『日本国記』  清少納言も紀貫之も知っていたギリシャ神話      限りなく真実に近いアナザーストーリー  【54A】    ひじかたすいげつ 
 

 

 「紀貫之」は土佐では有名人である。「男もすなる日記というものを女も書いてみんとてするなり」と始まる「土佐日記」を書いた人物。「土佐日記」は土佐国の国司となって赴任する道中に書いたことになっている。

 

 「紀貫之」は武内宿禰の子孫の紀氏の後裔と思われる。彼は古今集三十六歌仙の一人でもある。彼の詠んだ歌に「かきくもり あやめも知らぬ大空に ありとほし をば思うべしやは」とある。これは「蟻通の神」が祀られていると知らずに通ったところで馬が死ぬべく患ったという。その場所には社もなく手水舎もなく、とりあえず手を洗って神の居ると思う方向にひざまずいてこの歌を読んだという。するとその験あって馬は回復したという。

 

 「ありとほし」とは空の星ではない。「蟻通」のことである。「蟻通の神」のことである。

 

 「蟻通の神」とはギリシャ神話の「ダイダロス」のことである。

 

 「ダイダロス」は息子の「イカロス」と共にクレタ王ミノスから逃れシシリー島に隠れていたが、ミノスは「ダイダロス」を捜すために「小さな穴の開いた巻貝に糸を通したものに賞金を与える」と宣言した。これを聞いた「ダイダロス」は蟻に糸を結んで巻貝の穴を通した。こんなことができるのは「ダイダロス」しかいないということでミノスに見つかってしまったという逸話がある。

 

 紀貫之はそれを知っていた。のみならず「蟻通」とは「蟻が穴を通す」というだけではなく、「蟻通」そのものが「daidalos」からとっているという。「daidalos」は並べ替えると、「alidoads」つまり「アリドアズ」から「アリドーズ」となる。

 

 そしてこのことを理解した「清少納言」もすごい。

 

 「枕草子」には、「蟻通の明神 貫之が馬のわづらひけるに この明神のやませたまふとて 歌詠みて奉りけるに やめたまいけん いとおかし」と。

 

 平安時代にはすでに「ありとほしのかみ」はギリシャからきていたことに。当然と言えば当然である。実は景教としてのキリスト教はもっと以前に来ているのだから。ユダヤの神もギリシャの神もインドの神も。

 

 

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