アメブロを始めて半年余り

私のたどたどしい
お話し作りの道のりに
お付き合いいただき
ありがとうございました!

日々の生活では
決して出逢う事のできなかった人々と「つながる」という体験が
私にくれた
感動や喜びや共感や悲しみや…
そのひとつひとつを思い返す年の瀬です

何より
貴重な時間を使い
ブログに訪れてくださる方々がいる事が
私のお話し作りの喜びになりました
「細く長くだね!」
最初にメッセージをくださったIさんがおっしゃった様に

来年もこの居場所を大切にして
気負う事無く続けていこうと思います

喜一55と関わった方々
関わらなかった方々(笑)

皆様に良いお年が訪れますように!

ありがとうございました!
過去の映像が粒子に色を付け
浮かび上がっているのでしょうか

それとも
手応えのある肉体を持たぬ
私の知らない生き物なのでしょうか


いずれにしても
彼女たちは
私の生き死にには全く興味が無く

自分たちのひとときを
楽しんでいるようでした

ホールの真ん中あたりまで引きずられた私は

足を縛ろうとする手に抗い
しばらく無言の格闘を続けましたが

やがて力尽きました

マスターは私の足首を
何かでぐるぐると縛ると

ダンボールでも扱う様に
私の胸に膝をたてて
両腕を頭の上で縛りはじめました

重い嫌な感覚にぎゅっと目を閉じ
もう一度抵抗を試みましたが
さっき打った右腕は
動かそうとするたびに
酷い痛みを伴い

私はマスターに完全に屈しました


奇妙に揺れる声が顔の近くで聞こえました

「右手は折れてしまったみたいだね

それに
血で髪がこんなに濡れてる…

帰るチャンスはあげたのに

何故最後にあんな事言う?」


「あのお鍋…

そうだ
私は帰るつもりだった

この店を出て
バス停までまっしぐらに行きたかった!

私の意志じゃない

私をここに留まらせたのは…」

本当にそう感じ始めていました

私はただ

小径に撒かれた目印をたどって
ここに導かれ

今こうして捕らえられていると


「ねえマスター

あなたは後悔して

誰かに止めてほしいと思っているの?

だからあの鍋を人目につく
あんな場所に…」


ピシャリと右頬を打たれました

「後悔?

ムカつくんだよ

お前らみたいのが一番

自分じゃ何ひとつ動こうとしないくせしやがって

人がどうにかしてくれるのを
物欲しそうに待ってるだけのくせしやがって


自分は特別だと思ってるだろ

自分なら
心の内側を見せると自惚れてるだろ


お前に俺がわかるのか?

まともに生きてないやつに?

いつまでヒロインやってんだよ
お前らみたいのが
次から次へ
店に寄ってくるのが
耐えられないんだよ

次から次へ寄ってきては
溜息みたいな話しを
繰り返し繰り返し繰り返し…

こっちが断ち切らなきゃ

十年経とうが二十年経とうが
覚ることを知らず

俺は逃げ場所もなく
溜息話を聞かされ続ける


ゾッとするよ


この店は
お前らの駆け込み寺じゃあないんだ


そのくせ

絶えず信号を出し続けてる


死にたい

死にたい

私を
殺して…

だから
救いをやったんだ

先の見通しのない人生に
けりをつけてやったんだ」


怒りの口調は別人の様でした


静かな外見の内側に溜め込まれた怒りが膨らみすぎて
この人は壊れてしまった


そして

救われた
入澤さんは
金魚の死骸みたくなった…



後ろで
また笑い声がしました


「あの人たちの事は気にしなくていい

来たいときに来て

飽きたらいなくなるから」

スッと
冷静さを取り戻したマスターの声が言いました


困った事に

私の恐怖心はすっかり去り

けだるい眠気が

私をいざない始めていました


私は目を開けているのが億劫になって

目をつぶって呟きました


「嫌われていたんだ

ちっとも気付かなかった



今夜、ペチカに行って

ここでマスターと話して

自分の生き方を変えられるんじゃないかと思っていた」


クスリと笑い
マスターは言いました


「可哀想だけど

あなたの人生に明るいものは見えないね


みんなそうだった

何かのきっかけで

ここに独りでやって来て

『今夜から変わる』なんていうけど

そうなった子なんていなかった
そのうち

愚痴と涙をぶら下げて

カウンターに座るのが習慣になるだけなんだよ」


ハッとして目をあけました

「サルスベリの下のふたりだけじゃないのね?
他にも

ここに来ていなくなった人が
何処かに?」


マスターは

またあの遠い目をして

何かを思い出す顔をしました


「あー
もう顔も忘れてしまった

ペチカの跡地や
あなたの好きな木莓の下や…」

ふたりの女性客は

話し疲れたのか


もうあの席から
いなくなっていました

(続く)

バックに流れるデュークエリントンが
急にボリュームをあげたように感じました

マスターはドアに背をつける形で三メートルの距離

私たちはしばらく無言で見つめ合いました

薄暗い店内に
整った色白の輪郭が
ぼぅっと浮き上がって

暗い瞳が照明の反射で
きらきらと光って見えました

その顔から感情を読み取る事はできませんでしたが
胸が呼吸に合わせ
大きくゆっくり上下しているのが
白いシャツ越しにもわかりました

一瞬にして
酔いも
浮かれた気持ちもふきとんで
私の思考は冴えわたりました

あの群青色の鍋が
私に伝える真実は
読み違える事が難しいほど
明らかに思えました

自分の記憶をたよりに
百日紅の下
あの鍋を探していたアサさんは間違ってはいなかったのです

客足の減る日曜日の夜
かめやは平日より早く店じまいするでしょう

入澤さんは閉店までここで過ごすのを習慣にしていたのでは?
今夜の私のように
ふだん誰にも話さない事を
マスターには話していたのかもしれない

様々な人が私に渡していったカードが
今私の前でひとつの絵になろうとしていました

さあ
どうする?

マスターは私とこの鍋が
繋がっている事を知らない

あと30分のうちに
うまくこの店を出られさえしたら
勝三さんの待つ
最終バスに滑り込める

後ろの女性客に紛れて
酔って浮かれた振りをして
何食わぬ顔でここから抜け出せば…

それからの事は後で考えればいい

そうしよう!

マスターはドアから離れると
カウンターの外側
椅子の背を左手で数えるようなしぐさでこちらに近づいてくると

椅子ひとつはさんだ私の左横にするりと座りました

私の左半身は電気が流れたように硬直しました

「少し
こうして話してもいいですか」「ええもちろん」

私の声がマスターの声にかぶるように即答しました

(ダメダメもっと自然に…)

「今夜あなたがここに来てくれて…」

私達の緊迫した空気をよそに
後ろの席の女性客の談笑がどっと聞こえてきました

そちらへちらりと目を走らせてから

マスターがまた口を開きました
「今夜で
この店は閉店するんです

この一角も
みんな取り壊して
新しいビルになるんですよ」

意外にも
声のトーンがいつもより柔らかいように思えました

「この店以外はもうみんな
立ち退いて閉店していてね」

長い指がピアノを弾くように
カウンターのテーブルを
タンタタンと鳴らしました

「今夜あなたが行ったペチカもね
長いこと向かいの空き地
あそこにあった店だったんですよ
オーナーの決断は良い方に転んだようだね」

「へぇそうだったんですかぁ
じゃあ
かめやも新しいビルに?」

ありえない…
わかっていながら
素っ頓狂な軽々しい言葉が自分の喉から出ました

マスターは薄く微笑み
それから下をむいてかぶりを振りました

「かめやはかめや
他に移ることはできないよ
だから…」

私の隣の椅子の背を
中指で撫でながら

「あなたが
かめやの最期のお客様って訳です」


突然
この店での思い出が
壺をひっくりかえしたように
溢れ出しました

かめやが…
私の拠り所が
この世から消滅する

その喪失感は
私を打ちのめしました

自分ではどうしようもない涙が溢れ出そうになるのを
必死でせき止めました

さっき湧き起こった警戒心と

長い間寄せてきた愛着

ふたつの狭間で
私の心はぐちゃぐちゃでした


サラボーンの
「マイフェバリットシングス」が
トンネルの中のささやき声のように
~それが私のすきなもの~
と歌っていました

カウンターに両肘をのせ
マスターはただ静かに
最期の時を味わっているように見えました

しばらく
二人してサラの歌声に耳を傾けました

曲が終り
マスターは私をちらりと見ると
「もう帰りなさい
気をつけて…」
といつもの控え目な声で言いました


(そうそう
このまま店を出ていけばいい)一旦
コートとバックに手を伸ばし

また置きました

くるりと椅子を回して
マスターの方を向き

ゆっくりとはっきりと言いました

「おなべ、サルスベリ?」

マスターは言葉の意味を探すように
目を泳がせて
「オナベサルスベリ
オナベサルスベリ」と
二度呟きました


次の瞬間

急に
ククっと首をまわすと
見たことのない表情を私に向けました

笑うというより
引きつったように方頬が上がり目には意地悪で冷ややかな光を宿し…


一瞬の変化に
私は背骨まで凍る恐怖を感じました

マスターは
私の全身にゆっくりと視線を這わせると

カウンターの奥の棚に目を移し独り言のように呟きました

「あのブルーの鍋を見つけた時は
嬉しかったなぁ」

「あのこの魂を手に入れた喜びだった…」


『ビンゴ!』

反射的に
カウンターにつかまり
立ち上がろうとした私より

背後にまわるマスターが一瞬早く

私は椅子ごと後ろ向きに投げ倒されました

ガラガラン
ものすごい音が響き
木片が飛び散りました

私はしたたか頭と右半身を打ち息が詰まり動けなくなりました
マスターの黒い靴が顔のすぐ左脇に見え

私は蹴られないように頭を縮め
痛くない左側の手足で這うように
奥の女性客目指して逃げました
二人が座る足元で
精一杯顔をあげてかすれた声で
「助けて!助けてください!」
と呼びかけました

ふたりは聞こえないように楽しげな会話を続けているので

やむを得ず私は手前の短髪の女性の脚にすがりつきました

確かに
すがり
ついたはず…

の私の腕は細い椅子の脚にくるりと巻きついてとまりました

驚愕したまま
わたしは足首を掴まれずるずるとひきずり戻されました

(続く)