津波に耐えた桜の物語を 山形より。 | machico編集長公式ブログ 仙台・宮城、時々山形

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こんにちは、さっちんです。


宮城県名取市閖上(ゆりあげ)。


ここはかつて、私のお気に入りの場所でした。
大好きなお寿司屋さんがあり、そこでお腹いっぱいお寿司を食べた後は、橋を渡って海に行き、浜辺でぼんやりと海を眺める。
時にはバーベキューをしに仲間たちと集い、日曜の朝には朝市でイキのいい食材を買いお店のおばちゃんと語らう。


そんな日常を変えた、東日本大震災。
被害の様子はニュースなどで見聞きし、全てが流され私が大好きだった人たちの命までも連れて行ってしまったことを知りました。
あれから4年。
私は一度も閖上に行くことはありませんでした。



日和山からの眺め。

民家はすべて津波に流されてしまいました。

震災直後、支援の為にいくつかの被災地を周り状況を目の当たりにすると、いつもの風景がこんなにも変わるものか、
想い出はいつまでも心にあるもの、そう頭ではわかっていても、そこで出会った人たちとのことを思うと、苦しくて苦しくてそれ以降足を運ぶ勇気がありませんでした。


その後の様子を気にしつつも、その一歩を踏み出す勇気がなかった私に、素敵なお話しをしてくれた友人がいました。


閖上には「日和山(ひよりやま)」という大正時代に漁港の舟見のために築山された丘があります。ここには元々8本のソメイヨシノの木が植えられてありましたが、震災時に津波を被り、2本の木のみを残し姿を消してしまいました。
この2本のソメイヨシノは、高さ9mの大津波にも耐えて震災後も生き長らえておりましたが、3シーズン目を数える2014年春に木の専門家による調査で枯れてしまっている結果が告げられ、残念ながら伐採することが決定されました。


この知らせを聞いた友人は、人々に明るい希望を与えてくれた桜の木が伐採されていく運命を見過ごすことが出来ず、直感的に

「この希望の木こそが震災の記憶の伝承と、その教訓を促すべく素材に成れるのではないか」

との想いが先行するままに、この2本の桜の木を引き取ることにしました。


閖上・日和山の様子:2014夏


現在、その友人は山形という隣県に居住しながらも、県境を越えて力になりたいと思っています。
こうして志をひとつにする有志により「閖上クラフトエイドプロジェクト」は立ち上がりました。


プロジェクトでは、その2本の桜に新たな命を吹き込むリメイクを施し、様々な活動をしています。
3月には、名取市立閖上小学校の卒業式が現在仮移転先である不二が丘小学校で行われ、本来ならば入学式を迎えた閖上の本校舎で新たな門出を祝うはずだった児童たち41名に対して、地元・閖上で育った証を表すものとして、また閖上小学校だからこそ形にできるものとして、日和山の桜の樹皮を混合した和紙で制作した「第二の卒業証書」を寄贈しました。





閖上復興桜木札守としてカタチに残し、販売も行います。
この売上金は、新たに日和山に植樹される山形県白鷹町の県指定天然記念物である薬師桜(エドヒガン)の維持管理経費に充てられます。



桜の木の一部を炭焼きしてくださった、宮城県七ヶ宿町の「七ヶ宿の白炭」の佐藤ご夫妻


4月26日(日)には、ものを全て失ってしまった町だからこそ、自らの手でものを創っていくことを生業とする、ものづくり作家の発信力を集結させるイベント「閖上クラフトエイド2015」を開催します。
津波に耐えながらも2年に及び生き長らえた桜の物語を広く告知し、復興へと導くひとつのツールとして、震災の記憶の再認識と復興意識の啓蒙、啓発を促す役割を担うものとなるでしょう。
当日は「ゆりあげ港朝市」と同時開催となります。


ゆりあげ港朝市の様子


ぜひ、復興に歩みを進めている閖上に、足をお運びくださいませ。


◆閖上クラフトエイド2015◆




閖上クラフトエイド実行委員会代表

私の友人、横尾和義さん


■会期:2015年4月26日(日)午前8時~午後3時
■会場:ゆりあげ港朝市 会場敷地内(宮城県名取市閖上5-23-20)
■主催:閖上クラフトエイド実行委員会
<同時開催> ゆりあげ港朝市 (午前6時~午後1時)


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