さぶのブログ -7ページ目

さぶのブログ

ブログの説明を入力します。

これも、人生60年生きていたら、ひとつやふたつ、たいていの人は不思議な体験をしていると思う

私の場合はおそらく3〜4歳くらいがスタートだった
まだ小さかった私は両親の間に寝ていて、東側の窓から明かりが出てきてたので明け方…その窓側の隣の家はお豆腐屋さんの作業場で、機械の音や大豆の匂いがいつもながらしていて…という普通の風景の中に、上の方から強い光が射して、私の名前を2回呼ぶ声が…
「あ、おばあちゃんだ」と子供心にすぐわかったのだが、と同時に気付いたのが「この間、おばあちゃんは死んだのに…」という事💦

母方の祖母のお葬式ははじめての出来事でとても鮮明に覚えていて、母は沢山いる兄弟の末っ子だったので、その子供である私は従姉妹の中でも1番下だったこともあり、可愛がってもらった

急に怖くなって泣いてしまい、母親に抱きついたのを覚えている

両親は寝ぼけたんだろうと笑ったけど、あの声のその響き方は今でもはっきり覚えている…

はるか彼方、上の方から響いていた事を…



亡くなった人の想いが何かしらの形で届けられる事もあるのを経験してから、人の生死に対してとても興味を抱いたのは間違いなく、この世は今生きている人間だけじゃないんだな…と思った

そして、それをもっと裏付けた出来事に遭遇するのだが…

それは小学生の高学年?あたりだと思う

実家の近くのバス通りで本屋さんでの買物帰り、雨降りで暗くてジメジメしていた夕方くらいの時間帯、通りすがる人達もまばらだが、あまり気にすることなく歩いていて、明らかに普通の人とは違う気配を感じ取って、思わず見上げて見た顔が凄くて私の顔はこわばってしまったが、そう見えないようにカモフラージュするのでいっぱいいっぱいで、じっくり見てはいないのだが、皮膚が普通ではない(ケロイドみたかったので火傷の人…と思ったが、そうではなく爬虫類みたいな顔の皮膚)その他は背広を着て、黒い傘をさしていて後姿は普通なんだけど、どうして周りの人はなんのリアクションもないのか不思議で、しばらくは周りの人達を見回したくらいだった!笑

でも、子供心に、それ以上確認するのも追求するのもヤバい気がして静かにその場を立ち去ったけど、興奮は治らず、家族に話すも、空襲の時に被害を受けた人だろう…で片付けられた

実家のある土崎は終戦前日に空襲を受けた地区

亡くなった人も多いが、火傷の人も少なくないので両親は子供時代にそれを経験してるのでその被害者だと…

私はそれ以上騒ぐ事もなく、静かにこの経験をフェードアウトしていたのだが、何年か前に、この話をあり得る事として受け止めてくれた方と出会い、やっぱり私は間違ってなかった!と嬉しく思った!

なんと、宇宙人説ですね

そして、そう言えば…的な、あとから、あとから

肯定できる様な細部まで思い出して、私の中の不思議遭遇体験になった


その後は思春期にありがちな、幽体離脱や金縛り

など、沢山経験するが、金縛りで最も強烈な出来事を2つ!

大館市の会社の寮に住んでいた頃、高い場所にあり、桂城公園に近い古い建物の一軒家のあちこちの部屋に先輩、後輩がごちゃ混ぜに住んでるその場所は本当にヤバかった💦笑

ある日、みんな休みの前の日には秋田市の実家へそれぞれ帰るのだが、私1人残った日の夜の事

あ、来るかな?って金縛りの前段階の感じまではなんの事もないいつも通りで怖くはなかったのだが、その日は音が大音響で耳から頭に入ってきて、イメージとしては何十人、何百人の鎧をつけた人間が列をなして行進している様な音、「ザック、ザック!」と近づくにつれて耳を覆いたくなるくらいの音!そして、その家の玄関の前でピタッと止まり、静寂が!金縛りが解けてから、思わず窓から外を見るが、案の定何にもない!

あのくらいの音が実際にあったら、近所の家だって皆起きて確認するはずなのに、誰もそんな事をする人はなく、静かな夜に戻ってた

そして1人で納得

「お城の近くだものな…」

この時の音も絶対に忘れないひとつ


そして、嫁ぎ先の家、姑がまだ生きていた頃に

遭遇した出来事

「この家は、3代前までお寺の住職でその後は人に譲り、今は何の関係もないのよ」と聞いていたのでなんとも思ってなかったのだが、ひとつ目は

春彼岸の連休を利用して、主人の姪が仙台の大学生で1年までは寮に入れるのだが2年になる時には出ていかなくてはならず、新しく見つけたアパートへの引越しの手伝いに、我が家から全員行って連休いっぱい滞在して明日からみんな仕事と学校…という日の夜に自宅に帰ってきて、仏壇に備えていたお花の水を変えて、お供えを下げて、寝たところ…

あ、来た!と金縛りだったのだが、右の耳から何かが入るように声が聞こえて左に抜けていったその言葉は…

「なんで家を空けていた!」というお叱りの言葉

そもそも、数日も全員出かけてしまう事がない家なので、初めての出来事だと

ご先祖様に叱られてしまい、その後はお盆、彼岸は何があっても必ず誰かが家にいる様にしている


そして、最大の出来事

その日も、寝ていてパッといきなり目が覚めて、

なんか来たな…と金縛りから始まり、付け足して作った寝室は廊下に面してガラス戸で仕切られてるのだが、イメージではそのガラス戸の向こう側にズラ〜と少なくとも5〜6人のお坊さんが袈裟を着て並んでいるのだが、これまた大音量のお経を唱えていて、よくも、こんな大きな音なのに家族の誰一人も起きないのが不思議で仕方なかった

結局は私にしか聞こえていないものだったのだが、お経が終わるまで身動き取れなかった

この不思議体験は後に色々と意味が分かり、私が何故か伝達係に選ばれた様な感じで、解決させていく10数年があったのだが、おかげさまで、今は多少の事ではびくともしない、恐れ知らずの女になってしまった💦


私もあと10年、20年であっち側の人になる前に

キチンと色々伝えて、心残りのない様にしていかないとな…という教訓になってます


細かい出来事はもっと沢山あるけれど、

理屈では解決出来ない不思議な事…

子供や孫にもしっかり伝えて、怖い体験を訴える子供や孫の話を真剣に向き合って聞いてあげるように今も頑張っている