第3章 第3話
一真は、サイドミラーに映るZXRを見た。反転して走り出したにしては早い。
チキンランは、一応、暗黙のルールの中で、仕掛けた方が、後追いをする事になっている。仕掛けられた側は、コースを決めるという優位点に立てるが、一度抜かれた段階で勝負は終わってしまう。他にも細部までルールは用意され、そのルールの下で、夜の街を騒がすもの達は生きていた。
一真は、ZZRを減速させ、ZXRの到着を待った
(今回は、勝たせてもらうぜ…)
一真の横を100kオーバーのZXRが通過する。それは、ゲームスタートの合図。一真も、アクセルを解放した。
どれだけの時間が過ぎたのだろう。
一真のバイクは、ガス欠で止まった。賢治のバイクもガス欠で止まった。
結局、賢治の背を見続けることしか一真にはできなかった。
(まだ、まだだな…)
溜息が零れる。追いつける。そう思ってバイクを走らせた。挑戦をした。その結果がこれだった。暗黙のルール。その上で負けた。それを無視したら、勝てるだろうか。いや、それ以前に、そのルールが何故生まれたのかを知る必要がある。先人達が決めてきた事には、それなりのルールが存在するのだから。
「早くなった、小僧…一真、だったか?」
「あれ?」
「みなぎは、もういない…」
「えっ?」
「みなぎは、一昨年無くなった…17だった……」
「………」
「お前は、みなぎに何を見た?」
「えっ?」
「俺には、その答えが見つからない……話しをしようにも、みなぎはいない」
「嘘だろ?」
「本当だ……」
「そんな……」
「また、迷子になるのか?」
「……えっ?……!」
「みなぎが何を考えていたのかは、みなぎに聞かなければわからない…」
「………」
「ずっとみなぎに引っ張っていてもらうつもりか?」
「………」
「答えは出ない……か…」
賢治は、溜息をつきながら一真に微笑みかけた。
みなぎがバイクに乗れなくなった時、みなぎは、賢治にひとつの頼み事をした。たぶん、後にも先もそれだけだっただろう。いつでもみなぎは、賢治たちを引っ張っていた。そんな意識をしているかどうかは別にして。
「なぁ、賢治」
「ん?」
「あの莫迦……また、喧嘩売ってくれるかな?」
「……一真だっけ?」
「ああ……」
「たぶんな…」
「その時、俺は、走ってやれないな……」
「……何言っている、今は、体調が悪いだけだろ…」
「お前こそ、俺は、副作用を躊躇って、治療が遅れたんだぜ…それに」
みなぎは、そこで口を閉ざして、窓の外を見た。多分、この景色が、終焉まで付き合う景色になるだろう。無菌ルームの窓越しの景色が。
「お前、相手をしてやってくれよ……」
「みなぎ」
「なっ、それ以上は望めない…」
「……お前ほど早くないぜ…」
「でも、お前は速いさ…風族の中で、俺にくっついてきているのはお前だけだぜ…たぶん、どんなに早い奴がいても、お前を引き離す事はできない…ただ、お前にはイマジネーションが足りないだけさ」
「イマジネーション?」
「前を走っている奴の動きを正確にトレースできる…でも、そこからの組み立てが無いから…抜けないんだよ……後は、美保に怒られるのが怖いとか…かな」
「怪我すると泣くからな……由美もそうだろ…」
「いや、由美は、もう泣かないな…」
「………」
「頼めるか?」
「ああ…小僧を引き合わせたのは俺だしな…」
賢治は、言いながら苦笑をした。みなぎの状態は知っている。次に倒れる事があれば…そう言われている。それでも、周囲の事を気にかけ続けているみなぎを凄いと感じる。残される者の苦しみは、たぶん残された時にしかわからない。
みなぎは、憂いを残した表情で笑った。
その笑みを賢治は片時も忘れない。
――そんなの卑怯だよな…」
「一真…」
「追いつけないよな……」
一真は、空を見上げて呟いた。下を見ていると涙が零れそうだった。
第1話