セカンドオピニオン | 肺癌なわたし。8月8日生まれの未来は明るい!

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ALK患者もうすぐ5年目を迎えます!


遅くに失礼します。 
今日もこのブログを見て下さる方
ありがとうございます。


結局
抗がん剤治療から逃げた私は
教授先生のなんかしろ!

という圧に
今度は

「セカンドオピニオンにいきます!」

と、挑戦状を叩きつけた。

教授先生は

「どーぞー!どこの誰先生?
あ、その先生ならよく知ってるよ!
多分僕とおんなじ事言うだろうね!」

と、笑った。

よし、行ったろやんけーーっ!

一万円を握りしめて私は
県外の呼吸器内科医で優秀な先生と評判の
方に予約をとっていそいそと向かった。


そして


「あなたは肺腺癌、ステージⅢa
5年生存率は20%くらい。
まあ、標準治療をされるか。。。
あ、ALK陽性でしたね。今、治験をしていますが。。
え?治験に参加したい?
んーでもこれは、今までに標準治療をして
それに耐性がついた人が基準なんですよ。

幾らかかるかって?
まぁ承認が降りてないので、かなり高額で
何百万もしますよ。

とりあえず、今治療をしてもしなくても
再発するかどうかは半々ですね。」


とても優しく説明してくれたけど
結局、教授先生とほぼおんなじ答え。

おまけに
ずっと私の名前を間違えてて、最後の最後に
間違いに気付きましたね!!

まぁ確かに私の名字はよく間違われるが。。
いちいちそれが気になったし!


1時間の説明で私の握りしめた
一万円はすっ飛んでいった。
病気ってなんでもおカネかかるのね泣

でも今思うと、やっぱり自分の主治医の
方が自分の事を親身に対応してくれてた
ように思う。
セカンドオピニオンの先生にしたら私は
見ず知らずの人やしね。
(これは私の偏見です)
べつにセカンドオピニオンなんか行かなくても良かったのかも。

そんなことする時間があったら
教授先生にもっと相談するべきだったのか。

私はこの時は
癌という病気がどんなにしつこくて
恐ろしい病気なのか全然分かってなかった。

教授先生はその道の専門家だ。

なのに
どーしてあんなに反抗的だったのか。



怒りだったのか。

悲しみだったのか。

こんなはずじゃなかった。
なんで仕事もせずに毎日こんなことで
悩んでいるの?

身体も痛い。

外見は何にも変わってないのに

中身はそうじゃないの?




自業自得だね


って思われてるの?


ううん、
私はもう復活するさ!
また皆と一緒に大好きな仕事をする!



何事もなかったように。




そしてそれから半年間
1ヶ月に1回の診察だけ受けながら、
仕事に復帰。

教授先生もセカンドオピニオンの
結果は

「うーん。なるほどーっ」

と言ったっきり

治療をしない選択をした私に
もう標準治療はすすめなかった。




仕事に戻った私は
スタッフの皆のお陰で
無理することなく、楽しく過ごしていた。








2011年12月


術後初めて脳のMRIを受けた。

この結果は私がすぐ治療をせず
半年間も放っておいたからなのか、

教授先生が半年間も検査をせずに
放っておいたからなのか

それとももうすでに
手術をした時点からあったのか

それはわからない。

ただ事実はひとつ。


脳転移2ヶ所。



私はどん底に突き落とされてしまった


もう先生の言うことから
逃げられない。

いや、病気から
逃げられなくなったのだ。