こんにちは。
空腹と
ちょっとの孤独に
耐えたあと
夫の持ち来る
スープをなじる
俵万智「三十一文字のパレット(3)」より
この短歌はですね、最初、
やはり、違和感が
あったんですよ、はい。
これは、俵万智さんの
解説が本当にありがたかった。
一部省略しながら、万智
さんの言葉を引用します。
歌集の前後の歌から、作者は癌におかされ、死を目前にしていることがわかる。(中略)
「なじる」とは、相手を非難する言葉だが、この歌では、なじることのできる相手がいることの幸福感のほうが、強く出ている。
おなかが空いていたのに、誰も気づいてくれない状況は、病人にとっては、不安なものだろう。けれどそれは、「ちょっとの」孤独だ。
「ちょっとの」には、そのあとで必ず
気づいてくれる夫がいる。そのこと
への安堵が見え隠れする。
どうしてもっと早く気づいてくれなかった
の? このスープ熱すぎるわ…そんなことを
言いながら、そんなことを言える「今」を、作者はを心ゆくまで味わっているのだろう。
だからこの「なじる」は、かぎりなく
「甘える」に近い言葉なのだ。
最初に抱いた「違和感」を、
僕は反省しました。
夫婦、さまざま。
その夫婦にしかわからないことが、
少なからずあるよなぁって。
そして、思わず、目頭が熱くなりました…
(ノД`)
ひーろん。 \(☆´∀`)/