賢治は、苦笑しながら立ち上がった。別に反省を促す気は無い。反省を求められるような立場でも無いだろうし。ただ、無謀な行動にしか見えない一真の行動が気にかかっての事だった。親友安藤みなぎは、自分を見失う事を『迷子』と表現する。その表現の仕方が、いまは好きだった。
迷子。道を見失う術は、それに似ている。子供様に泣き喚き、助けを求めない事を除けば似たようなものだろう。
天城一真は、たぶん自分に似た迷宮で迷子になっているのだろう。そこには理屈は必要ない。経験した事があるものだけの直感がそこにある。
不良グループからチームへとなった。それは、周囲から見れば何も変わらないのかもしれない。でも、中身は随分と違った。あの反乱から、残った仲間達は、本当の仲間になった。見せ掛けだけの、都合のいい仲間ではなくなった。
互いが歯止めになり、つるむ為にチームを作りあげた。
それは、それで問題視されるのかもしれない。暴走族、そう呼ばれるようになった時、そう感じた。でも、それはどうでもいい事だった。自分達が自分を見失い事、それが大切だと知っていたから。
だから、チームになった。
「こんにちは…」
「えっ…こんにちは」
一真は、顔を覗き込むようにして挨拶をした新宮寺美保の行動に驚きながら挨拶を返した。
「…似ているね…」
「えっ?」
「賢ちゃんに…」
「?」
「安藤に会った頃の賢ちゃんも、時々貴方みたいな顔をしていたよ」
「えっ?」
一真は、美保を見てから、賢治に視線を移した。相変わらず背を向けたまま何かを考えているような雰囲気を醸し出している。
「今でこそ、カリスマみたいに言う男の子達も出てきているけど、昔は、何も考えない喧嘩の強いだけの激情家…ちょっと違うな熱血漢…それも…」
「美保…、全然褒めていないから…」
「そうかな…」
「ああ…」と、賢治は苦笑を漏らしながらいう。さっきまでの困った顔とは違い、柔らかい、暖かな雰囲気を醸し出している。恋人と言う関係が羨ましく思えた。
(男と女ってなんだろう…)
賢治の雰囲気の変化に一真は純粋に思った。異性を異性と意識した事がないわけではない。それなりに聞きかじる情報の中で、それに興味を示さないわけもなかった。だが、別にそれを急ぐ気もなかった。他人が話す恋を馬鹿馬鹿しく聞いている自分もいた。形の無いものに抱く幻想。それを有り難がるような思想。それらが無意味なものにしか感じられなかった。
世の中には男と女しかいない。機会があれば経験もしていくだろうしそれを慌てる必要も無い。そう思っている。だから、友人の恋人を紹介されても、羨ましくも何とも思わなかった。
「それより…どうした?」
「あっ…安藤が……走るって…」
「みなぎが…どうして?」
「梢と勇太郎の事で…」
「……解決したんじゃないのか?」
「ね……トラブルね」
「ちっ」
賢治は、あからさまに殺意をみなぎらせた。
一真と対峙している時には、感じさせなかった荒々しい気配に、一真の身体は反応するように震えた。さっきまで殺しあえるつもりでいた。殺せなくても、腕の一本でも砕けるつもりでいた。それが、儚すぎる夢に感じられた。
「悪いな一真…」
「えっ?」
「ん?」
「一真って…」
「自分でケツを拭くつもりなら、一端だろ……坊主とも小僧とも呼べないな」
「……何があったんですか?」
「親友が走る…俺達的には、『ぶっこみ』っていうやつんだけどな」
「はい…」
「見に来るか?」
「えっ?」
「俺の言葉では、説明では、届かなかったかもしれないけれど、アイツの、みなぎの声ならお前に届くかもしれないな…」