これも恋物語… 第3幕 14 | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

第2章 こんな愛の理論 第1話


宴も酣になり、解散をすると、親交を深める為にという呑みネタを掲げ、次の店に向かって行く面子も何人かいる中で、天城一真と梅崎武は、メンバーと別れた。役員という肩書きは同じでも、実質は管理する側に立つ。そんな奴らが混じれば、愚痴の一つも出にくくなるだろう。

出向という名のリストラ。誰もがこの状況をそう踏んでいる。愚痴りたくもなるだろう。ネクストに出されるメンバーは、仕事を問題なくこなしてきたメンバーだ。次代の管理者として噂される者もいる。それでも出向させられる。そこにどんな思惑があるのかは別として、心底、この人事を納得しているものは少ないだろう。

少なくとも天城は、そう感じていた。呑み会の中で漏れる愚痴の中からそう判断しなければならない内容のものも少なからずあった事だし。

「さて…どうする?」

「いきますか?」

天城は、武の問いに苦笑を漏らしながら答えた。

「だな、行こうぜ…」

「あの…あたしも一緒していいですか?」

「神崎…」

「駄目ですか?」

神崎このはは、武の顔を覗き込むようにして尋ねた。

このはは、事務職として五井物産に入社した。新人歓迎コンパの席で一人の男と仲良くなった。それが総合職の社員で、仕事が出来るという噂の男だった。周りに囃し立てられるように、その男が好きだと思うようになった。何度かの食事を経て、呑みにいき、デートと呼ばれることをこなす中で、その男のスマートさに惹かれた。

告白。それは、別に大した事ではなかった。学生時代からもそうだ。もうすぐ23歳。何度も恋をした。思い出して、人に言えるようなすっきりしたものばかりでは無いけれど、少なくとも後悔するような恋はしていない。大体、想いは、届くものではない。届けるものだ。

抱いた思いをいつまでも燻らせるほどのんびりとした生き方はしていない。切羽詰った生き方をする気もないが、死という瞬間が遠くに有るようにも思えていなかった。

もっとも、その恋は、恋人という関係になって、3年ほどで潰れた。

元々、彼は、自分を見ていなかった。少なくとも、このはには、そう思えた。だから、別れた。付き合っていれば、彼は、このはを第一に考えてくれる。でも、それは、自分を殺しての事だった。彼の中に間違いなく芽吹くひとつの恋心がある。それは、静かに存在しているようにも思えた。どんなに気を引こうとも、相手を思い続けようとも、燻る事のない火種のようにそれは存在していた。

だから別れた。26の時だった。

彼と別れて、公園のベンチで座って泣いた。家に帰るまで、涙は、もたなかった。泣かずに、笑って帰る。別れる原因なんて心変わりでいい。それで充分だった。愉しかった日々の中で、払拭できなかった存在に気付いた時、その全てが、彼の努力によって作り出されたものだと知った。感情ではなく、絆が作り出す繋がりが寂しかった。

「良かったら、使うかい?」

このはの視界に、2人の足が入り、前で立ち止まった。軟派をされる気分ではなかったが、それでも気が紛れるならと思って顔を上げた。

「……天城さん?」

「ん?…うちの会社の子?」

「ええ…総務部庶務の神崎です…」

このはは、涙を慌てて拭きながら、声をかけてきた男性に深々と頭を下げた。

「どうした?」

「えっ…別に」

「そう…もし良かったら…俺達は呑みに行くから、クダを巻きに来るか?」

「えっ?あたしも一緒してよろしいんですか?」

「ああ…俺は構わないよ」

天城は、そう言って微笑みながら、スーツの上からパタパタとスーツを叩いた。

「…お前な…スマートさがないぞ…」

天城の隣にいた武は、苦笑しながらハンカチを取り出し、このはに渡しながら言った。

(あっ!)

このはは、天城がその仕草をわざとしている事に気がついた。ジャケットの内側、シャツのポケットからハンカチが顔を出している。たぶん、それは、自分の事を気遣ってくれての事だろう。少なくとも、武との関係を簡単につくるためにしてくれた事だけは読み取れる。

「一緒に行っても迷惑では無いんですか?」

このはは、武の顔を見上げながら尋ねた。この困ったような、戸惑ったような笑顔を武は忘れていない。その笑顔に惹かれた自分の存在を忘れる事はなかった。ただ、恋をする条件がなかった。だから、特別な関係にはならなかった。

取引先の会社の社員。少しだけ特別な思い入れのある他社の社員として武は自分に言い聞かせた。恋は、盲目になるのが一番なのかもしれない。でも、常にそういうわけには行かない。社会というルールの中でそれを認められない場合がある。

それは、あの頃と何も変わっていない。

変わらない距離。それは、心の距離。変わらないではなく、変える事のできない距離がそこにはまだ存在している。

(変わらないな…あの時と…同じか…)

武は、苦笑を漏らしながら、このはの肩に手を乗せ、「行こうか」と微笑んで見せた。2年前のあの日と同じように、ポンと肩を叩くようにしながら。