これも・・・恋物語(5) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

「さて、と…何が食べたい?」
「…奢ってくれるの?」
「俺の財布の中身で済めば…それ以上のときは、助けてくれ…」
「莫迦…呑みたいな…」
「洒落たところ?それとも賑やかなところ?」
「チーフの好きなところで…」
「あのさ、同僚なんだから、プライベートは、普通に呼ばない?」
「結城…って」
「ああ…それでいい…」
「ン…行きましょう…行き付けのところでも…」
「行きつけているわけではないけど…昨日見つけた居酒屋でもいくか?」
「うん…」
「駅、3つ隣なんだ…」
「OKだよ…」
三駅分隣の場所、そこは、哲也の新居のある駅である。引っ越して部屋の片付けを少しして、とりあえず布団を引いて、テレビを見られるようにして、食事をするために出かけたのが駅前だった。
3LDKの分譲マンション。それなりの広さの物件でしっかりと35年ローン。会社がそこまで潰れずにいて、クビにでもなっていなかったら払える程度で契約をしてある。とはいえ、一人で過ごすには少しばかり大きい。
リビングと繋がっている部屋に布団をひき、リビングのテレビを寝たままで見られるようにする。後の荷物は、箱のまま玄関を入ったらすぐの部屋にきちんと積み上げておいてある。必要に応じて順次開けていこう、という予定である。が、なかなか予定通りには事が進まないのが世の中の常である。少なくとも3年前に東京に出てきて以来、開いていない箱は数えられないほどある。男の引越しなどこの程度のものだろう。使わない予定の部屋があればとりあえずそこに、あとで物置になって後悔するのは決まったパターンかもしれない。
哲也は、麻奈と共にタクシーに乗り、駅前で降りた。店の前まで乗り付けても良いのだが、時間的に迷惑なような気がして駅前で降りることにした。駅から、予定している店までは徒歩3分といったところだろう。
駅前のタクシーがたむろっている場所を抜け、駅の反対側へ。少し寂れた感じになるが、そっち方面が居住区ともいえる地区になる。賑やかな繁華街に背を向けるようにして、線路に沿ってあること1分。少し離れたところに白い看板が光っているのが解る。そこが目的地である。
「あっ…」
「ん?行った事ある?」
「ううん、でも雑誌で見たような…」
「ああ…、取材はOKだけど、住所連絡先掲載はお断り、と、言う奴だからね」
「へぇ~…こんなところ知っているんだ」
「偶然だけどね…」
「そうなんだ…」
「ああ…」
その店は、居酒屋である。寿司も扱っていれば、ピザも扱っている。扱っていないモノを察す方が早いかもしれない、と言うほど色々なものを扱っている。看板には、「親父の作る気まぐれ創作料理屋へんくつ」となっている。
特別な意図もなく哲也は入った。で、何故か大将(店主)に気に入られて閉店までいた。
「こんにちは…」
「おう!らっしゃい!」
威勢の良い声に導かれるように店内に入ると木目の風合いを基調としたデザインの小洒落た和風カウンターが広がっていた。カウンターを二分しているのは、寿司屋で見かけるガラスのケースだった。ガラスケースの向こう側は、大将の領土、客席から見る事のできない無法地帯である。そこで、何が起きているかは別として、とりあえずおいしい料理が出てくることだけが約束されている。
「おう、座れ…カウンターでいいか?」
と、聞かれても一応ある三組の座敷は完全に荷物おきになっている。「座敷に」とでも返せば「帰ってくれ!」と言われそうだ。
「ええ…もちろん」
「で、何を食う?」
「お任せで…1人前…それと生ビールを…えっと…2杯」
「おう…」
座るのを待たずに大将は尋ねた。それがこの店のスタイルだ。気に入らない客は追い返す事もあるらしい。が、まだ2日目につきその現場には遭遇していない。
「で、どうしたの?」
「えっ?」
「俺に誘われて、ここまで来たこと…」
「……別に…」
「まぁ、いいけど……話したくなったら、どうぞ…」
「うん……」
「どうぞ…」と、店員がジョッキーに注いだビールを哲也たちの前に置いた。「ありがとう」と、店員に声をかけ、哲也は、ジョッキーの一つを手にして、大将を見た。
「こんな事もできます…」
「へ~」
「精進していますから」と、ニヤッと笑いを添えて大将は言った。
ビールの泡を上から見ると『寿』という字が書かれていた。ビールを入れる時に、少し泡が出ないようにするだけで字を書くことが可能なのだが、運んでいる時に字が壊れる事も珍しくない。
「でも、別にめでたくないけど…」
「あれ、昨日着たときは振られたって…あっ」と、大将は慌てて背を向けた。
「………」
「と、とりあえず…お疲れ様…」
哲也は、苦笑しながら、麻奈に渡したジョッキーにジョッキーをぶつけた。