毎週 日曜日はスピリチュアルなメッセージを転載しています。
魂がどんなに美しくて健康であっても、肉体が病んでしまっては、
この世に生きることができません。
また、肉体が頑丈でも、魂が病んでしまっていては、幸せは得られません。
魂と肉体の両方がバランスよく満足しているとき、私たちは「最高の幸せ」を感じられるのです。
魂と肉体のバランスがとれていないと、肉体の感覚に振り回されて生きることになってしまいます。
この世の中には、肉体の感覚に訴え、肉体を魅了するものがいっぱいありますから、
魂の意志にフォーカスしないと、肉体の感覚によって日々の生活が営まれ、
それによって一生が終わってしまう可能性があります。
いろんな努力をして、幸せな自分を演出しているにもかかわらず、
時々突発的に落ち込んだり、悲しくて涙が止まらなくなったり、
怒りが込み上げてきたり、わけもなく真剣になりすぎたり、
逆に何もする氣がなくなったり、
「私は大丈夫だぞっ!」と頭で自分に言い聞かせても、
暴飲暴食に走ったり、眠れなかったり、眠りすぎたり、
異常にお金を使いすぎたり、必要以上にケチになったり、
お酒を飲みすぎたり、薬を常用したり…。
どう考えても、心身共に不快を訴える行動に走ってしまうときは、
魂よりも、肉体のパワーのほうが強くなっているのです。
肉体に快楽を与えすぎているか、魂が枯渇しているか、何らかのの理由で、
魂のあり方と肉体のあり方に大きなズレが生じているのです。
魂はその肉体に宿っているのがつらくなって、その肉体から飛び出そうとしています。
それを無視してはいけません。
魂と肉体が調和できずに衝突すると、精神的、肉体的に病んでしまい、
最終的には、自ら肉体を破壊してしまいます。
すべてに疲れ果ててしまって、精神的に落ち込むときは、
頑張り続けようとする“頭”に着いてゆけなくなった心と身体が、
休養したいと強く要求しています。
ですから、思いっきり落ち込んで休養していいんです。
落ち込むときに私たちは、魂の根底に落ち込んでいると考えてください。
自分の魂の求める、真のあり方に触れる絶好のチャンスです。
人生の目的がズレていないか、堂々めぐりをくり返して疲れ果ててしまっていないか、
チェックするために、魂の声を聞いてください。
私たちはどんなときも、魂に先導されて生きるべきです。
あなたの魂は何を求めているのでいるのでしょうか。
自分は「自分の求めている本当の幸せ」に向かって生きているのか、
今 生きている環境が自分の魂が求めている
「究極の幸せ」にたどり着く軌道上にあるのか、
それとも軌道修正しなくてはいけないのか。
どこかで妥協しすぎてしまっていないか。
自分の魂が求めることをしているのか、
それとも頭で考えられる範囲の理想的アイデアに縛られていないか、
そういったことを常に確認しながら納得できる人生を創っていけるのは自分しかいません。
「私たちは魂そのものである」というコンセプトで生きてください。
魂のレベルで人生を捉え、魂の求める真実に向かって生きることで、
日常生活の中での観念が豊かで清らかになり、迷いを断ち切ることが簡単になります。
魂の求める答えはいつも一つです。
魂の声をたよりに、究極の幸せを生きてください。
「究極の幸せ」は、幸福純度が高い幸せです。
お金がなくても、恋人がいなくても、仕事がなくても、人に認められなくても、
「何とかするぞ!」「どうにでもなるぞ!」と思える自分を「幸せな自分」と感じることが、
「究極の幸せ」の第一歩なのです。
どんなにささやかで、小さな幸せでも、幸福純度100%の幸せを追求しなければいけません。
やっきになって、欲張って幸せになろうとするのは滑稽です。
ささやかな幸せの価値がわからなくなってしまったときは、注意が必要です。
たとえ実際には目的とするものを手に入れていなくても、それに一歩一歩近づこうと努力する、
すべての過程そのものが幸せだということを忘れてはいけません。
自分しか自分を幸せにすることはできません。
とにかく「どんな小さな手応えにも生きがいを感じられること」が幸せの基本です。
まずは、「何がなくても幸せな自分」がいなければ、幸せにはなれません。
そのためには「素っぴん」で幸せな自分を確立することから始めましょう。
私たちは、過去に得られなかった幸せを求めて、この世に生まれてきているのですから。
『自分のまわりにいいことがいっぱい起こる本』 原田裕美 より転載
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