バスとタクシーを乗り継ぎ二時間半かけてたどり着いた病院は、
市街地からかなり離れていたけれど夕暮れをバックに、高級ホテルのような勇壮で近代的な建物で、わたしとチイ坊は
「え?ここ?」
と、一瞬気後れした。周りに民家もなんにも無いのに、ここだけ発展してる。海外にある郊外の研究所みたい。
病院の中に、『ドトールコーヒー』や『ローソン』、和食レストランまで備えてる。
とにかく受付で面会表を記入して、車酔いをしてフラフラしてるチイ坊を励ましながら入院棟へ向かうと、
廊下の向こうにダンナさんが迎えに出てきてくれてた。
個室に案内され、入口のカーテンを開けると、ベッドに半身を起こしたタイ坊が、一心不乱に3DSやっていた。
頭に包帯は巻いてない。半袖から出た腕にも擦過傷はない。着用しているのも朝着ていたTシャツと裾を捲ったパンツ。
点滴と鼻から呼吸器の管はつながっているけど、別れた時と外見的にはまったく変わらない姿だった。
「タイ坊、ママとチイ坊来たよ」
ダンナさんが声をかけたけど、タイ坊はゲーム画面から目を離さずに
「……うん」と、生返事を返すのみ。
それでも、
半身起こして変わらずゲームを出来るその状態でいてくれた事が、何よりも嬉しかった。
近寄って、長く伸びた前髪をそっとめくると、若干腫れた額が見えた。青くも赤くもなってない。傷もない。車にあんな痕が残るまでぶつかったというのに……。
「……無事で良かった。…………神様が護ってくれたんだね………」
ふと、もらした言葉と一緒に、パタパタ涙が落ちた。
「うん……」
タイ坊が顔を上げてわたしとチイ坊を数秒間見つめて、また俯いた。
「タイ坊、バァバがドーナツくれたよ。一緒に食べよう」
チイ坊が元気づけるように、持っていたドーナツの箱を差し出す。
「タイ坊は、明日の昼まで絶食。飲み食い出来ないんだ。検査結果は異常なかったけど、頭打ってるから念のために1日だけ入院」
「……そうなんだ」
おずおず箱を引っ込めるチイ坊。お腹が空いてるけど、絶食のタイ坊の前ではドーナツを出してかぶりつくのは気がひけるよね(‥;)。
「ママとチイ坊座ったら。くたびれてるでしょ」
ダンナさんが部屋にある小さなソファーをすすめてくれた。
座ってひと息ついた時に、タイ坊が背負っていたはずのリュックサックが目に入った。中には、タイ坊が羽織っていた上着と、カードゲームの箱。
タイ坊のレインコート。そして……わたしとチイ坊のレインコートと、ダンナさんの折りたたみ傘まで入っていた。
「……タイ坊、レインコート取りに戻った時に、自分の分だけじゃなくて皆の分も用意してくれたんだね…」
タイ坊が画面に視線を落としたまま、小さく頷いた。
どれほどの不安と心細さを味わったのだろう。のし掛かる非日常的ストレスや恐怖を直視しないように、
振り払うように、
あえて日常的なゲームに意識を向けている様子だった。
「タイ坊、皆の分まで雨の心配してくれて、ありがとうね。今日はずっとママ、一緒にいるからね(*^。^*)」
強張ったままの表情はやっぱりそのままだったけど、タイ坊は頷き返してくれたのだった。
つづく(。・・。)