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年末的刹那

年末は、大学の友人、高校の友人と会う。

やはり、同世代でがんばっている人たちと会うと刺激をうける。

みんな、いろんなところで活躍している。

どんな分野だろうと、戦っている人たちの言葉は重く、

こちらの体に響いてくる。


まだまだ私の言葉は軽い。

もっともっと旨い酒を飲むために、

がんばろうと思った。


さて、日ごろ、このブログを読んでくださっている皆さんにもご挨拶をば。


このブログを通して、今年はとても多くの方々との出会いがありました。

それは、訪問者数という数字から顔の見える出会いまでさまざまです。

しかし、そのすべての出会いがとっても貴重なものでした。

実際、おおきな勇気をもらっていました。


暖かいご支援に甘えず、精進していきたいと思っています。


来年もどうぞよろしくお願いいたします。


皆様、良いお年をお迎えください。

ハッピー・ホリデイズ

お店に入ると、いつも、クリスマスソングが大幅にアレンジした音楽が流れてくる。
なんだか、気分がわるい。

気分がわるい、といえば、今日聞いた、某知り合いの話。

東京の某駅前で、右ウィング系の演説(おしよせるクラゲは隣国の陰謀だ、みたいな話)をせせら笑ったら、公安らしきバッチをつけたひとと目があったという(その人は、笑みを浮かべていたらしい)。敵なのか、見方なのか。

これも、気分がわるい。

そこで、ふと見回すと、流れる人々のなかで、様子を眺めている人がた点々といることに気づいたという。
彼らは何を見ているのか。

さらに、気分がわるい。

とにかく、いまはハッピーホリデイズ。
映画のひとつでもみて、落ち着こうぢゃないか。

目ぇひんむいて、みれ。

どか雪とともに買った本

どか雪なんて表現は、あまり雪の降らない地域の言葉なのか。
昨日の雪の積もり具合は、札幌の冬初体験の私には戯画的であった。
積もったなぁと思うまえに、「どうして?」という疑問符がきてしまうのだ。
おいおい慣れていくだろう。

昨日は、夕方、久しぶりに本屋をぶらぶらして、本を買う。

特に、ずっと値段で躊躇していた「認識論を社会化する」(伊勢田哲治著)が買えたのは、限界をひとつ突破したようなうれしさがあった。これからは、これをどう読むかというハードルが待ち構えている(大げさすぎるか)。

この少しカタめのこの本(素が博士論文だからしょうがない)といっしょに買って、これはなかなかいい「セット」になるのではないかと内心ほくそえんでいるのが、「経済学という教養」(稲葉振一郎著)だ。帯のコピーが、

素人の、素人による、素人のための、経済学入門
「人文系ヘタレ中流インテリ」に捧ぐ

といったように、親しみやすさ満点なのだが、最初と最後をパラパラ読む限りでは、著者の問題意識は、知識をどう組織していくのか、という社会認識論の問題と通じていなくもないと思った。

今日は、活字と戯れる。

フィンランドと未来

PISAという教育の国際比較テストの結果で世界一になってからというもの、フィンランドの教育は、世界中から注目をあびているらしい。最近、出版された本だけでもこれだけある。(リンクをサボってすみません)


フィンランド・メソッド

フィンランドに学ぶ教育と学力

なぜフィンランドの子どもたちは「学力」が高いか

競争しなくても世界一 フィンランドの教育


しかし、今日はこの本の紹介というよりも、下村健一さんの「目のツケドコロ」 的なフィンランド情報。


それは、フィンランド未来学センター


世界にひとつの未来学センターらしい。

未来学と聞くと、眉につばをつけたくなってしまうが、ここのプロジェクトやカンファレンスの概要をみただけでは、しっかりと現在的問題と向き合っているように思えた。現実感のない未来を夢想しているわけではないのだ。未来に視点をおいて考えてみることで、現在の問題が浮き上がってくる、という方向性である。


折りよく、内田先生の「未来の未知性 」というエントリーもあった。


未来がますます気になる。

地に足のついたデザイン

同僚のOさんのお知り合いで、Harada★Design のハラダさんに会った。ちなみに彼は北大出身だ。
お昼の短い間だけだったけれど、とても地に足のついたモノづくりをする方だと思った。

ハラダさんの哲学や思いが詰まったインタビュー記事はこちら
生活普段議
のバックナンバーの第19号と第20号。

建築家やデザイナーの文章はよく言葉に引きずられている感じがすることがあるが(それが時代を作り出すこともあるのでまったく否定しているわけではない)、ハラダさんは、建築やデザインをめぐる表層的な言説にとらわれることなく、社会的な側面を冷静に見つめながら、「面白い」とか「すごい」とかいう感動をこめながら、モノ作りをしているのだなぁと感じた。理系も文系もなく、難しい言葉が、しっかり紡がれつつ、繰り出される。物性の話など、正直、なんのことかわからない言葉もたくさんあったが、彼のモノづくりの視点に「ブレ」がないから(それこそ、プロとしての試行錯誤はたくさんしているのだろうけれど)、実物も見たことがない彼のつくるモノにある種の「信頼感」が生まれてくる。

今度お会いするときは、もっと事前に勉強して、突っ込んだお話を聞いてみたい。
そう思っていて、思い出したが、「左官礼賛」(小林澄夫著)の話をすればよかったなぁ。
また、ぜひお話させていただきたいと思った。

余談だが、アクリル板のついたパイプイスは、手に入りそうな値段だし、正直欲しいと思った。

さらに余談だが、私も、シェーク・ハンズを生活のなかによみがえらせようと思った。暖かい握手は、言葉とか会釈とは違う記憶を人々に残してくれる。

クローン研究の最前線を走る韓国の教授が謝罪

S Korea cloning pioneer disgraced
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/4465552.stm

もう時間の問題かと思っていたが・・・。

Snuppy(クローン犬)の生みの親である韓国のHwang Woo-suk教授が、今月設立されたばかりのthe World Stem Cell Hubの長を辞任した。起因となったのは、研究の倫理的な問題だ。パワー・ポリティクスが働きやすい、自分のところの女性研究者の卵子の提供を受けていたことが問題となった。Hwang教授が、Nature誌のインタビューには嘘の供述をしていたことも、非難の対象となった(提供者のプライバシーを守るただっためらしい)。

卵子提供の問題に関しては、日本では、早くから粥川さんが指摘していたが、Hwang教授にしてみれば、最悪のタイミングで問題になったと思っているかもしれない。ここまで発覚を伸ばし伸ばしにしてきたツケだとも言える。

そんなところで思い出すのが、生殖医療研究の倫理面での規制を行っている、イギリスのHFEA の先進的な試みだ。こうした、「慎重に、オープンに、いたれりつくせり」というポリシーが、新しい「統治の技術」だといえなくもないのだが、ここまでやるのは、なかなかできることではないと思う。クリニックなどの情報提供から、研究のライセンス発行のプロセス、年次レポート、パブリック・イベント、最新ニュース、などなど、まさにいたれりつくせりだ。

今回の韓国の教授の場合、技術の切実に欲する人たちの存在、国際競争、チーム研究、名声、内部のポリティクス・・・などなど、さまざまな要素が絡んだ結果なのだと思うが、最先端の研究をするからといって、倫理やその他の事柄をおろそかにしても良いというわけではない。

大学ポッドキャスティング

最近は、中途半端な英語圏情報しかエントリーできなくなっている気もするが。。。なにもアップしないよりはましだ、ということで、大学ポッドキャスティングについて紹介。

まずは友人のSが教えてくれたWarwick大学のpodcasting。超有名(らしい)数学者のイアン・スチュアートのインタビューと、インテリジェント・デザインをめぐるSteve FullerとJack Cohenの対談がきける。さすがに、新しい物好きの大学だけあって、イギリスの大学のなかでは、こういう取り組みは早いほうなのではないだろうか。Warwickblogs なんてこともやっていたし。

ちょっと探してでてきた中では、University Channel がすごいと思った。
アメリカの情報ばかりだけど、かなりの面子の公演を聴くことができる。ライス女史とかアナン総長とか、こういう人たちの演説は、プロのスクリプト・ライターが書いているから、英語の勉強にもなる。周辺知識を勉強して望めば、それでひとつのゼミみたいな感じになるんじゃないだろうか。こうなってくると、ポッドキャスティングをつかった英語の授業とかできるかもしれない。ELP(国際基督教大学の四月生のほぼ全員が受けされられる拷問のような英語教育)よりも断然面白いと思う。

OSU Conversation なんかは、派手さはないけれど大学情報の公開という意味では堅実な仕事のようだ。

新しいものにすぐ飛びつけばいいというわけではないけれど、大学の広報とか、講演とか授業を公開していくのなら、とても使い勝手がいいメディアだろう。

プチ・クリエーターとは?

成城トランスカレッジ さんのところで岡田斗司夫さんのブログが紹介されてた。

「プチクリ」。

いろいろ考えさせられるアイデアだ。

プチエキ(プチ・エキスパート)、プチジャー(プチジャーナリスト)、プチテレ(プチ・インテレクチャル)、プチコミュ(プチ・コミュ二ケーター)、プチライ(プチ・ライター)、プチグラファー(プチ・フォトグラファー)、プチシン(プチ・シンガー)・・・・。

語呂が悪いのもたくさんあるが、プチクリの考え方は、なんだって当てはまる気がする。おそらく、本当のプロたちは、こういう考え方を嫌う。だって、プチクリが増えたら本当のプロたちの地位が相対的に低くなるから。でも、プチクリが増えたほうが、世の中明るくなる気がする。

と思うものの、「プチクリ」の主張がイマイチはっきりわからないのも確か。
発売されたら読んでみよっと。

「脳」整理法

「脳」整理法

脳科学の込み入った話かと思いきや、とてもわかりやすい「茂木流科学論」です、これ。主題の「偶有性(contingency)」は、むしろ文学的。裏表紙の写真につられて買ってしまった(これも、ある意味文学的)。

マインド・マップ

フィンランド・メソッドという本によると、フィンランドの子供たちはアヤトゥス・カルタを多く使うらしい。アヤトゥス・カルタは、英語ではマインド・マップといわれる。マインド・マップとは、あるテーマをもとに、発想を広げ、樹形図的にどんどん思いついたことを足していくものだ(という拙い説明でごめんなさい)。

マインド・マップは、トニー・ブザンという人がいいはじめたらしく、日本ではビジネス界隈で広まりつつあるらしい。この手のものは、あやしさが漂っているので、避けてしまいがちだが、お手軽なフリーソフトがあるので、ためしにダウンロードしてみた。

Free Mind
http://freemind.sourceforge.net/wiki/index.php/Main_Page
(日本語化もできるようです。あとJavaが必要です)

なかなかどうして、これは使えるかも。
ある程度使い方がなれてくれば、授業や、ミーティング、読書録、論文の構成、アイデア出し、人生設計などなど、収集がつかなくなりがちなものに使えるかもしれない。

こういうツールのだいたいの「オチ」は、文字を入力したことで安心して、問題に対処することなく、忘れていくことだが・・・。よし、プリント・アウトして張っておこう!(何をマインド・マップしたのかは、秘密です)