不意に目の前の世界が変わった。
一瞬の出来事だった。
流れていく色とりどり光が消えて、真っ白な何もない世界へと飛び込んだ。轟音とも騒音とも言える音に包まれていたのに無音の世界へと。
次にあったのは衝撃だった。大地に叩きつけられるような衝撃。その後に元いた世界へと投げ出された。
肩口に落ちてきた衝撃は、予定外のモノだった。そこから体がバラバラになるような感覚の中で睦月章也は空を見上げた。本来ならスモークのかかったフィルタ越しに見るはずの青空を。
ふー。息を吐き、いま何が起きたのかを考えてみる。
数少ない記憶の断片をつなぎ合わせるような感覚は、ジグソパズルを組み上げるような錯覚すら覚えさせた。
何があったのだろう。そう考えればもう少し違う何かが見つかったのかもしれない。
だが、残っている記憶、見ていた景色が、それをさせなかった。
メーターは60のメモリーを少し超えていた。道路は、記憶通りであれば60キロ制限の道路。速度超過をしているわけでもなく、バイク特有のすり抜けをしていただけだ。といっても路肩に近い側を、見晴らしの良い景色を視界の端に眺めながらだ。
トラックが何台かあった。
運河に架かる橋に差し掛かったとき、不意に光を遮られた。それも断片的な静止画だ。
次にあったのは、右斜め前方にあった車が突然正面に来ていた。
画像はそれだけだった。
音は、愛車が奏でる軽快なエンジン音とアイドリングしている乗用車のそれ、そしてディーゼル車特有の響くそれがあった。特別に変わったものではない。
そこに、悲鳴のような甲高いキィイイイという音が割り込み、鈍くガッシュッと響いた。
それは、背後。章也の数十センチ後ろだった。
そうして初めて理解する。自分が死神にKISSされたのだと。
ただ、死神は掴みそこねた。確かに伸ばしたはずの手で。もしかしたら、KISSするよりも先に、その手にしている釜を振るっていたのなら…体を抱きしめていたのなら、章也は、少し高い場所から、横たわる自分を見ていたかもしれない。
「大丈夫?」と不意に声と共に、視界を遮るように女性が顔をのぞき込みながら手を差し出してくれた。
「ええ。どうやら」
章也は、そういうと笑みを浮かべて折角差し出してくれたのだからと手を取った。