くくるくくぱろま(5) | 土方美雄の日々これ・・・

くくるくくぱろま(5)

今日の回診で、本山先生と小日向先生から、ここまま順調なら、あと1週間で抜糸可能なので、それが終わったら退院していいでしょう・・と、伝えられた。

まぁ~だ、開腹手術の跡は、ガーゼとビニール・テープで、シッカリ、固定されていて、寝ている状態から、身体を起こした時など、相当、痛むし、時々、血の混じった体液も出て、ガーゼを赤茶色に染めるが、それはすべて想定内で、回復状態は極めて良好だと、先生方はいう。

今日から普通食といわれ、すでに、朝食として、トーストした食パン1枚にイチゴジャム、野菜と玉子の炒め物に、バナナ半分、パック入りの牛乳が出た。そのすべてを平らげ、食後にコーヒーでも飲もうかと、財布だけ持って、エレベーターに乗って、地下の売店前にある、コーヒーの自販機に向かう。

地下には、売店の他、CTスキャンの部屋があり、暗い廊下がさらに奧へ、続いている。多分、その先には、霊安室があるのだと、私は考えている。いずれも別の病院でのことだが、以前、父や母が死んだ時、遺体は地下の霊安室に移され、そこで警察官による検死が行われ、その後、葬儀社の車が到着するのを待つことになった。きっと、それはどこの病院でも、同じだろう。

だから、おそらく、この先には、霊安室がある。入院して、無事、退院出来なかった者は、そこから、葬儀社の車に乗せられ、なるべく、入院者や通院者の目につかぬよう、ひっそりと、退出することになるのである。

売店で、朝刊を買ったあと、自販機にお金を入れ、モカのホット、ブラックを選択し、ボタンを押した。

コーヒーが自動抽出され、出て来るまでに、少し、時間がかかるので、ソファーに座って、待つ。エレベーターのドアが開き、白衣の看護師が、こちらを、横目でチラッと見て、しかし、歩みを止めることもなく、足早に、廊下を歩み去っていった。

自販機の取り出し口が開き、コーヒーのよい香りが、漂って来た。病室に持ち帰るより、ここで飲んでしまおうと、紙のカップを片手に、ソファーに戻って、腰を下ろした。

そこから、長い廊下の奥のドアが、よく見える。そのドアが突然、開いて・・そこで、目が覚めた。

一瞬、今がいつなのか、よくわからず、混乱する。病室内は暗く、多分、夜だ。カーテン越しに、隣のベッドから、ゼイゼイいう、荒い寝息が・・。

お、おかしい・・隣にはまだ、誰も、新しい患者が入っていないハズ。しかも、私の記憶では、今はまだ午前中で、私はコーヒーを飲みに、エレベーターに乗って、地下に向かったのではなかったか。

そして、奧の廊下のドアが、いきなり、開いて・・それからあとの、記憶がない。それとも、それはすべて、夢だったのか?でも、カーテン越しに聞こえる、あのゼイゼイという寝息。

思い切って、隣のカーテンを、少し、開いてみる。もちろん、そこには誰もおらず、シーツが剥がされた、剥き出しのベッドがそこにあるだけだった。

私は何が何だかわからず、起きて、病室を出た。

そこに、奧へと続く、暗く、長い廊下があった。そこは、地下だ。思わず、部屋に戻ろうとして、エレベーターの閉まったドアに、激突してしまった。売店も、シャッターを下ろし、CT室にも明かりはない。

何だ、何なんだ。

とにかく、エレベーターのボタンを押すが、エレベーターは上の階で、止まったままで、地下へ降りてくる気配がない。

私は、パニックになりかけていた。

その時、背後の廊下の奧で、ドアが開く音がした。

(続く)