涼子は、三者三様の戸惑いを見せる三人を眺めながら、カクテルを口に運んだ。
このクラブのカクテルは意外といける。お酒の味を楽しみに来る人はすくないので、見えないところでアルコールメーカーが出しているカクテルをそのままグラスに注ぐところも少ないが、ここでは、パフォーマンス込みで魅せる提供をしている。そういう部分では、一真は目立つ存在でもあった。
「あれ、ここでは」
法子は、一真のネームプレートに気付き、カクテルの準備をする一真に声をかけた。
「?」
「一真なんだ」
「ああ、半分くらいのスタッフはファーストネームだぜ」
「そう、(KAZUMA、か)」
法子は、一真の手元を覗き込みながら呟いた。不覚にも『カッコいい』と思ってしまった。おかげで、まっすぐに一真が見れない。きっと、この瞬間だけなのだが、と思いながらも、うるさく高鳴る鼓動に、ドキドキ感を増していた。
「あれあれ?」
「な、なんですか?涼子先輩」
顔を覗き込んでくる涼子に慌てて法子は顔を背けた。
「別に、そんなに勢いよく顔をそむけなくてもいいと思うけど」
「そ、それは」
「何?」
「か、顔が近いから」
「駄目だった?」
「だって、他から見たら」
「こんなことされちゃう?」と、涼子は、不意に法子の唇にキスをした。
「!」
「恋の形は色々よ」
涼子は、クスクスと笑いながら言った。少しの沈黙とウインクをおまけのように載せて。
「涼子さん」
「何よ、一真の癖に」
「癖にって、まぁ、いいですけどね」
一真は、苦笑しながら、カクテル『シンデレラ』を法子と佳代の前に置いた。
「何々?赤くなって可愛い」
「涼子先輩!」
「もう少し肩の力を抜いたら?」
涼子は、真っ赤になりながら睨みつけてくる法子に微笑みかけて言う。
「………」
「恋する魔法は、何処かの悪戯な魔法使いが振りまくものよ、楽しまないとね」
「先輩…」
「こういうところでは、『さん』の方が良いな、別にいつでも『さん』で良いけどね、私的には」
「涼子…さん」
「ん、それの方が親しみが無い?」
「それは、でも」
「硬苦しいのは男どもだけで良いんだけどな、私的には」
ペロッと舌を出しながら涼子はm、法子に微笑みかけた。
「ねぇ、天城、じゃなかった一真」
佳代は、声のトーンを落として一真を呼んだ。
「ん?どっちでもいいよ」
「涼子先輩、じゃない、涼子さん、いつもこんな感じ?」
「そうだね、読めない人だけどね、こうとは限らないかな、世話焼きでやきもち焼きで、自由奔放な天然ボケ」
「天然ボケだけは解るけど」
「言うなら、ネコみたいなものかな…どちらかといえば虎ぽい、かな」と、一真は苦笑した。
(あれ、なんかぎこちない?)
佳代は、一真が何度も手を洗っているのを見ながらふと思った。
「でも、今日は、よい日なんだよ」
涼子は、クスクス笑いながら法子と佳代に声をかけた。
「もう少ししたら、普段見れないものが見れるよ」
「そうなんですか?」
「うん、ね、一真」
「余計な事ばかりですね」と、一真は苦笑しながらこたえた。
「あれ」
佳代は、カウンターから離れる一真を目で追い、呟いた。
19時半。ダンスフロアで、一つのライブがある。そのステージに立つのは一真だった。
「意外?」と、涼子は、佳代の肩に顎を乗せながら尋ねた。
「はい」
「それはそうね、ただの罰ゲームだし」
「罰ゲーム?」
「ん、そうよ、先週ゲーム大会があって、ね」
「一真、負けたんだ」
「そう、そっちも意外?」
「ええ、なんか、なんでも、何事も無かったようにソツ無くしそうですもん、アイツ」
「かも、でも」
「?」
「内緒」
「涼子さん」
「一真にもソツなくこなせないものは結構あるよ」
「へぇ~」
佳代は、ギターの調整を始めた一真を眺めながら答えた。
♪立ちすくむ闇の中で
♪君の声だけが届く
♪周りの声に踊らされ
♪僕を取り囲む壁が厚くなるよ
♪リアルとドラマの狭間で
♪心だけが問いかける
♪ゆ~あ~ろすと?
♪あいめろすと?
♪見つからない迷路の出口
♪僕は立ち尽くすよ
♪差し出された手を掴む勇気が
♪僕には足りなくて
♪その場を動く勇気も欠けている
♪確かにそこにある温もりを
♪僕は知っているのに
♪僕はただ、その場に立ち尽くす