おむすび(3) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

(何、しているんだろう……あたし…)
女は、カーテンの隙間から零れ込む星明りの中で天井のライトを見詰めた。少し前から目が覚めている。気が付けば、あのぶっきら棒の男の背にいた。少し冷え切ったジャケットが何処か心地よく、そのまま寝た振りをしていた。
正直に言って、こんな展開になる予定ではなかった。とはいえ、背の上で「連れ込むな」とは言えないし。大体、酔って気を失ったのは自分だし。あのまま道路に放置されなかっただけいいといえば良いのだろうけど、この男が紳士である可能性は…。
女は、ゆっくりと顔を上げた。
柔らかい掛け布団が心地良い。身体を包むような暖かさがある。さっきにも感じたような感覚だが、多分気のせいだろう。コート一つでそんな気分が味わえるわけがない。
男は、リビングでテレビを見ているようだ。気を使ってくれているのだろうか、ボリュームが小さく、何を見ているのか判らない。
女は、ベットからソッと降りると、落ちたスカートを慌てて引き上げ、服を直した。この際なのでブラジャーは外し、枕元に置いたりする。これで男の恋人が来た日には大変な騒ぎになるだろうけど、とりあえず、今晩は、このベットで他の女に寝て欲しくなかった。
それにあたしがいる時に恋人を呼ぶような危険な事はしないだろう。
それにしても広いベットルームだ。ついでだが、ベットも広い。多分、ダブルかクィーンだろう。自分の住んでいるマンションの広さと同じくらいあるような気がする。もっとも賃貸の1DKと比べてだが…。
「ねぇ…?」
「……ん?目が覚めたのか?」
「ありがとう、一応お礼を言っておくね…」
「どういたしまして…」
男は、少し身体を起こし、テーブルにおいてあったグラスを手にした。カランカランと音を立てながら何かを呑んだ。
「…一人暮らし?」
「ああ…」
素っ気無い返事だ。実にめんどくさそうに感じられる返事だった。
「ところで、座らせてくれないの?」
「……どうぞ…」
男は、ソファーから降りると女に席を譲った。その時、初めて、女は、男がソファーで寝ようとしていた事を知った。
「…ありがとう……」
女は、空けられた席に仕方なさそうに座り男を見た。全くといっていいほど自分を見ようとしない。ここまで避けられるほど魅力が無いのだろうか。それとも、いる事が迷惑なのだろうか。
多分、恋人はいないはずだ。恋人がいれば自分の部屋に他の女を連れ込まないだろう。少なくともいつ鉢合わせしても不思議な時間に、自分のベットに寝かせる事は無い。はずである。
広い部屋。センスのいい家具配置。贅沢な空間使いに、綺麗に片付けられている部屋。床掃除が行き届いていないのが救いに感じられる。それにしても生活感が感じられない。別宅?そんな気にすらさせる。これで恋人がいないとしたら特別な理由の持ち主?と、言う事だろうか。
「広いね、これならいつでも結婚できるね…」
「そうだな、相手がいれば、な…」
男は、掛け布団を手馴れた様子でたたみながら答えた。時折、見せてくれる笑顔は、少し困ったようにも見える。
「……恋人とかは?」
「いない…呑むか?」
「えっ?…うん…」
女が戸惑いながら返事をした。少しは反省するところがあるらしい。男は、苦笑を漏らしながら、新しいロックグラスを女の前に置くとキッチンへと向かった。
(ミネラルと…チーズとハムくらいか…)
男は、適当に皿にチーズと切ったハムを載せると女のところに戻り、ウイスキーの水割りを作り始めた。1:2:1の割合で、ウイスキー:水:氷を入れ、グラスと氷をぶつけないようにステア、掻き混ぜるだけの簡単メニューだ。が、これが中々難しい。氷は、硬質の物を使うと、ウイスキーの味を損ねにくいのだが、好みは個人差がある。薄めに作りつつも色合いが残るように気を使う。
テーブルの真上のピンスポットを点け、少しだけの部屋の光量を増やす。たったそれだけの演出を色々な小物が盛り上げてくれる。
男がグラスを置いたテーブルは、ガラステーブルで、下に黒いBOXが入れられている。それが冷凍庫である事は、水割りを作るときに氷を取り出したので知っている。そのBOXの上、ガラスとの間に一枚の絵が無造作に置かれている。
絵、写真なのだろうか。女は、グラスの斜め下にある水滴模様に気を取られた。スポット光がその水滴を輝かせている。
「どうぞ…」
「あっ…ありがとう……」
女の返事を待たずに男はテレビを消し、音楽をかけた。BGMといえばいいのだろうか。静かな音が流れ出す。空気の流れを感じさせるような柔らかな音色、それがリビングのソファーへと集まってくる。
「こうやって、いつも、女を騙すの?」
「(騙すって…俺をどう見ているんだ?)…俺は君を騙していないと思うけど…」
男は、はにかんだ笑みを零した。口論する気はない。別に、というよりも全くもって口説く気がない。女の自尊心やプライドはこの際、別問題である。
「だって…いちころでしょ…?」
「そうなのか?」
「たぶん……」
「残念ながら、この部屋に来た事があるのは俺の友人だけ……女性、それも単独で来たのは君が初めてだ…」
「…来たって」
「半ば無理矢理つれてきたんだけどな…」
男は、女の横に座らずにテーブルの上の呑みかけのグラスを手にするとカーテンの方へと近付いた。
「別にどうでもいいことだけど……よければ、話せば?」
「えっ?」
「俺には、まずい酒をかっくらって、酔いつぶれるまで騒ぐ、ストレスをさ、もっとも悩みを解決する力はないけれど、話を聞くだけでよければ、できるし…酒を好きな者としては、楽しく陽気に呑んでくれた方がいいし、悪酔いして、泥酔しても、何も変わらないだろう…?」
「……あ、あなたに何がわかるのよ…」
「何も」
男は、振り返りもせずにカーテンを開けながら答えた。振り向きもしなければ自分を見ようともしない。
「何も判らないから、話を聞ける、だけさ…」
「………」
「…夢って……」
男は、ガラスに映る女に向かって微笑みかけてみた。
「えっ……?」
「『夢』ってさ、一種の麻薬みたいなものだろう。嵌ればそこから抜け出せない。もがき、あがいて、一心不乱になって、そこから抜け出すと夢は現実に成っている。一人で抜け出せないのなら、誰かに助けてもらえばいい…一緒に夢を見る人でも、協力してくれる人でも、後押しをしてくれる人でも、誰でも…それは、一つの財産だし…財産ができる事が君の時が怠惰に流れなかった証明じゃないかな」
「…おじんくさい」
女は、俯きながらそう呟いた。
男は、何も言わずにグラスのウイスキーを飲み干した。
どれくらいの時間が過ぎただろう。時計は、まだ、12時を指していない。
「あっ、あの…あたし、勝山美紗……」
「葛西俊平だ…」
男は、ようやく顔を上げた女に微笑んだ。涙の跡が頬を伝っている。
沈黙の数十分。美紗は、何も語らずに、泣きつづけた。その理由は、率直に言えば聞きたいところだが、格好をつけた手前聞く事もできない。ただ、黙って過ぎていく時間ならBGMに耳を傾ければ済む事なのだが、泣かれると気にかかってしょうがない。
別に自分が原因ではないのだが、誰かが来たら、明らかに悪者は俊平になるだろう。
「あたしね、失恋したんだ…」
認めたくなかった言葉を口にした。それは恋の終わりを示していた。自分なりに気持ちの整理をつけた。まだ、何処か、もどかしさが残っているけれど、少しすっきりした。何か釈然としない振られ方だっただけに、イライラとしていただけだ。お酒を飲みに入って、周囲の莫迦な話しにカチンとなって口論になって店を飛び出した。
大人気ないといわれても感情だけはどうする事もできない。酔った勢いで絡んだのは後悔しても始まらない。理性が少し残っていたおかげで、追い出されずに、自分から出ることができた。
「ねぇ、こんなにいい女が泣いているのに何も言わないの?」
(逆ギレかよ…)
俊平は、苦笑を零しながら、ウイスキーをグラスに注ぎ、美紗の隣に座った。
「それなんだけどさ…」
「?」
「『俺の胸で泣けがいい?』それとも『もう泣くなよ』、あとは『気が済むまで泣けばいいさ、付き合ってやるよ』というのがあるんだけど…」
「莫迦!」
言うのが早いか手を上げるのが早いか、美紗の拳は俊平の頭を小突いた。
「『俺の胸で泣けばいい…』がいい」
「俺の胸で泣けよ…」
俊平は、そう言うと美紗の身体を自分に引き寄せ、抱きしめた。胸元でくぐもった声が響き、美紗は俊平の服を強く握り締めた。
美紗が肩で息をするのをやめると俊平は、抱きしめる力を少し抜き、ウイスキーを喇叭呑みし始めた。と、言っても、グラス一杯程度しか残っていない。
(嫌だな…顔を上げるの…)
きっと涙と鼻水で醜いだろうな。と落ち着くと感じてしまう。泣きつかれて寝てしまえれば、俊平が寝ている間に顔を洗えたのに。