僕は、気がついた
夏樹の隣のブランコに
マリンカラーの手提げが置いてある事に

僕は言った
「運動会、ちゃんと用意してきたんじゃん」


夏樹は
ああこれ、って感じで
手提げを膝にのせると、中に手を入れ 体操着を引っ張り出した。


それは、袖の一部をぬかして
ほぼチャコールグレーに変身していた


「墨汁だと思う」
夏樹が言った


「洗っても落ちなかった?」


「墨汁は落ちない
うち、何度も洗ってみたんだよ」
夏樹は、人差し指と中指で
体操着を撫でた


僕は白い体操着に、わざわざ墨汁をかけるやつらの気持ちが
さっぱりわからなかった

僕は白い物は白いまま
フワフワな物はフワフワなままが好きな人間だ


「おじさんに言った?」


「パパには心配かけらんない」

「マツジュンに言えよ」


「例え、担任が三浦先生だったとしてもうちは言わない」
三浦先生は、去年転出した、夏樹の大好きだった先生だ


夏樹の気持ちはわかった
ムカつくけど、こういう事、
大人に言って
何かが良くなるとは思えなかった


「わかった!」

僕は自分の手提げから、母さんが勝っておいてくれた新品の体操着を出すと、夏樹に差し出した

「ダメだよ!うちに貸したから運動会に出ないとかって考えてんでしょ?」
夏樹はちょっと涙ぐんで言った

ホントはそれも少し考えたけど
「違う!
家にもう一枚あるから、ホントはそっちで走りたいんだ
体操着だけピカピカは、ちょっと気が引ける」
と僕は答えた
こっちも本音だった


その時八時のチャイムが鳴った
(続く)
「かんちゃん、早く行きな」
ブランコに座った夏樹はあの頃みたいに微笑んだ
「…」
僕は、うまく言葉が伝えられない園児みたいに地団駄をふんだ


あの日、朝の大騒ぎが収まり
毎度変わらぬ一時間目が始まり
2、3、4と時間が流れ
給食の時間がやってきて

僕は、ココアの揚げパンが超楽しみで…

みんな机を合体させたり、給食を取りに行ったりと
動きまわる流れの真ん中あたりに
立ち上がったままの姿勢で
何かを見つめている夏樹がいた
徐々にみんなが気づき出した。
「うゎグロっ!」
「ひっで~!」

夏樹の広げた白い給食着に
黒々した死骸があった。
挟んでから念入りに上から踏んだみたいに、ゴキは砕けて
白い布にへばりついていた

「ゲ~、俺もう給食食えね~」
「そいじゃ揚げパン俺にくれ」
「あ,やっぱ食える」

あほうな男子にひきかえ

女子の静けさが不気味だった

気づかないふりをして給食のしたくしてるやつ

席でじっと様子見てるやつ

濃厚~怪しい沙耶達は、
また5人で集まって、
ドラマの話で盛り上がりながら、たまにちらっと夏樹をみていた

「不自然すぎるだろうよ
その態度」僕は呟いた

それから山田の袖を引っ張って夏樹のそばに行った

「お前が原因だ!お前が取れ!」僕は山田に言った

「足では踏めるけど、手ではツマメナイ~!」山田が言った

「じゃ、そのまま手洗い持ってって…」僕が言いかけた時

「さわんなよ!」
夏樹が僕を睨みつけた

「?」

「席に戻ってて」少し柔らかく夏樹が言い直した

「うち、別に気持ち悪くないから」
そしてポケットからティッシュを取り出すと黒い残骸をつまみ始めた
キャー
また女子から悲鳴が上がった

山田は「お前すげーな」とか言いながら席に戻って行った

給食着を拭きながら夏樹は低い声で、
「かんちゃん、構わないでくれるかな‥
一人の方が身動きとれるから」
と言った

ティッシュを捨てると
教室を出て行った


その日、夏樹は給食までに
教室には戻らなかった


担任の松村順子(マツジュン)が、五時間目になって
「夏樹ちゃんどこ行ったか知ってる~?」
ととぼけたこと聞いても、
誰ひとり事件を教える気はなかった。
マツジュンは、いろんな面で
みんなに信用されていなかったから。

「何か知らないけど、キレて帰っちゃったみたい」
黙ってられない沙耶が言った。
「あらそう?」
若くて綺麗なマツジュンが
のどかな声でそう言った。


(続く)
それは、朝のひと騒ぎから始まった。

教室の窓際に置かれたカナヘビの飼育箱の影に、でっかい黒々したゴキブリがひそんでいたんだ

朝の餌やりでそいつに気がついた真生は
「ごっ ゴキブリ~!」と
再現ドラマみたいに叫んだ

グロいの大好きなシゲちゃんが色鉛筆を束に持って
一番乗りでやってきた
「お前は串刺しの刑なのだ~
グサッ」
っと刺さるほどトロくないゴキは、ぱっと飛んで床に着地した。
「キャー!」
女子どもが取って付けたみたいに金切り声をあげ

みっくんが
「ドアと窓をみんな閉めろ!」とリーダー的指示をした

ガラガラバタンと一斉に戸が閉められ、ゴキは逃げ場をなくした。

触覚を指揮者みたいに振りながら、上履きたちの合間を抜けて教室の隅のゴミ箱を目指したけど遠かった

山田が持ち主のない濡れ雑巾をぱっとかぶせ
上からドンとひとふみした
それから雑巾をつまんで持ち上げた

ゴキは黄色いしるを撒き散らせ雑巾にくっついていた。
「げげー」「おえ~」
「キモイ早く捨てろ!」

それで、ゴキ付き濡れ雑巾は
山田の手で、ゴミ箱に捨てられた。


はずだった。

(続く)