BarD 1 (6) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

「どうぞ…」
「…うん…」
美香は、裕也を見詰めたまま返事をした。このカクテルの意味は何だろう。わざわざ材料になるお酒を全て味見させて、完成度の高さを示した。確かに、好みの問題ではあるが、そのままの味を愉しむ人も少なくないだろう。美香にとっては少しきつく感じるものが多いが、味覚は人それぞれだ。
「カクテルを作るのに必要なものは…」
「…ん、何?」
「好奇心……ですかね…」
「好奇心?」
「コレとコレを混ぜるとどうなるのか、どんな色になって、どんな香を放って、どんな味になるのか、その探求の行き着いた先がカクテルという新しい飲み物なんでしょうね…」
「うん…」
「別々のものを掛け合わせる…恋愛に似ていませんか?」
「えっ?」
「貴女と、貴女の思いを寄せる方も触れ合い絡みあうでしょ…」
「それは……」
「その絡み合いに必要なのは、貴女の気持ち…恋心といったものでしょうね…相手を思う気持ち、楽しくて、時にはつらくて、時には寂しくて、何処か何かが足らなく感じられて…その隙間を相手に埋めて欲しくて…熱くて、何処か冷めているような心…」
「………」
「どうぞ、お飲みください…」
「えっ…」
「時間の経過が必ずしも熟成させるわけではありませんよ…とりわけカクテルの寿命は10~15分、といったところでしょう」と、裕也は、微笑みながら、カウンターの中から何かを取り出した。
「きっと、必要なのは…コレでしょうね…」
裕也は、電話を美香の前に置いた。
「奇跡は起こせませんけど、奇跡は待つものではないと思いますよ…」
「でも……」
「怖いですよね…ずっと背を向けていたのなら…」
「………」
「カクテルは魔法のお酒という人がいます……時には、勇気を与えてくれる所為でしょうか……最も、飲みすぎはよくないですけどね」
「水城さん…」
「少し背を押してもらうのも良いでしょう…」
「うん…」
「どうぞ…お使いください…」
「……あ、ありがとう…」
美香は、カクテルを半分程度を一気に飲むと受話器を取った。味わうゆとりは無い。一瞬の惰性に身を任せるように…。少し、胸がドキドキする。声が上ずるような気がする。
でも不思議だった。
鼓動のうるささとは裏腹に気持ちは落ち着いている。
「あっ…も、もしもし…」
裕也は、カウンターの上を片付けながら、客席に見えないように溜息をついた。恋に絡む客は、正直に言って扱いにくい。「恋は盲目だ」とは上手く言ったものだと、いまさらにして実感できた。これ以上話す事になったら、たぶん、ムスッとした無口な男になるだろう。もう体力は使い切った、そんな感じだった。
「うん…元気だよ…」
裕也は、美香から視線を外して、片付けをはじめた。リキュール類は、使う度に元ある位置に戻してあるので、それほど片付けるものは無い。使ったグラスくらいだが、下げたカクテルを他のスタッフが味見しているのでグラスも残っていない。作ったカクテルと同じ数のシェイカーを丁寧に洗いながら、グラスを一つ一つ丁寧に拭いていく。
「ありがとう…」
美香が電話を裕也に返した。さっきまでの何処かもの悲しげな表情は消え、すっきりとした表情をしている。結果がどうあれ、満足のいく答えが出たのだろう。
「いえ…」
「あの…」
「何か?」
「このカクテル……なんて名前ですか?」
「ああ…言っていませんでしたね…『バーテンダー』と、いいます」
「……洒落た計算ですか?」
「もちろん…」
「気障ですね…」
「そうですね、お客様は、このカウンターの中に何を求めますか?」
「えっ…?」
「ひとときの安らぎ、一瞬の勇気、明日への活力…、求められるのは、それぞれの想いではないでしょうか?……貴女は、約束に…何を籠めていましたか?…その思いの深さが私という愚像を作り出しているのかも知れませんね」
「愚像?」
「ええ…恋人とお見えになると私は、貴女にとってオブジェ以外の何者でもないでしょ…他のお客様も、ね」
「…そんな事無いと思いますよ…これからも、貴方は…」
「私は?」
「魔法使いのままです…」
「魔法使いですか…」
「ええ…ひとつの思いをつなげてくれた魔法使いです、勘定、ここに置きますね」
「ありがとうございました」
裕也は、笑顔で美香に頭を下げた。ゆっくりと重い扉が閉ざされるまで…。

                             <了>