これも…恋物語(29) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

「お待たせしました…」
哲也は、苦笑を漏らしながら駆けてきた。明らかにバタバタと走ってきたのが解るほどに息が乱れている。結城哲也とはそういう男だと、高須健吾は苦笑して応えた。先に出て待っているといつでも哲也は慌ててくる。別に待っていたからといって機嫌が悪くなるわけでもないのだが…。
「行きますか?」
「ええ…」
高須は、踵を返すと先に階段を降りはじめた。勤務時間が終わると基本的に哲也は一歩後ろを歩いてくる。それは、立場が逆転した今でも変わらずに、先輩としての高須を立てていてくれた。
(久しぶりだな……)
哲也は、高須の背を眺めながら思い返した。高須が結婚したのは、哲也が入社してすぐだった。別に特別印象深い結婚式と言うわけではなかったが、最初に出席した同僚の結婚式というモノは、何故か感慨深いものがあった。
いつか自分も…そんな思いがあったのかもしれないが、そんな事を意識できるほど恋愛に頓着していなかった。本当は、頓着しておくべきものかもしれないが…。
高須が不意に足を止め、哲也が追いつくのを待った。
これは、高須のクセのようなものだ。会社から少し離れると部下の前を歩くのを止める。もちろん終業時間外でのことに限る。
哲也は、高須に並んでバレンタインデー戦線一色の町並みを眺めながら歩いた。実に色とりどりに店頭はデコレーションされ、店先では、義理チョコが安く売られている。1週間前でこれだ。義理チョコの軽さが少し寂しい。
高須は、哲也と共に電車に乗り、5駅ほど離れた駅に向かった。快速電車が来れば2駅らしいのだが、残念ながら、普通電車のために十分ほど乗ることになった。特別な会話もないままに。
高須には、既に人事課から打診がいっている筈である。その回答がどうなるのかは、徹夜にとっては大問題だった。だが、たぶん、応えは、決まっているだろう。この人の好きな言葉は映画俳優の言った「不器用な男ですから」だった。その言葉を少し照れたように言ったのは、哲也が初めて仕事で失敗をやらかして怒鳴りつけられた日の呑み会だった。
何かしらにつけて、この台詞を「不器用な男だから」と使う。
口癖のように使わずに、何かを伝えたい、何かを隠したい時にこの台詞は使われているようだ。そして、この台詞は、たぶん、今晩聞かれることになるだろう。
「最近は、どうだ?」
「えっ?」
「彼女とだよ……」
「…振られました…」
「……そうか…まぁ、振られる奴が悪い…」
「振るよりは気が楽ですよ…」
「…振られるように仕向けていたら、お前最悪だぞ…」
「まさか…ただ、誠心誠意付き合っていられなかったのは事実ですね…」
「…そうか、それほど好きじゃなかったんだな」
「……(そうなのか?)」
哲也は、言葉を区切り少し考えた。純子との付き合いは、告白された事から始まった。特別な思いも考えもなかった。ただ、付き合っていた。そんな感じなのかもしれない。いまさらだが当時の思いを思い返す事はできない。事実、人はいい加減な生き物なのだから。
あの頃、こう思っていた。その思いを美辞麗句で色付けしていない自信は無い。何処かで自分の都合のいいように変えているだろう。ネガティブに生きるのも、ポジティブに生きるのも人それぞれだ。そのどちらを選択するのかは、その時の都合だろう。とりあえずは、前向きに生きたいものだが…。
「何詰まっているんだ?吐き出せば楽になるぞ」
「だと、いいですけどね」
「ん?言ってみろ」
「何が詰まっているのかもわからないんですよ…」
「……なるほど、な……と、付いたぞ」
高須が降りた駅に哲也は来た事がある。高須の触れられたくない場所がここにはある。