私がブラジルに行ったことや
新聞記者やテレビ局デスクだったことばかりが、
これからの人生に
影響を及ぼしているように思うかもしれませんが…。
それだけではありません。
考えてみたら、すべての経験が連鎖しているかもしれない。
私の人生もあなたの人生もオリジナル。
他人が代われない。
そんな話です。
一昨日も書きましたが、
世界の先住民族の取材を計画しています。
なぜ、先住民族なのかと考えたら…
私の伯父が彫刻家で、
アイヌ民族の英雄・シャクシャインの
像を制作した過程を見ていた影響もあるかもしれません。
像は私が小学生時代、現在の新ひだか町に建てられました。
レプリカが私の机の横にあります。
いつも私を見ているのです。
さらに、ブラジルに行った時、
アマゾンで研究する東北大の博士に出会ったから。
博士はある種のサルを研究していました。
博士は「そのサルを貴重だと証明することで、サルの行動半径すべての自然を守ろうと呼び掛けることができる」と言いました。
その考えに驚きました。
博士が守りたかったのはサルではなく、環境だったのです。
ここで私は、何事も分かりやすいシンボルを作るのが近道だという発想を得ました。
私のセミナーでも応用しています。
あなた自身が仕事のシンボルになるように、と。
最も安上がりで、分かりやすいシンボルはあなた自身。
これは大切なことです。
なぜ、ブラジルに行ったのかは、
小学生時代に父から「ブラジルに渡った親戚がいる」と聞かされたから。
なぜ、ブラジルでサンパウロの卸売市場で研修したかといえば、
東京都の中央卸売市場(築地市場)で働いたから。
アジア最大の市場と南米最大の市場を比較したかった。
なぜ、築地市場で働いたからといえば、
父を10代で亡くしたから。
働いて大学に行くには「稼げる職場」が良かったから。
かなりの収入を得ました。
そして、市場を選んだ経緯は大学の場所。
大学はお茶の水にありました。
隣町の神田に当時、青果市場があり、
通勤定期を使って通学できると考えたから。
帰りにフルーツなどをお土産にもらえたり…など、想像が膨らみました。
しかし、アルバイトニュースを読んだら、
青果市場の下にあった築地市場の時給が少し高かったので、
迷いなく築地を選びました。
私は北海道出身です。
進学先は北海道内の大学でも構わなかったのですが、
東京の私大を受けたのかは多分、
高校で付き合った彼女の父がその大学で、
相当、意識したから。
あ…入学当時はすでに彼女と別れていました。
まだまだあります。
人生がつながっている話。
なぜ、えりも岬の東側にある広尾支局長を選んだのか。
広尾町は漁業と酪農の街です。
漁業は築地市場の経験から。
酪農は母の実家が酪農家だったから。
小学生時代、母の実家で酪農作業を手伝うのが大好きでした。
漁業と酪農。どちらも取材できる支局を選びました。
その支局で海の異変に気付きました。
獲れないはずの天然トラフグが網に掛かる。
赤マンボウが掛かる。
海の温暖化です。
支局長会議で取材の提案をしました。
海の温暖化対策の企画を全社挙げて書くべきだと。
そうしたら、幹部から
「君が考えた企画は君がやりなさい。全国どこでも出張に行け」と。
それはね…無茶です。
1人で任されている支局を離れて全国取材などできません。
いつか、本気でやりたい取材テーマに出合ったら、
自分で完結しなければならないと理解しました。
今回の取材は自分で考えました。
だから自分で完結しなければならないのです。
つまり、ひとつのピースが欠けていても、
今の考え、今の私に至っていないのです。
それはあなたにも言えます。
あなたがいま、立っている場所の意味。
これから進む方向の意味。
あなたしか歩めない道、オリジナルの道ですから。
メディアコンサルタント・荒川岳志
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私がセミナーをやめた後でも学べるように。
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