Hotel Royal
1泊39.75EUR+1日1人2EURのTAX
ダブルルーム・シャワートイレ付き
Wi-Fiあり
値段が高い分、快適な宿でした。
※ネット予約で特別割引になっていたため
正規料金はもうすこし高いようです。
ミラノでは病み上がりの相方くんを
安静にさせるのが一番なので
基本的にはのんびりしていました。
イタリアというかヨーロッパは
街並みを歩いてるだけでも楽しいので、
宿の周辺や公園でぶらぶらしていました。
でも、もちろん有名どころの観光地である
ミラノのドゥオーモに行ってきました

ゴシック建築の大傑作で
ミラノのシンボルマーク的存在。
大聖堂なのに美術館みたいで
像や彫刻、ステンドグラスも内装みーんなとても綺麗

屋上から、広場を眺めました。
たくさんの人たち

ガラス張りのアーケード・ガッレリア。
有名なモザイクらしく、
かかとで1回転すると幸せになるらしく。
大勢の人が交代でくるくると回っていました。
そしてさすがファッションの発信地だけあり、
街ゆく人々みんなオシャンティー(*´∇`*)
4泊とゆっくりできたミラノ。
8/22(木)の夕方、また電車に乗り
次の目的地ヴェネチアまで向かいました。
義妹夫婦と久々に再会をして
そしてタカくんの夏休みに合わせて
せっかくイタリア観光を楽しもうとしていたのに
まさかの、相方くんが肺炎で入院することになり。
そして私も、なかなか治らない下痢と
背中や腕、太ももやふくらはぎなど
全身蕁麻疹で体中が痒すぎる日々。
ひどい時は顔の右半分もお岩さんのように腫れ上がり
毎回鏡を見るのも嫌になるくらい。
私の症状は、
病院へ行った数日後から
蕁麻疹が消えかかってきて、
痒みも徐々に治まってきました。
ただ、肝心の下痢に関しては
処方された薬(整腸剤)の効きが弱かったらしく
1週間経っても治らず。
病院でもらった処方箋をもって再度薬局に行き、
さらに強い整腸剤を飲み始めて治ってきました。
対する相方くんは、
パルマの公立病院の緊急病棟内4人部屋に入院。
個室ではなかったから付き添い看護が出来ず。
幸い、義妹夫婦のお家から
徒歩でも自転車でも行ける距離に病院があるため、
単独でお見舞いに行くことが出来ました。
入院した翌日から、さっそくひとりで
病院に行きましたが、私にとってプチ冒険でした。
まず、相方くんの病室はどこにあるのか?
地元の総合病院だったので、敷地がかなり大きく。
病棟もたくさんあるので、自力で探すのはもちろん不可能。
入院が決まった日、相方くんに携帯電話を
預けてあったので連絡をとりましたが
彼自身もどこにいるのかもちろん把握していません。
病室の入口に書いてある部屋番号らしきものは、
「stanza052 letto18」
全く意味が分からないけど、とりあえずメモして
病院の総合受付で検索してもらうことに。
ただ、英語が通じないのでイタリア語が
全く分からず。
受付の方が病棟までの道順を
片言の英語で教えてくれました。
「受付から茶色→赤→黄色のラインに沿って歩き、
右側のエレベーターで3 pianoまで行ってね。」
廊下に茶色や赤色などの線がついていたので
それはとても分かりやすく。
でもpianoが階数を意味するのは、
エレベーターに着いて分かりました。
やっと病棟らしきところに辿り着いたら、
相方くんに聞いていたメモの単語を探し
病院に着いて20分くらいかけ、病室を発見
大したことじゃないけど、
個人的にあの時の達成感は半端なかった(笑)。
同じ病室内は、いろんな人が入退院で
毎日入れ替わり立ち代わり。
主に年配の人が多く、もちろんみんなイタリア人。
緊急病棟という棟の病室だったので
一時的に処置や入院をする患者さんばかり。
その中で相方くんは日本人&最年少で
完全なアウェーです。
でもお見舞いの家族や患者さんたちは
とても優しい方ばかりでした。
インドから長引く高熱と食欲不振で
体力も落ちたと思いますが、
見るからに痩せこけてしまった相方くん。
きっと今回だけで3~4kgくらいは落ちたかと。
痩せた身体に、抗生物質の点滴が痛々しそうでした。
そもそも、肺炎患者がおじいちゃんたちと
同室で問題ないのかな・・・
念のため担当医の女医さんに聞いてみたところ
問題ないと言われましたが。
日本では完全に隔離すると思うんだけどなー。
8/12(月)から入院し、8/17(土)の夕方に退院。
計6日間の入院生活でした。
ただ、入院中の治療も最低限な感じで
退院後の通院は必要ないものの
旅を続けるなら下記条件を担当医から言われました。
・肺炎はまたぶり返すこともあるので、十分な休息を。
・無理な移動は絶対禁止。
・8月中はイタリア国内から出ないこと。
・義妹は妊婦さんなので、念のため義妹宅は出ること。
相方くんの入院中は、
退院がいつになるか分からなかったし
残りの3人だけで出かけるのも可哀想なので
私も養生しつつのんびりパルマ生活を送っていました。
ただ、少しでもいろいろ案内したいという義妹夫婦が
歩いて回れるパルマ観光の案内してくれたり
IKEAに連れてってくれたり
ランチに連れてってくれたり。
特にIKEAは、私にとって初IKEAで。
日本ではなく、本場スウェーデンでもなく、
イタリアで初IKEA(笑)。
もちろん行っても何も買わなかったけど、
帰国後のインテリア妄想がとまらなかったです。
そしてまだお腹の調子は良くなかったので
和食中心の食事をしていたのですが、
待望のイタリアンを勝手に解禁

食の街・パルマはパルメジャンチーズや生ハムの産地。
チーズ濃厚なリゾット、生ハム&チーズ盛り合わせに
飲みたかったワインも飲んでしまいました。
お腹もゆるんでるけど、
私の顔もゆるみっぱなし(笑)
また、相方くん退院後は
妊婦さんと一緒に住めないので私たちはミラノへ行くことに。
退院した日だけ1泊させてもらい、
翌日の8/18(日)に出発することになりました。
当初は1週間一緒に観光する
つもりだったのに出来なかったので、
退院翌日=パルマ出発日に4人で全快祝いでランチへ。
4種のチーズピザや生ハム、
義妹夫婦お勧めするパルマNo.1ジェラートも
いただけて感無量でした(*´∇`*)
まずはミラノに滞在して、
相方くんはまだ安静が必要なので
ホテルでのんびりする予定です。
とにかくバタバタなパルマ生活。
そして、相方くんは全く観光できなかった1週間。
義妹夫婦にはお世話になりっぱなしで、
本当に助かりました

そしてタカくんの夏休みに合わせて
せっかくイタリア観光を楽しもうとしていたのに
まさかの、相方くんが肺炎で入院することになり。
そして私も、なかなか治らない下痢と
背中や腕、太ももやふくらはぎなど
全身蕁麻疹で体中が痒すぎる日々。
ひどい時は顔の右半分もお岩さんのように腫れ上がり
毎回鏡を見るのも嫌になるくらい。
私の症状は、
病院へ行った数日後から
蕁麻疹が消えかかってきて、
痒みも徐々に治まってきました。
ただ、肝心の下痢に関しては
処方された薬(整腸剤)の効きが弱かったらしく
1週間経っても治らず。
病院でもらった処方箋をもって再度薬局に行き、
さらに強い整腸剤を飲み始めて治ってきました。
対する相方くんは、
パルマの公立病院の緊急病棟内4人部屋に入院。
個室ではなかったから付き添い看護が出来ず。
幸い、義妹夫婦のお家から
徒歩でも自転車でも行ける距離に病院があるため、
単独でお見舞いに行くことが出来ました。
入院した翌日から、さっそくひとりで
病院に行きましたが、私にとってプチ冒険でした。
まず、相方くんの病室はどこにあるのか?
地元の総合病院だったので、敷地がかなり大きく。
病棟もたくさんあるので、自力で探すのはもちろん不可能。
入院が決まった日、相方くんに携帯電話を
預けてあったので連絡をとりましたが
彼自身もどこにいるのかもちろん把握していません。
病室の入口に書いてある部屋番号らしきものは、
「stanza052 letto18」
全く意味が分からないけど、とりあえずメモして
病院の総合受付で検索してもらうことに。
ただ、英語が通じないのでイタリア語が
全く分からず。
受付の方が病棟までの道順を
片言の英語で教えてくれました。
「受付から茶色→赤→黄色のラインに沿って歩き、
右側のエレベーターで3 pianoまで行ってね。」
廊下に茶色や赤色などの線がついていたので
それはとても分かりやすく。
でもpianoが階数を意味するのは、
エレベーターに着いて分かりました。
やっと病棟らしきところに辿り着いたら、
相方くんに聞いていたメモの単語を探し
病院に着いて20分くらいかけ、病室を発見

大したことじゃないけど、
個人的にあの時の達成感は半端なかった(笑)。
同じ病室内は、いろんな人が入退院で
毎日入れ替わり立ち代わり。
主に年配の人が多く、もちろんみんなイタリア人。
緊急病棟という棟の病室だったので
一時的に処置や入院をする患者さんばかり。
その中で相方くんは日本人&最年少で
完全なアウェーです。
でもお見舞いの家族や患者さんたちは
とても優しい方ばかりでした。
インドから長引く高熱と食欲不振で
体力も落ちたと思いますが、
見るからに痩せこけてしまった相方くん。
きっと今回だけで3~4kgくらいは落ちたかと。
痩せた身体に、抗生物質の点滴が痛々しそうでした。
そもそも、肺炎患者がおじいちゃんたちと
同室で問題ないのかな・・・

念のため担当医の女医さんに聞いてみたところ
問題ないと言われましたが。
日本では完全に隔離すると思うんだけどなー。
8/12(月)から入院し、8/17(土)の夕方に退院。
計6日間の入院生活でした。
ただ、入院中の治療も最低限な感じで
退院後の通院は必要ないものの
旅を続けるなら下記条件を担当医から言われました。
・肺炎はまたぶり返すこともあるので、十分な休息を。
・無理な移動は絶対禁止。
・8月中はイタリア国内から出ないこと。
・義妹は妊婦さんなので、念のため義妹宅は出ること。
相方くんの入院中は、
退院がいつになるか分からなかったし
残りの3人だけで出かけるのも可哀想なので
私も養生しつつのんびりパルマ生活を送っていました。
ただ、少しでもいろいろ案内したいという義妹夫婦が
歩いて回れるパルマ観光の案内してくれたり
IKEAに連れてってくれたり
ランチに連れてってくれたり。
特にIKEAは、私にとって初IKEAで。
日本ではなく、本場スウェーデンでもなく、
イタリアで初IKEA(笑)。
もちろん行っても何も買わなかったけど、
帰国後のインテリア妄想がとまらなかったです。
そしてまだお腹の調子は良くなかったので
和食中心の食事をしていたのですが、
待望のイタリアンを勝手に解禁


食の街・パルマはパルメジャンチーズや生ハムの産地。
チーズ濃厚なリゾット、生ハム&チーズ盛り合わせに
飲みたかったワインも飲んでしまいました。
お腹もゆるんでるけど、
私の顔もゆるみっぱなし(笑)

また、相方くん退院後は
妊婦さんと一緒に住めないので私たちはミラノへ行くことに。
退院した日だけ1泊させてもらい、
翌日の8/18(日)に出発することになりました。
当初は1週間一緒に観光する
つもりだったのに出来なかったので、
退院翌日=パルマ出発日に4人で全快祝いでランチへ。
4種のチーズピザや生ハム、
義妹夫婦お勧めするパルマNo.1ジェラートも
いただけて感無量でした(*´∇`*)
まずはミラノに滞在して、
相方くんはまだ安静が必要なので
ホテルでのんびりする予定です。
とにかくバタバタなパルマ生活。
そして、相方くんは全く観光できなかった1週間。
義妹夫婦にはお世話になりっぱなしで、
本当に助かりました


8/11(日)09:00頃
長い夜を越え、無事にイタリアの
ミラノ・マルペンサ空港着。
相方くんも私も、寝不足のまま
ふらふらになりながらイミグレへ。
列に並んでいたら、なんとなく
体がだるいし熱っぽい。
体温を計ったら37.7度
私も熱が出てきてしまった…
夫婦で体調不良になり
イタリアの地を踏むことになるとは…
イミグレを抜けて
人混みのなかに義妹の旦那さん・
タカくんを発見。
久々の再会なのに、第一声が
「ふたりとも大丈夫?」
タカくんと義妹(相方くんの妹)・ふーちゃんは、
タカくんの仕事で5年ほど前から
イタリアのパルマに赴任中。
私たちの到着に合わせ、
はるばる車で3時間かけて
ミラノまで迎えに来てくれました。
空港で保険会社に連絡をとり、
パルマに提携病院があるか確認。
ミラノにはあるようだけど
パルマにはないとのこと。
でも、通院しなくちゃいけない
可能性があるならパルマの方が都合いいので、
通院時の保険関連は帰国後申請をすることにして
とりあえずパルマまで向かいます。
お腹の不調が続いているので、
途中トイレ休憩も入れてもらいました。
また約3時間かけてパルマに着。
オマーンでは空調の寒さで厚着をしていたので
上着を脱ごうとしたら、腕に赤いポツポツが。
何だろう、コレ…?
お家で待ってた義妹のふーちゃんとも
再会をしましたが、
ふたりとも熱がある&寝不足だったので
とりあえず仮眠をとらせてもらうことに。
数時間後に起きたら、ふーちゃんがゴハンを用意してくれました。
病人にはありがたい、お粥などの和食。
タカくんは最寄りの病院に連絡をとってくれましたが繋がりません。
日曜日というのとイタリアのバカンス期間中なので、
翌日の午前に直接病院に行くことに。
翌日8/12(月)、タカくん付き添いで
最寄りの公立病院へ。
私は頻度は下がったものの
毎回トイレに行くたびひどい下痢と、
昨日腕にできた蕁麻疹のような赤いポツポツが
全身に広がり痒さが出てきました。
相方くんの体調は、
相変わらずの高熱と痰のからむ咳が出てくるように。
インドのデリーでもらった薬を飲むからお家で安静にしてると言いましたが、
念のため再受診してもらうことに。
総合受付でタカくんにイタリア語で症状を説明してもらい、
相方くんは緊急外来へ、
私は皮膚科に行くように言われました。
皮膚科は空いていて、すぐ診てもらえました。
担当医は若い女医さんというか、
研修医に見えるけど…
症状を話し皮膚を見せたら、
蕁麻疹を抑える注射をお尻に打たれ塗り薬&飲み薬を処方して終了。
え?それだけ?
体内毒素を下から出そうとしても追い付かず
防衛反応で蕁麻疹が出たのだから
下痢を治すのが先決だと、
素人の私でも分かってました。
念押しをして下痢がひどいんだと訴えたところ、
追加で下痢止めを処方してもらいました。
私の診察が終わり緊急外来へ戻ると、
相方くんは待合室に。
しばらく待って血液検査やレントゲン検査を終えて
担当医から呼ばれ、
意外な診断が下りました。
「肺 炎」


インドでひいた風邪が、
なんと肺炎にまで悪化していたようで
その日から即入院となりました…。
旅がはじまってからわずか4ヶ月、
2度目の入院ということ(涙)
それにしても、
インドの菌はほんとに手強すぎる…
そして、イタリアの病院の対応は
いいかげんだなと感じました。
入院の手続きやどのくらいの期間など
あまり説明をしてもらえず、
私たちも勝手が分かりません。
スタッフは英語が通じない人が多かったので
タカくんに通訳をお願いしても、
本人はこのまま病院で面倒みるから
付き添いは帰宅するように言われ…
念のためタカくんから借りていた
連絡用の携帯電話を相方くんに預けて
その日は病院を去りました。
タカくんたちもイタリアで生活していくうちに
日本とは全く違う医療環境での通院は面倒なので
年数回の帰省のたびに
日本から常備薬を買い足したり
病院にかかる前に予防で薬を飲んで
いるらしいです。
いろいろ不安もありますが、
とにかく病院にいるなら
完治に向けて待つしかないと。
私はしばらく、義妹夫婦宅に滞在&お世話になりながら
自分の体も治療しつつ
相方くんの退院を待つことにしました。
長い夜を越え、無事にイタリアの
ミラノ・マルペンサ空港着。
相方くんも私も、寝不足のまま
ふらふらになりながらイミグレへ。
列に並んでいたら、なんとなく
体がだるいし熱っぽい。
体温を計ったら37.7度

私も熱が出てきてしまった…

夫婦で体調不良になり
イタリアの地を踏むことになるとは…

イミグレを抜けて
人混みのなかに義妹の旦那さん・
タカくんを発見。
久々の再会なのに、第一声が
「ふたりとも大丈夫?」
タカくんと義妹(相方くんの妹)・ふーちゃんは、
タカくんの仕事で5年ほど前から
イタリアのパルマに赴任中。
私たちの到着に合わせ、
はるばる車で3時間かけて
ミラノまで迎えに来てくれました。
空港で保険会社に連絡をとり、
パルマに提携病院があるか確認。
ミラノにはあるようだけど
パルマにはないとのこと。
でも、通院しなくちゃいけない
可能性があるならパルマの方が都合いいので、
通院時の保険関連は帰国後申請をすることにして
とりあえずパルマまで向かいます。
お腹の不調が続いているので、
途中トイレ休憩も入れてもらいました。
また約3時間かけてパルマに着。
オマーンでは空調の寒さで厚着をしていたので
上着を脱ごうとしたら、腕に赤いポツポツが。
何だろう、コレ…?
お家で待ってた義妹のふーちゃんとも
再会をしましたが、
ふたりとも熱がある&寝不足だったので
とりあえず仮眠をとらせてもらうことに。
数時間後に起きたら、ふーちゃんがゴハンを用意してくれました。
病人にはありがたい、お粥などの和食。
タカくんは最寄りの病院に連絡をとってくれましたが繋がりません。
日曜日というのとイタリアのバカンス期間中なので、
翌日の午前に直接病院に行くことに。
翌日8/12(月)、タカくん付き添いで
最寄りの公立病院へ。
私は頻度は下がったものの
毎回トイレに行くたびひどい下痢と、
昨日腕にできた蕁麻疹のような赤いポツポツが
全身に広がり痒さが出てきました。
相方くんの体調は、
相変わらずの高熱と痰のからむ咳が出てくるように。
インドのデリーでもらった薬を飲むからお家で安静にしてると言いましたが、
念のため再受診してもらうことに。
総合受付でタカくんにイタリア語で症状を説明してもらい、
相方くんは緊急外来へ、
私は皮膚科に行くように言われました。
皮膚科は空いていて、すぐ診てもらえました。
担当医は若い女医さんというか、
研修医に見えるけど…
症状を話し皮膚を見せたら、
蕁麻疹を抑える注射をお尻に打たれ塗り薬&飲み薬を処方して終了。
え?それだけ?
体内毒素を下から出そうとしても追い付かず
防衛反応で蕁麻疹が出たのだから
下痢を治すのが先決だと、
素人の私でも分かってました。
念押しをして下痢がひどいんだと訴えたところ、
追加で下痢止めを処方してもらいました。
私の診察が終わり緊急外来へ戻ると、
相方くんは待合室に。
しばらく待って血液検査やレントゲン検査を終えて
担当医から呼ばれ、
意外な診断が下りました。
「肺 炎」


インドでひいた風邪が、
なんと肺炎にまで悪化していたようで
その日から即入院となりました…。
旅がはじまってからわずか4ヶ月、
2度目の入院ということ(涙)
それにしても、
インドの菌はほんとに手強すぎる…
そして、イタリアの病院の対応は
いいかげんだなと感じました。
入院の手続きやどのくらいの期間など
あまり説明をしてもらえず、
私たちも勝手が分かりません。
スタッフは英語が通じない人が多かったので
タカくんに通訳をお願いしても、
本人はこのまま病院で面倒みるから
付き添いは帰宅するように言われ…
念のためタカくんから借りていた
連絡用の携帯電話を相方くんに預けて
その日は病院を去りました。
タカくんたちもイタリアで生活していくうちに
日本とは全く違う医療環境での通院は面倒なので
年数回の帰省のたびに
日本から常備薬を買い足したり
病院にかかる前に予防で薬を飲んで
いるらしいです。
いろいろ不安もありますが、
とにかく病院にいるなら
完治に向けて待つしかないと。
私はしばらく、義妹夫婦宅に滞在&お世話になりながら
自分の体も治療しつつ
相方くんの退院を待つことにしました。
8/10(土)ついにインドを出る日になりました。
デリーからかは午後の便でオマーンにて乗り継ぎ、
オマーン・ムスカット空港から夜出発で
翌日8/11(日)朝にイタリアのミラノ・マルペンサ空港着予定。
相方くんの体調は、平熱まで下がっているけど
やはり数日続いた体調不良により、かなり怠そう。
10:50amにホテルをチェックアウトして、
デリー駅を徒歩で越えた先にあるメトロ駅へ。
デリー駅構内はたくさんの人でごった返し、
かき分けながらバックパックを転がしていきます。
メトロ駅内は、インドとは思えないほど近代的な建物。
デリーメトロ駅からエアポート駅までは、
所要約20分、片道150INR。
快適な電車に乗りながら、12:05pmには空港着。
チェックインを済ませて、おなじみのラウンジへ。
朝も食べていないので、ランチをいただきました。
インドで最後のカレーとチャイをいただきました。
約3週間過ごしたインドを発ち、
オマーン経由で義妹夫婦のいるイタリアへ。
インドはやっぱり、何かと濃かった・・・。
かの有名なCM「嘘・大袈裟・紛らわしい」の
キャッチフレーズの合う国だと、相方とよく話したインド(笑)。
最後は相方くん大変だったけど、楽しい思い出もいっぱい。
また来たいか分からないけど(笑)、
駆け抜けた北インドは満足しましたヽ(*´▽)ノ
搭乗後、機内食が配られてきました。
いつも私たちはLCCを利用し慣れているため、
OMAN AIRは機内食がついているということ
すっかり忘れていました。
デリー空港のラウンジ食の方が美味しかったな

数時間で乗り継ぎ先のオマーン・ムスカット空港着。
ここから約8時間待ち時間がありました。
もちろんここでも、ラウンジを利用しました。
Wi-Fiでネット繋いだり充電したり、快適空間。
強いて言えば、空調効き過ぎで寒いくらい。
その後から、
徐々に異変が起き始めました。
デリー空港のラウンジのランチと機内食もいただき、
お腹パンパンだったけど寒かったので
オマーン空港のラウンジでは温かい飲み物を
飲んで過ごしていました
夕方あたりからキリキリと胃痛がしていて、
たまーに消化不良でなるので常備薬の胃薬を飲みました。
普段はすぐに効果が出てくるのに、
胃の痛みがなかなか引かず、
さらにトイレに行く回数が増えてきました。
しかも、毎回軟便を通り越して水便。
正直、水便なんて生まれて始めてでした。
搭乗時間が迫っており、
相方くんに私の胃腸がおかしいと話したところ・・・
相方くんが寒さで震えているではありませんか

ラウンジ内でも外でも、どこも寒かったムスカット空港内。
その環境で乗り継ぎ待ちしている間、
どうやら相方くんの体調が急変&悪化した模様。
手荷物にある上着を全部着ても寒さは収まらず、
熱を計ってみたら・・・
40度

これは大変と思いながらも、私も本調子ではないので
イタリア行きの便を見送ろうと説得しました。
医療状況の分からないオマーンはさらに不安なので、
相方くんは何としてでも乗ると聞きません。
ラウンジのスタッフに毛布も借りて、念のためマスクも着用。
空港内で怪しい2人だったかもしれませんが
そんなこと気にしていられません。
搭乗拒否をされることもなく、難なく飛行機に乗り込み。
自分自身の胃腸の状態も悪化していくけど、
相方くんをおろそかに出来ないし。
合間に機内のトイレに駆け込みながらも
相方くんが少しでも眠れるように工夫しながら
狭いシートで膝枕したり
吐き気を訴えたらエチケット袋用意したり。
なのでなかなか眠ることができず、
機内で一晩を過ごしました。
イタリア・ミラノに着けば、
義妹の旦那さんが迎えに来てくれている。
そこまで辿り着けば何とかなる・・・と願いながら、
長い長いフライトを静かに耐えていました
デリーからかは午後の便でオマーンにて乗り継ぎ、
オマーン・ムスカット空港から夜出発で
翌日8/11(日)朝にイタリアのミラノ・マルペンサ空港着予定。
相方くんの体調は、平熱まで下がっているけど
やはり数日続いた体調不良により、かなり怠そう。
10:50amにホテルをチェックアウトして、
デリー駅を徒歩で越えた先にあるメトロ駅へ。
デリー駅構内はたくさんの人でごった返し、
かき分けながらバックパックを転がしていきます。
メトロ駅内は、インドとは思えないほど近代的な建物。
デリーメトロ駅からエアポート駅までは、
所要約20分、片道150INR。
快適な電車に乗りながら、12:05pmには空港着。
チェックインを済ませて、おなじみのラウンジへ。
朝も食べていないので、ランチをいただきました。
インドで最後のカレーとチャイをいただきました。
約3週間過ごしたインドを発ち、
オマーン経由で義妹夫婦のいるイタリアへ。
インドはやっぱり、何かと濃かった・・・。
かの有名なCM「嘘・大袈裟・紛らわしい」の
キャッチフレーズの合う国だと、相方とよく話したインド(笑)。
最後は相方くん大変だったけど、楽しい思い出もいっぱい。
また来たいか分からないけど(笑)、
駆け抜けた北インドは満足しましたヽ(*´▽)ノ
搭乗後、機内食が配られてきました。
いつも私たちはLCCを利用し慣れているため、
OMAN AIRは機内食がついているということ
すっかり忘れていました。
デリー空港のラウンジ食の方が美味しかったな


数時間で乗り継ぎ先のオマーン・ムスカット空港着。
ここから約8時間待ち時間がありました。
もちろんここでも、ラウンジを利用しました。
Wi-Fiでネット繋いだり充電したり、快適空間。
強いて言えば、空調効き過ぎで寒いくらい。
その後から、
徐々に異変が起き始めました。
デリー空港のラウンジのランチと機内食もいただき、
お腹パンパンだったけど寒かったので
オマーン空港のラウンジでは温かい飲み物を
飲んで過ごしていました

夕方あたりからキリキリと胃痛がしていて、
たまーに消化不良でなるので常備薬の胃薬を飲みました。
普段はすぐに効果が出てくるのに、
胃の痛みがなかなか引かず、
さらにトイレに行く回数が増えてきました。
しかも、毎回軟便を通り越して水便。
正直、水便なんて生まれて始めてでした。
搭乗時間が迫っており、
相方くんに私の胃腸がおかしいと話したところ・・・
相方くんが寒さで震えているではありませんか


ラウンジ内でも外でも、どこも寒かったムスカット空港内。
その環境で乗り継ぎ待ちしている間、
どうやら相方くんの体調が急変&悪化した模様。
手荷物にある上着を全部着ても寒さは収まらず、
熱を計ってみたら・・・
40度


これは大変と思いながらも、私も本調子ではないので
イタリア行きの便を見送ろうと説得しました。
医療状況の分からないオマーンはさらに不安なので、
相方くんは何としてでも乗ると聞きません。
ラウンジのスタッフに毛布も借りて、念のためマスクも着用。
空港内で怪しい2人だったかもしれませんが
そんなこと気にしていられません。
搭乗拒否をされることもなく、難なく飛行機に乗り込み。
自分自身の胃腸の状態も悪化していくけど、
相方くんをおろそかに出来ないし。
合間に機内のトイレに駆け込みながらも
相方くんが少しでも眠れるように工夫しながら
狭いシートで膝枕したり
吐き気を訴えたらエチケット袋用意したり。
なのでなかなか眠ることができず、
機内で一晩を過ごしました。
イタリア・ミラノに着けば、
義妹の旦那さんが迎えに来てくれている。
そこまで辿り着けば何とかなる・・・と願いながら、
長い長いフライトを静かに耐えていました

8/7(水)にデリー行きを早めた私たち。
8/10(土)にはイタリア行きのフライトがあるため、
それまでに相方くんの体調を治すべく、
保険会社の提携病院があるデリーまで移動することに。
イタリアには義妹夫婦が住んでおり、
しかも義妹は現在妊婦さん。
世界一周スタート前から夏にイタリアで
合流する予定があったものの、
変な菌を持ち込むわけにはいきません。
当日の朝に最後のヨガレッスン(90分間300INR)を受け、
荷造りをしてから12:00pmに宿をチェックアウト。
あまりリシュケシュ観光できませんでしたが、
相方くんの病状を治す方が最優先。
まずはラムジューラー橋の向こう側で
トゥクトゥクを拾い、バスターミナルまで行かなくては。
相方くんの体調を様子見ながら、炎天下のなか
重いキャリーバックパックを転がしていきます。
橋を渡っている最中に、後ろからやってきた
バイクの男性に声をかけられました。
数日前に出会った、YOGA VINIのスタッフ。
事情を話すと、嬉しい出来事が
バイクだったのに15分ほどかかるバスターミナルまで
2往復してひとりずつ乗せてくれ、
なおかつデリー行きのバスをつかまえる手伝いを
してくれました。
もちろん彼は偶然通りかかったのですが、
ヨガを受けれなかった私たちに申し訳ないと
思ったらしく、お詫びに手助けをしてくれました。
相方くんの体調からすれば、とてもラッキーなこと。
彼に丁重にお礼を伝え、
01:50pmリシュケシュを出発。
(デリー行きバス=470INR)
そこからバスで約7時間。
ドアが開けっ放しなバスは
ショートカットのためなのか、
悪路をアグレッシブに進みます。
かれている川でもかまわず、まさにジェットコースター
相方くんは高熱や不快な乗り心地に耐えながら、
なんとかデリーまで辿り着きました。
その日は夜も遅いし休ませなくてはと
日本人宿サンタナに泊まりました。
ファンがなく汗だくで一晩を明かしましたが・・・
翌日8/8(木)の朝、
保険会社と予め連絡を取っていたので
現地代行エージェントの方が宿まで迎えに。
そこからトゥクトゥクで1時間ほど行った総合病院へ。
予約時間ちょうどに到着し、受付を済ませてから
血液検査やレントゲン検査を行いました。
デング熱やマラリアじゃなければいいけど・・・
インドのゴミだらけな街中に綺麗な病院・・・違和感。
待合室。裕福そうなインド人や外国人ばかり。
検査後に内科医の担当医の部屋に呼ばれ、
診察となりました。
2日後にはイタリア行きのフライトがあること、
そこに住む義妹が妊娠している旨も伝えて
精密検査の結果報告のために
翌日また病院に来るよう言われました。
さらに翌日8/9(金)は09:00amに診察予約していたため
早朝に代行エージェントがまたお迎えに。
途中で通行止めもありました。
イスラム教のラマダン(断食)終了日ということで、
大きな集会があるため道路規制があるとか。
時間ギリギリで病院に着き、再び担当医の部屋へ。
結果は・・・
ただの風邪とのこと
日本の風邪よりタチは悪そうですが、
精密検査結果ではデング熱やマラリアは陰性でした。
先生からニッコリ一言、
「You can fly tomorrow!(明日飛行機大丈夫だよ!)」
とりあえず、一安心
体調はまだ怠そうだけど熱も平熱に戻りつつあるし、
診察結果から薬も処方してもらったので
あとは快方に向かうだけかな。
相方くん、よく頑張りました
あと一息、薬飲んでしっかり治そう
8/10(土)にはイタリア行きのフライトがあるため、
それまでに相方くんの体調を治すべく、
保険会社の提携病院があるデリーまで移動することに。
イタリアには義妹夫婦が住んでおり、
しかも義妹は現在妊婦さん。
世界一周スタート前から夏にイタリアで
合流する予定があったものの、
変な菌を持ち込むわけにはいきません。
当日の朝に最後のヨガレッスン(90分間300INR)を受け、
荷造りをしてから12:00pmに宿をチェックアウト。
あまりリシュケシュ観光できませんでしたが、
相方くんの病状を治す方が最優先。
まずはラムジューラー橋の向こう側で
トゥクトゥクを拾い、バスターミナルまで行かなくては。
相方くんの体調を様子見ながら、炎天下のなか
重いキャリーバックパックを転がしていきます。
橋を渡っている最中に、後ろからやってきた
バイクの男性に声をかけられました。
数日前に出会った、YOGA VINIのスタッフ。
事情を話すと、嬉しい出来事が

バイクだったのに15分ほどかかるバスターミナルまで
2往復してひとりずつ乗せてくれ、
なおかつデリー行きのバスをつかまえる手伝いを
してくれました。
もちろん彼は偶然通りかかったのですが、
ヨガを受けれなかった私たちに申し訳ないと
思ったらしく、お詫びに手助けをしてくれました。
相方くんの体調からすれば、とてもラッキーなこと。
彼に丁重にお礼を伝え、
01:50pmリシュケシュを出発。
(デリー行きバス=470INR)
そこからバスで約7時間。
ドアが開けっ放しなバスは
ショートカットのためなのか、
悪路をアグレッシブに進みます。
かれている川でもかまわず、まさにジェットコースター

相方くんは高熱や不快な乗り心地に耐えながら、
なんとかデリーまで辿り着きました。
その日は夜も遅いし休ませなくてはと
日本人宿サンタナに泊まりました。
ファンがなく汗だくで一晩を明かしましたが・・・

翌日8/8(木)の朝、
保険会社と予め連絡を取っていたので
現地代行エージェントの方が宿まで迎えに。
そこからトゥクトゥクで1時間ほど行った総合病院へ。
予約時間ちょうどに到着し、受付を済ませてから
血液検査やレントゲン検査を行いました。
デング熱やマラリアじゃなければいいけど・・・
インドのゴミだらけな街中に綺麗な病院・・・違和感。
待合室。裕福そうなインド人や外国人ばかり。
検査後に内科医の担当医の部屋に呼ばれ、
診察となりました。
2日後にはイタリア行きのフライトがあること、
そこに住む義妹が妊娠している旨も伝えて
精密検査の結果報告のために
翌日また病院に来るよう言われました。
さらに翌日8/9(金)は09:00amに診察予約していたため
早朝に代行エージェントがまたお迎えに。
途中で通行止めもありました。
イスラム教のラマダン(断食)終了日ということで、
大きな集会があるため道路規制があるとか。
時間ギリギリで病院に着き、再び担当医の部屋へ。
結果は・・・
ただの風邪とのこと

日本の風邪よりタチは悪そうですが、
精密検査結果ではデング熱やマラリアは陰性でした。
先生からニッコリ一言、
「You can fly tomorrow!(明日飛行機大丈夫だよ!)」

とりあえず、一安心

体調はまだ怠そうだけど熱も平熱に戻りつつあるし、
診察結果から薬も処方してもらったので
あとは快方に向かうだけかな。
相方くん、よく頑張りました

あと一息、薬飲んでしっかり治そう

8/3(土)リシュケシュ2日目の午後から
体調が微妙になってきた相方くん。
連日の移動により寝不足や疲れが溜まって
風邪でもひいたかな?
バラナシやアーグラに比べて、リシュケシュは涼しいし
気候の変化も重なったのかも。
38度以上の熱が出ても、
日本にいる時は1日安静にベッドで寝て
自然治癒力で治すスタイルが当たり前な相方くん。
インドでも同じように、基本ベッドで寝て
汗を出し、解熱させる方法を貫こうとしました。
ただ、翌朝も微熱と高熱を繰り返し、
以降もなかなかよくなっていきません。
薬といえば、解熱するために常備薬の
葛根湯しか飲まないし。
どこまでナチュラル指向なんだ
体調を崩してから数日、さすがに熱が続くので
デング熱やマラリアなど風邪ではない病気かもと疑いだし。
一度病院に行こうと話(説得)になり。
保険会社へ問い合わせたところ、
リシュケシュには提携病院がなく、
デリーに行けば病院を紹介するとのこと。
予定ではインドを出るギリギリまで
リシュケシュに滞在し、
8/10(土)イタリア行きのフライトのために
前日ぐらいにデリーに行こうと考えていました。
相方くんの容態次第で、デリー行きを
早めようかと考え始めました。
体調不良の数日間、相方くんはホテルで基本安静。
少しだけ熱が下がり体調がよさ気の時は
外を出歩いたりしましたが、しばらくすると
また熱が上がってきて・・・
ちょうどホテルの近所に、昼間病院で先生をしていて
夜間の数時間だけ自身の薬局にいるという医師がいました。
デリーに行く前にその方に相談をしたら、
喉が腫れてて炎症起こしているからと
抗生物質や解熱剤を処方されました。
高熱の時に解熱剤を飲みなさいと言われたので
さっそく服用したところ・・・
大量の汗をかくようになる
↓
Tシャツを頻繁に着替える
↓
汗で冷えて寒気がするから着込む(基本冷え性)
↓
さらに汗だくになる
という負の連鎖が続くにもかかわらず
熱がいっこうに下がらない。
やはり、病院行きを早めた方がよさそう。
というわけで予定変更をして
8/7(水)にデリー移動日を前倒ししました。
その間、私はというと
相方くんの看病も勿論しましたが
ずっとホテルに缶詰状態だったので
近くで見つけたアシュラムで
早朝フリー青空ヨガに参加してみたり、
滞在先ホテル最上階のエステで
本格アーユルヴェーダマッサージを受けたり、
さらにホテル内のヨガスタジオで
いかにもなインド人によるヨガレッスンを受けたり、
相方くんがおとなしく養生しているなかで
私はヨガやマッサージを堪能させていただきました。
アーユルヴェーダは、
頭頂から足のつま先までオイルマッサージをして
ミストシャワーで保湿をします。
アンチエイジングに効果的らしく、気持ちよかった。
ヨガも久しぶりに太陽礼拝をしたり
ヨガとは何かという説明を受けながら
改めてヨガの心地よさや自分にマッチした
リラクゼーション&トレーニングだなと実感。
日本に帰っても、ヨガは続けていこう。
相方くんとヨガ三昧したかったのでとても残念だけど、
個人的には聖地でヨガを受けれたので悔いなし
体調が微妙になってきた相方くん。
連日の移動により寝不足や疲れが溜まって
風邪でもひいたかな?
バラナシやアーグラに比べて、リシュケシュは涼しいし
気候の変化も重なったのかも。
38度以上の熱が出ても、
日本にいる時は1日安静にベッドで寝て
自然治癒力で治すスタイルが当たり前な相方くん。
インドでも同じように、基本ベッドで寝て
汗を出し、解熱させる方法を貫こうとしました。
ただ、翌朝も微熱と高熱を繰り返し、
以降もなかなかよくなっていきません。
薬といえば、解熱するために常備薬の
葛根湯しか飲まないし。
どこまでナチュラル指向なんだ

体調を崩してから数日、さすがに熱が続くので
デング熱やマラリアなど風邪ではない病気かもと疑いだし。
一度病院に行こうと話(説得)になり。
保険会社へ問い合わせたところ、
リシュケシュには提携病院がなく、
デリーに行けば病院を紹介するとのこと。
予定ではインドを出るギリギリまで
リシュケシュに滞在し、
8/10(土)イタリア行きのフライトのために
前日ぐらいにデリーに行こうと考えていました。
相方くんの容態次第で、デリー行きを
早めようかと考え始めました。
体調不良の数日間、相方くんはホテルで基本安静。
少しだけ熱が下がり体調がよさ気の時は
外を出歩いたりしましたが、しばらくすると
また熱が上がってきて・・・
ちょうどホテルの近所に、昼間病院で先生をしていて
夜間の数時間だけ自身の薬局にいるという医師がいました。
デリーに行く前にその方に相談をしたら、
喉が腫れてて炎症起こしているからと
抗生物質や解熱剤を処方されました。
高熱の時に解熱剤を飲みなさいと言われたので
さっそく服用したところ・・・
大量の汗をかくようになる
↓
Tシャツを頻繁に着替える
↓
汗で冷えて寒気がするから着込む(基本冷え性)
↓
さらに汗だくになる
という負の連鎖が続くにもかかわらず
熱がいっこうに下がらない。
やはり、病院行きを早めた方がよさそう。
というわけで予定変更をして
8/7(水)にデリー移動日を前倒ししました。
その間、私はというと
相方くんの看病も勿論しましたが
ずっとホテルに缶詰状態だったので
近くで見つけたアシュラムで
早朝フリー青空ヨガに参加してみたり、
滞在先ホテル最上階のエステで
本格アーユルヴェーダマッサージを受けたり、
さらにホテル内のヨガスタジオで
いかにもなインド人によるヨガレッスンを受けたり、
相方くんがおとなしく養生しているなかで
私はヨガやマッサージを堪能させていただきました。
アーユルヴェーダは、
頭頂から足のつま先までオイルマッサージをして
ミストシャワーで保湿をします。
アンチエイジングに効果的らしく、気持ちよかった。
ヨガも久しぶりに太陽礼拝をしたり
ヨガとは何かという説明を受けながら
改めてヨガの心地よさや自分にマッチした
リラクゼーション&トレーニングだなと実感。
日本に帰っても、ヨガは続けていこう。
相方くんとヨガ三昧したかったのでとても残念だけど、
個人的には聖地でヨガを受けれたので悔いなし

8/2(金)
07:10amアーグラ・カント駅発の電車で、
次に目指すはリシュケシュ。
まる1日移動で、まずは05:30pmに手前のハルドワール駅に到着しました。
そこから少し歩いた先にある
バスターミナルから
リシュケシュ行きのバスを探しましたが・・・
どのバスがリシュケシュ行き?
窓口に聞いても他の人に聞いても、
みんなの説明が違い・・・(-o-;)
たまたま声をかけたインド人が
リシュケシュへ行くとのことで、
その人が乗ったバスに私たちも乗り込みました。
通常、ハルドワールからリシュケシュまではバスで1時間ほど。
この日は道が渋滞していたので1時間半以上かかりました。
リシュケシュのバスターミナルに着いた07:45pm頃は、
辺りが暗くなってきました。
なんとか早く宿を探さなくてはと焦りつつも、
安宿街のある場所へはトゥクトゥクが必要で。
ドライバーとの交渉が上手くいかずどんどん高くなり、
乗り合いすら見つからない・・・
なんとか交渉してやっと移動できることに。
バスターミナルからトゥクトゥクで10分ほど走り、
ラム・ジューラー橋付近で下ろしてもらい、
そこからはひたすら徒歩。
ガンジス川上流部にあるリシュケシュは
主にこの橋ともうひとつの橋・ラクシュマン・ジューラーを渡った先に安宿が集中しています。
どちらの橋もバイクか自転車しか通れないので、移動は徒歩。
しかも、バラナシ同様にヒンドゥー教のお祭りをするために
またオレンジマンたちが
そこらじゅうにいて盛り上がってます。
オレンジマンたちの人混みを避けながら
やっとゲストハウスを発見!!
時刻は09:30pm・・・疲れた(ToT)
★Raj Palace
ダブルルーム・シャワー&トイレあり(hotシャワーOK)
1泊400INR
フリーWi-Fiあり(強めでラッキー♪)
ちょうどこのゲストハウスにレストランがあって
閉店間近だったので夕食をとりました。
リシュケシュに来た目的は、
ずばりヨガ!!
日本でも友人がヨガのインストラクターをしていて
週に1回はレッスンを受けていました。
旅で疲れた心と身体をリフレッシュさせるべく、
ヨガ三昧をするべく
翌日からアシュラム(ヨガ修行場)やスタジオ探し。
世界一周ブログで気になった、
日本人インストラクターがいる
「Yoga VINI」
ここを訪ねたところ・・・
クローズしてるじゃん(;´д`)
ヒンドゥー教のお祭りシーズンで
クローズしてるアシュラムやスタジオが多いそうで。
Yoga VINIを訪ねた時に説明してくれた
インド人スタッフが教えてくれました。
諦めて他の場所を探そうとしていたら、
相方くんに異変が・・・
体がダルいらしく、
省エネモードになりはじめ ・・・
スタジオ探しを中断し、宿に戻って休むことに。
弾丸で移動が続いたし、
基本移動中の車内などでは熟睡できない相方くん。
いつでもどこでも爆睡できる私とは違い、
しかも8月中旬に向かうイタリア行きの
航空券手配を深夜にしてたから
寝不足や疲れが溜まってきたのかな?
熱を計ったら、39度以上・・・
基本寝て治すのが相方くんのスタイルなので
まずはしっかり休養と睡眠をとることになりました。
これが、後に起こるハプニングの始まりとは、
この時はまだ2人とも知りもせず・・・。
07:10amアーグラ・カント駅発の電車で、
次に目指すはリシュケシュ。
まる1日移動で、まずは05:30pmに手前のハルドワール駅に到着しました。
そこから少し歩いた先にある
バスターミナルから
リシュケシュ行きのバスを探しましたが・・・
どのバスがリシュケシュ行き?
窓口に聞いても他の人に聞いても、
みんなの説明が違い・・・(-o-;)
たまたま声をかけたインド人が
リシュケシュへ行くとのことで、
その人が乗ったバスに私たちも乗り込みました。
通常、ハルドワールからリシュケシュまではバスで1時間ほど。
この日は道が渋滞していたので1時間半以上かかりました。
リシュケシュのバスターミナルに着いた07:45pm頃は、
辺りが暗くなってきました。
なんとか早く宿を探さなくてはと焦りつつも、
安宿街のある場所へはトゥクトゥクが必要で。
ドライバーとの交渉が上手くいかずどんどん高くなり、
乗り合いすら見つからない・・・
なんとか交渉してやっと移動できることに。
バスターミナルからトゥクトゥクで10分ほど走り、
ラム・ジューラー橋付近で下ろしてもらい、
そこからはひたすら徒歩。
ガンジス川上流部にあるリシュケシュは
主にこの橋ともうひとつの橋・ラクシュマン・ジューラーを渡った先に安宿が集中しています。
どちらの橋もバイクか自転車しか通れないので、移動は徒歩。
しかも、バラナシ同様にヒンドゥー教のお祭りをするために
またオレンジマンたちが
そこらじゅうにいて盛り上がってます。
オレンジマンたちの人混みを避けながら
やっとゲストハウスを発見!!
時刻は09:30pm・・・疲れた(ToT)
★Raj Palace
ダブルルーム・シャワー&トイレあり(hotシャワーOK)
1泊400INR
フリーWi-Fiあり(強めでラッキー♪)
ちょうどこのゲストハウスにレストランがあって
閉店間近だったので夕食をとりました。
リシュケシュに来た目的は、
ずばりヨガ!!
日本でも友人がヨガのインストラクターをしていて
週に1回はレッスンを受けていました。
旅で疲れた心と身体をリフレッシュさせるべく、
ヨガ三昧をするべく
翌日からアシュラム(ヨガ修行場)やスタジオ探し。
世界一周ブログで気になった、
日本人インストラクターがいる
「Yoga VINI」
ここを訪ねたところ・・・
クローズしてるじゃん(;´д`)
ヒンドゥー教のお祭りシーズンで
クローズしてるアシュラムやスタジオが多いそうで。
Yoga VINIを訪ねた時に説明してくれた
インド人スタッフが教えてくれました。
諦めて他の場所を探そうとしていたら、
相方くんに異変が・・・
体がダルいらしく、
省エネモードになりはじめ ・・・
スタジオ探しを中断し、宿に戻って休むことに。
弾丸で移動が続いたし、
基本移動中の車内などでは熟睡できない相方くん。
いつでもどこでも爆睡できる私とは違い、
しかも8月中旬に向かうイタリア行きの
航空券手配を深夜にしてたから
寝不足や疲れが溜まってきたのかな?
熱を計ったら、39度以上・・・

基本寝て治すのが相方くんのスタイルなので
まずはしっかり休養と睡眠をとることになりました。
これが、後に起こるハプニングの始まりとは、
この時はまだ2人とも知りもせず・・・。
旅を始めて3ヶ月半経ちました。
7/31(水)11:00pmにムガルサライ駅を出発し、
翌日8/1(木)07:30amアーグラ着の電車で移動。
今回は初めて寝台列車だったので、
少しでも快適に寝れるよう2等クラスの席を予約。
他の安い席は盗難などのトラブルもよく聞くので、
正解でした。
インドの鉄道は時間通りに運行しないのが普通。
私たちは幸運にもほぼオンタイムの電車に
乗っていますが、今回の寝台列車は
3時間遅れの10:35amにアーグラ着でした。
ここは、あの有名なタージ・マハルのある街。
しかも、私たちは移動した街には
最低でも数日滞在が多いですが、
今回は1泊だけの弾丸移動
アーグラ駅に着いたら、
いつも通りにウザい
トゥクトゥクドライバーたちに囲まれましたが、
少し駅を離れたところでつかまえた
年配のドライバーさんはとてもジェントルマンで
本当にインド人なのかと疑うほど素敵な方でした。
旅行代理店で鉄道チケット手配から
ホテル探しまで手伝ってくれ…
ごくたまーに出くわす貴重な「いいインド人」。
無事にホテルも探し、
とりあえずご飯を食べることに。
安宿が集まっている周辺には、
タージ・マハルを一望できるような屋上レストランがたくさんあります。
そのなかで見つけたところの景色が、
本当に抜群でテンションあがりました

宿からタージ・マハルまで徒歩圏内だったので
午後遅めにタージ・マハルに向かい、入場券を購入。
外国人料金750INRって、めちゃ高い。。。
時間は数時間しかなかったけど、
閉館ギリギリまで写真撮ったり
綺麗な墓石を眺めたり。
王妃を愛した王がつくった、
世界一美しいお墓。
いろんなインドを見てきたけど、
ここもインドに来たーーと実感できる
シンボル的な場所でした。
翌日の朝07:00am過ぎの列車に乗り、
あっけなくアーグラ観光終了…
ま、タージ・マハル見れたからいっか
次は北のリシュケシュへ
7/31(水)11:00pmにムガルサライ駅を出発し、
翌日8/1(木)07:30amアーグラ着の電車で移動。
今回は初めて寝台列車だったので、
少しでも快適に寝れるよう2等クラスの席を予約。
他の安い席は盗難などのトラブルもよく聞くので、
正解でした。
インドの鉄道は時間通りに運行しないのが普通。
私たちは幸運にもほぼオンタイムの電車に
乗っていますが、今回の寝台列車は
3時間遅れの10:35amにアーグラ着でした。
ここは、あの有名なタージ・マハルのある街。
しかも、私たちは移動した街には
最低でも数日滞在が多いですが、
今回は1泊だけの弾丸移動

アーグラ駅に着いたら、
いつも通りにウザい
トゥクトゥクドライバーたちに囲まれましたが、
少し駅を離れたところでつかまえた
年配のドライバーさんはとてもジェントルマンで
本当にインド人なのかと疑うほど素敵な方でした。
旅行代理店で鉄道チケット手配から
ホテル探しまで手伝ってくれ…
ごくたまーに出くわす貴重な「いいインド人」。
無事にホテルも探し、
とりあえずご飯を食べることに。
安宿が集まっている周辺には、
タージ・マハルを一望できるような屋上レストランがたくさんあります。
そのなかで見つけたところの景色が、
本当に抜群でテンションあがりました


宿からタージ・マハルまで徒歩圏内だったので
午後遅めにタージ・マハルに向かい、入場券を購入。
外国人料金750INRって、めちゃ高い。。。

時間は数時間しかなかったけど、
閉館ギリギリまで写真撮ったり
綺麗な墓石を眺めたり。
王妃を愛した王がつくった、
世界一美しいお墓。
いろんなインドを見てきたけど、
ここもインドに来たーーと実感できる
シンボル的な場所でした。
翌日の朝07:00am過ぎの列車に乗り、
あっけなくアーグラ観光終了…
ま、タージ・マハル見れたからいっか

次は北のリシュケシュへ

数日滞在したバラナシを出発する当日、
もうひとつ行きたかった場所・
「Mother Baby School(MBS)」に
縁あって行けることになりました。
ここは、私が世界一周したいという
きっかけをつくってくれた
高橋歩さんが開校した小学校。
https://otr.or.jp/project/india.php
世界を旅し、常にLOVE&PEACEを
発信し続けている歩さんが見てきた現実。
世界各国で経済的や社会的な理由で
学校に通えない子供たちを目の当たりにし、
NPO法人を立ち上げフリースクールを作り、
子供たちに学ぶ機会を提供しています。
また、旅人たちにその小学校に来てもらい、
ボランティア活動を通じて日本では
知ることのできないリアルな世界を
提供するというコンセプトで設立されました。
「世界の子供たちに学び場を。
旅人に世界の遊び場を。」
その第1弾スクールが、インドのバラナシに
2008年6月に開校しました。
実際にあるのはラスタプールという
バラナシの中でも貧困層が高い村で、
現在私立化認定に向けて現地スタッフが
活動的に頑張っています。
実はMBSボランティアに行く前日、
コルカタのマザーハウスで一緒に
ボランティアをした親子に偶然再会しました。
その親子はバラナシで親切なインド人に出会い、
しかもそのインド人はMBSの関係者とのこと。
私たちも1日ボランティアを希望し、
翌日参加することに。
彼が翌日の集合場所を説明してくれ、
学校に連れてってあげると言ってくれました。
ですが、その日の夕方に
私たちが滞在していたゲストハウスに
MBSの日本人現地スタッフが訪れてきて、
そのインド人はMBSの関係者ではないことが判明・・・
その親子に私たちの滞在先を教えていたので
そのことを聞いた現地スタッフの方が
事情を説明しにわざわざ来てくださったのです。
とても親切そうなインド人だったのに
また騙されたのかと思いましたが、
幸いにも現地スタッフから出向いてくださったので
予定通りボランティア参加できることに。
それよりも、一緒に行動していた
その親子は大丈夫だったのか、心配になりました。
(連絡先が分からないので確認が取れませんが・・・)
そんなプチトラブルがあった翌日の
7/31(水)07:00am、日本人現地スタッフが
滞在中のシヴァG.H.集合。
日本人ボランティアが私たち含め8名集まりました。
トゥクトゥクを相乗りし、1時間ほどかけて
ガンガーの対岸にある学校へ。
相変わらずの悪路で、
ジェットコースターのような乗り心地です。
学校に着いたらすでに何人かの子供たちが
登校していて、何度か参加しているボランティアの
方たちは早速子供たちと遊び始めます。
授業の前に初参加の人たちのみ集まり、
オリエンテーション。
簡単な学校の説明や活動内容、
注意事項などを聞いてからボランティア開始。
MBSは小学校学級と幼児学級に分かれていて、
国語(ヒンドゥー語)・英語・算数の
3つの授業が各50分ずつあります。
英語授業の後に昼休憩をはさみ、
算数が終わったら幼児学級は終わりで
小学校学級のみ課外授業があります。
ボランティアの活動内容は、
幼児学級の授業サポートがメイン。
午後の課外授業タイムでは、
何か子供たちに日本の文化を紹介したり
遊びたいことがあれば、有志で紹介する
時間が設けられています。
私たちが参加した当日は
雨季により悪路で学校まで通えない子や
病気などで欠席している生徒が多く、
全学年合わせて20名弱のみ登校していました。
特に幼児クラスは、
ボランティアの人数の方が多かったんじゃ
ないかってくらい。
子供の学力も個人差があり、
すらすら問題を解いていく子もいれば
文字の書き取りから始めている子まで。
基本的には出来る子に合わせて
先生も授業を展開するようで、
さらに開きがでてくるかと。
でも、子供たちはいつも笑顔で
勉強するのを楽しんでいました。
もちろんモチベーションの低い子も
いるけれど、そこは大人の導き方で変わります。
つまらなそうにしている子は
問題自体の意味が分からなかったり
少しずつでも出来る喜びが見いだせなかったり。
その子の能力に合わせて大人が寄り添い、
出来たら褒める
そうすることで、子供たちのやる気のスイッチが
入りモチベーションへと繋がります。
以前オーストラリアで経験した
日本語教師インターンに通じるものがあり、
国は違っても子供たちの学ぶ姿勢を
周りの大人たちが上手く導いてあげれば
子供たちも楽しく面白く成長していけるんだなと
改めて感じました。
コルカタのマザーハウスボランティアと違い、
基本子供たちと遊んであっという間に授業終了。
そして、午後の課外授業タイムでは
「少林寺拳法」を紹介することに。
相方君は大学時代に少林寺をやっており、
休憩時間にボランティアのみんなと話していた時、
幼少から少林寺を続けている20代の男の子と
課外授業で披露しようと意気投合していました。
演武と呼ばれる技を披露し、
その後に子供たちや現地の先生たちと
簡単な動きを一緒にやっていました。
私は動画&写真撮影担当。
貴重なこの機会の記録を残さないとっ
子供たちも楽しみながら、
いろんな技の威力にビックリしながら
楽しい時間を過ごしたようで満足です。
インド人はなかなか好きになれないけど、
子供たちの笑顔はキラキラ輝いてて
みんな本当に可愛かった~~
ボランティアも無事終えて、
当日の11:00pmムガルサライ発の電車に乗り、
いよいよアーグラへ向かいます。
そうそう、バラナシでは
「フリーターリー」が食べられる場所があります!
その名の通り、無料でターリーが食べ放題
まさに旅人には神的なお店
ボランティア活動した子たちと
当日の夕食に行ってきました。
お店の名前は分かりませんでしたが、
ベンガリー・トラ通りから
ダシャーシュワメード・ロードに合流した
道の左右に1軒ずつあります。
「Free meals for tourist」と
看板がありました。
夕方になるとたくさんの人が集まっているので
すぐに分かるかと思います。
美味しくてたくさん食べて、お腹いっぱい
もうひとつ行きたかった場所・
「Mother Baby School(MBS)」に
縁あって行けることになりました。
ここは、私が世界一周したいという
きっかけをつくってくれた
高橋歩さんが開校した小学校。
https://otr.or.jp/project/india.php
世界を旅し、常にLOVE&PEACEを
発信し続けている歩さんが見てきた現実。
世界各国で経済的や社会的な理由で
学校に通えない子供たちを目の当たりにし、
NPO法人を立ち上げフリースクールを作り、
子供たちに学ぶ機会を提供しています。
また、旅人たちにその小学校に来てもらい、
ボランティア活動を通じて日本では
知ることのできないリアルな世界を
提供するというコンセプトで設立されました。
「世界の子供たちに学び場を。
旅人に世界の遊び場を。」
その第1弾スクールが、インドのバラナシに
2008年6月に開校しました。
実際にあるのはラスタプールという
バラナシの中でも貧困層が高い村で、
現在私立化認定に向けて現地スタッフが
活動的に頑張っています。
実はMBSボランティアに行く前日、
コルカタのマザーハウスで一緒に
ボランティアをした親子に偶然再会しました。
その親子はバラナシで親切なインド人に出会い、
しかもそのインド人はMBSの関係者とのこと。
私たちも1日ボランティアを希望し、
翌日参加することに。
彼が翌日の集合場所を説明してくれ、
学校に連れてってあげると言ってくれました。
ですが、その日の夕方に
私たちが滞在していたゲストハウスに
MBSの日本人現地スタッフが訪れてきて、
そのインド人はMBSの関係者ではないことが判明・・・

その親子に私たちの滞在先を教えていたので
そのことを聞いた現地スタッフの方が
事情を説明しにわざわざ来てくださったのです。
とても親切そうなインド人だったのに
また騙されたのかと思いましたが、
幸いにも現地スタッフから出向いてくださったので
予定通りボランティア参加できることに。
それよりも、一緒に行動していた
その親子は大丈夫だったのか、心配になりました。
(連絡先が分からないので確認が取れませんが・・・)
そんなプチトラブルがあった翌日の
7/31(水)07:00am、日本人現地スタッフが
滞在中のシヴァG.H.集合。
日本人ボランティアが私たち含め8名集まりました。
トゥクトゥクを相乗りし、1時間ほどかけて
ガンガーの対岸にある学校へ。
相変わらずの悪路で、
ジェットコースターのような乗り心地です。
学校に着いたらすでに何人かの子供たちが
登校していて、何度か参加しているボランティアの
方たちは早速子供たちと遊び始めます。
授業の前に初参加の人たちのみ集まり、
オリエンテーション。
簡単な学校の説明や活動内容、
注意事項などを聞いてからボランティア開始。
MBSは小学校学級と幼児学級に分かれていて、
国語(ヒンドゥー語)・英語・算数の
3つの授業が各50分ずつあります。
英語授業の後に昼休憩をはさみ、
算数が終わったら幼児学級は終わりで
小学校学級のみ課外授業があります。
ボランティアの活動内容は、
幼児学級の授業サポートがメイン。
午後の課外授業タイムでは、
何か子供たちに日本の文化を紹介したり
遊びたいことがあれば、有志で紹介する
時間が設けられています。
私たちが参加した当日は
雨季により悪路で学校まで通えない子や
病気などで欠席している生徒が多く、
全学年合わせて20名弱のみ登校していました。
特に幼児クラスは、
ボランティアの人数の方が多かったんじゃ
ないかってくらい。
子供の学力も個人差があり、
すらすら問題を解いていく子もいれば
文字の書き取りから始めている子まで。
基本的には出来る子に合わせて
先生も授業を展開するようで、
さらに開きがでてくるかと。
でも、子供たちはいつも笑顔で
勉強するのを楽しんでいました。
もちろんモチベーションの低い子も
いるけれど、そこは大人の導き方で変わります。
つまらなそうにしている子は
問題自体の意味が分からなかったり
少しずつでも出来る喜びが見いだせなかったり。
その子の能力に合わせて大人が寄り添い、
出来たら褒める

そうすることで、子供たちのやる気のスイッチが
入りモチベーションへと繋がります。
以前オーストラリアで経験した
日本語教師インターンに通じるものがあり、
国は違っても子供たちの学ぶ姿勢を
周りの大人たちが上手く導いてあげれば
子供たちも楽しく面白く成長していけるんだなと
改めて感じました。
コルカタのマザーハウスボランティアと違い、
基本子供たちと遊んであっという間に授業終了。
そして、午後の課外授業タイムでは
「少林寺拳法」を紹介することに。
相方君は大学時代に少林寺をやっており、
休憩時間にボランティアのみんなと話していた時、
幼少から少林寺を続けている20代の男の子と
課外授業で披露しようと意気投合していました。
演武と呼ばれる技を披露し、
その後に子供たちや現地の先生たちと
簡単な動きを一緒にやっていました。
私は動画&写真撮影担当。
貴重なこの機会の記録を残さないとっ

子供たちも楽しみながら、
いろんな技の威力にビックリしながら
楽しい時間を過ごしたようで満足です。
インド人はなかなか好きになれないけど、
子供たちの笑顔はキラキラ輝いてて
みんな本当に可愛かった~~

ボランティアも無事終えて、
当日の11:00pmムガルサライ発の電車に乗り、
いよいよアーグラへ向かいます。
そうそう、バラナシでは
「フリーターリー」が食べられる場所があります!
その名の通り、無料でターリーが食べ放題

まさに旅人には神的なお店

ボランティア活動した子たちと
当日の夕食に行ってきました。
お店の名前は分かりませんでしたが、
ベンガリー・トラ通りから
ダシャーシュワメード・ロードに合流した
道の左右に1軒ずつあります。
「Free meals for tourist」と
看板がありました。
夕方になるとたくさんの人が集まっているので
すぐに分かるかと思います。
美味しくてたくさん食べて、お腹いっぱい

































































