僕は自分の椅子をかかえて階段を急いで降りて行った

競技①の大玉送りは全員参加だから
移動のゴチャゴチャに紛れ込めたら
マツジュンは大して気にもとめないだろうと踏んでいた

「速攻いそぐんだ!」
窓の閉まった校舎内はムシムシしていて
椅子を持って階段を下るのは
結構大変だった

二階に着く頃に
僕は汗だくでハァハァいっていた

「もう一段」

気合いを入れたけど
何故か力が入らなかった

暑いはずなのに
体はカエルみたいにつめたく濡れて

空気はゼリーみたいに重たくって
深呼吸しても肺まで入って来なくなった

だんだん手がしびれてきて

仕方なく僕は持って来た椅子に座り込んだ

普通じゃなかった

「僕は死にかけているんだ」

そんな気がした

こんなところで椅子に座って

運動会が終わるまでは誰にも発見されず

唐揚げの弁当も食べられないまんま…

僕は
泣けてきた

椅子に座って校舎の一部になったみたいにじっと動けず
にじんだ廊下を見ていた

ふと足元に気配を感じた

目だけを動かして見ると

一年生くらいのぽっちゃりした女の子が
体育座りで僕を見上げていた


(続く)
僕が学校に着くと運動会はもう始まっていて

まだらにしか聞き取れないけど校長の挨拶の真っ最中だった

見物人の波をかき分けて

自転車整理の母たちの誰か
「こら!!幹太急ぎなさい」の声をスルーして

僕は人のいない校舎にむかった


静かな四階の教室に着くと

ゆっくり体操着に着替えた

窓越しのカナヘビの飼育箱の延長線で

校長挨拶は続いている

紅白帽子の連隊がグランドに並ばされ

その周りに家族が群れていた

レジャーシートが所狭しと敷き詰められ

ビデオのポジションどりをしてる父親たちも見えた


その中に沙耶の父さんも混じっていた


「バーン」

僕は指鉄砲で沙耶父を暗殺した


「バーン」


続けて校長も暗殺した


赤白連隊は、パニクって崩れ

家族達は、我先ににげようと
校門に押し寄せた

「な~んてね」



夏樹
ちゃんと
放送部に行っただろうか


放送部の中でも、夏樹は
アナウンスに選ばれたから、

赤白連隊には並ばない

白い本部テントに

きちんと夏樹の席があるんだ

夏樹
去年は三浦先生と弁当を食べた
今年はどうする?


夏樹を誘って、もしもうんと言ったら

僕とかあさんのお気に入り

体育館の裏の木陰の階段で

三人で弁当を食べよう


外で、トランペットの曲が流れ始めた

(幹太!時間切れだ)


僕の着替えは終わった

古い体操着は、柔軟剤の優しい香りがした

そして

とうとう僕の運動会は始まった!

(続く)
「夏樹、つらかったけど
今日1日だけ頑張ってみな、
明日にはもう誰も、夏樹にちょっかい出さなくなるから」

夏樹は難しい顔して、口をとがらせた

「やつらの誰ひとり
夏樹みたいにかっこ良く走れないし、あんなに上手にアナウンスもできないから
もう、いじめても無駄だって思うんだ」

「…」

「だから、真っ白ピンピンの体操着きて、胸張って行きな」


「かんちゃんは?」


「家から体操着取って来てから行く
夏樹は放送部だから、もう先に行ってな」


夏樹は、初めて顔をあげて、
太陽を眩しそうに見た

サラサラした髪の毛が、肩で揺れて
僕はひそかに一瞬見とれた

「うち、もっともっと前に
かんちゃんに言えば良かった
いつも自分でなんとかしなきゃって思いすぎてた」


僕に言っても、何かを変えられたとは思えないけど、ちょっと嬉しかった


「この運動会で、夏樹のクエストはクリアだね」


「うちのクエスト?」


「醜いアヒルの子も、宮里藍もクリアした」


夏樹はコップの氷が鳴るみたいに笑った
そして、白い体操着をキュッと抱きしめた



「かんちゃん、うち先に行くね
帰ったら、ムチャ振りブランコ、ふたりでしよう!」


僕は手を上げて夏樹に背中を向けた
それから団地に向かって走り出した
腕がちぎれるくらいに全速力で

古い体操着の僕を見たら母さんはがっかりするだろうか
と考えた

しないと僕は確信した

キラキラした夏樹を見たら、
母さんはすぐに気付くだろう

母さんは、きっと喜んでくれる

階段を二段ぬかしで上がって
三階のドアをあけ、引き出しから体操着を引っ張り出し
鍵をかけてまた二段ぬかしで外に出た
僕はびっくりするくらい元気だった



公園に
夏樹はもういなかった

なのにブランコは、風の精でも乗ってるみたいにゆれていた


(続く)