BarD 1 (エピローグ) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

「よろしいんですか?チーフ」
裕也のサブを勤める新宮良治がカウンターに置かれた一万円札を手にしながら裕也に確認をした。
「何が?」
「数杯のカクテルで…」
「あっ、まぁ…帰ちゃッたし……仕方ない…だろう?」
「俺に確認をしないで下さい…」
「だよな……」
裕也は、苦笑をしながらグラスを拭き続けた。
バーには、色々なお客が来る。その日、その時の思いを心に隠して、明日への活力を作り出すかのように。幾つの想いが、心の奥に流されていくのだろうか。一つとして同じ思いの無い感情、その感情を大切にできるかは、その瞬間の自分の置かれている立場だろう。よい結果があるのか、悪い結果がある野かはわからない。ただ、その結果を後悔しないで受け止められる準備をするためにカクテルは力を貸してくれるのかもしれない。
「でも、チーフ…」
「ん?」
「俺には、種明かしをしてくださいよ…」
「種明かし?」
「『バーテンダー』の、ですよ」
「別に、種など無いだろう……ただ、長友瑠は、お前の先輩で…お前が来るまでバーテンダーとして頑張っていた…」
「えっ?」
「お前は、瑠が辞めた穴に就職したんだよ…」
「…じゃあ、さっきのお客さんの事、知っていたんですか?」
「いや…初対面だし、聞いた事は無いけど…ジン・フィズの話は、瑠が好きだったからな…最後に作ったジン・フィズ…本当のレシペはな…ラムじゃなくて…和三盆……残念だけど、今は無いからできないけどな…瑠が好きだったジン・フィズの作り方、そして、瑠の弟子のバーでしか呑めないジン・フィズだ…」
「……チーフでしょ…」
「ん?」
「最初のレシペは…」
「いや、瑠と作り出したんだ…いまほど、カクテルの数が無かった時代だし、オリジナルは…それなりに欲しかった時代さ…変なカクテルも多量に飲んだぜ」
「…そうなんですか…」
「ああ、塩も、岩塩まで使ったしな……」
「もう一度……そういう時代にしませんか?」
「500以上あるんだぜ…ここで扱うカクテルは…」
「1000を…目指しますか…」
「………記憶が…な」
裕也は、苦笑しながらメニュー表を手にした。ちょっとした本だ。この倍になるという事は…、そう感じるだけで溜息が零れた。
既にメニューを見る客は少ない。スタッフが、確認の為にメニューを見る事が増えているのが現状だった。何せ材料が細かに書いてあるのだから。
「でも、きっと…」
「ん?」
「きっと、カクテルの数だけ、新しい思い出が生まれますよ……」
「くさいぞ…良治…」
「気障にいったつもりなんですけどね…」
「…でも、そうかもな…」
裕也は、メニュー表のページをペラペラと眺めるように捲くりながら、ジン・フィズのページで止めた。
(瑠のジン・フィズ…か…)
裕也は、ペンでページの開いている処に書き足した。新しいジン・フィズの材料を…。そして、続けて書き足した。今日、最後に作ったジン・フィズも…。
「休憩に入るな…疲れた…」
「うすっ…」
良治は、裕也の背を見送りながら、新たに書き足されたメニューを見た。
(瑠のジン・フィズと美香のジン・フィズ…か…チーフの方がくさいよな…)