人が生を受けた時、この世に生まれたことを嘆く

それは、この先の苦しみを知っているから

望んで手に入れるつもりはないが、それを選んでしまった悔やむ心でもある

人は時として、苦しい道を進む時、ためらうものだ

それは、神と呼ばれるものも同じだ

神は万能ではない、そなたらと同じなのだから

苦しみの正体を知った時、人は愕然とする

何故ならそれは、己が作り出したものだからだ

苦しみを味わう為に、愛を知る為に、この世を選んだのだから当然のことだ

覚えていたのなら、それはもはや、味わうことの出来ないものとなる

生まれた瞬間、人は嘆きと共にそれを忘るる

忘れ、母の温もりを知る

愛しい我が子を想う存在を肌で感じる

それが、始まりの合図

そこから道が始まるのだ

生まれた瞬間ではない

その次の瞬間、歩む道が決まる

その道を変えることは可能

そのまま進むことも出来る

全て己が決めること

忘れるでない、己が決めた道なのだということを

覚悟が決まれば進みは早い

望は叶い、そこからまた、違う道が開ける

多くの同胞を抱え、来世の持ち越しを帳消しにすることも出来る

己が選択と心得よ

誤った道を進んだのなら、正せば良い

それを決めるのも己自身

そう覚悟を決め、事に当たるが良い 


ゼウス 己が信念は己と共に