副題に“銭形平次ミステリ傑作選”とあるように、神田明神下に住む、凄腕の岡っ引・銭形平次が主人公のシリーズの中から書評家の末國善己さんが編者として、ミステリに特化した傑作を厳選した短編集です。
383編にも及ぶ捕物帳のスーパーヒーローの活躍譚の中から17編の短編が収録されています。
「振袖源太」
「人肌地蔵」
「人魚の死」
「平次女難」
「花見の仇討」
「がらッ八手柄話」
「女の足跡」
「雪の夜」
「槍の折れ」
「生き葬い」
「櫛の文字」
「小便組貞女」
「罠に落ちた女」
「風呂場の秘密」
「鼬小僧の正体」
「三つの菓子」
「猫の首環」
神田明神下に住む岡っ引の平次(銭形平次)が主人公です。
銭形平次は、1931年に『文藝春秋オール讀物号』創刊号に掲載された「金色の処女」でデビューします。
これが、“銭形平次捕物控”の第1作目となり、1957年までの26年間に長編・短編あわせて383編が発表されました。
この作品に収録された17編の発表年は、1931年から1951年まで戦争を挟んで20年に渡っており、各話は発表年順に収録されています。
なお、第10話「生き葬い」以降が戦後に発表されたものです。
平次は最初は独身ですが、途中から恋女房のお静と共に暮らすようになります。
また、子分の八五郎(がらッ八)はテレビドラマ等では下っ引きとして描かれることが多いですが、原作では平次を親分と慕う一人前の岡っ引きです。
平次は持ち前の卓越した推理力と寛永通宝による投げ銭を駆使して事件を鮮やかに解決していきます。
編者が厳選しただけあって、収録作は、平次が川へ身を投げようとする老人を止めたことで、大店の呉服屋の5人の子どもたちが次々と行方不明になるという怪奇な事件を知り、その解決に乗り出す「振袖源太」、巣鴨の庚申塚の黒木長者の厳しい土塀の外にある地蔵が人肌ぐらいに生温かくなるという不思議な噂に平次が事件の発生を予感する「人肌地蔵」、見せ世物小屋にて、水槽で泳ぐ美女2人ふたりのうち1人が殺された謎を平次が解く「人魚の死」、通り掛かりに身投げに出会った女を助けて自宅に連れ帰った平次が女難にあう「平次女難」、花見の余興のはずだった敵討ち芝居で本当に人が斬り殺されてしまう「花見の仇討」、八五郎から報告を受けた平次が二日酔いのため腰を上げず、八五郎の話を聞いただけで謎を解く「がらッ八手柄話」、呉服屋の後妻の連れ子である娘が殺され、三輪の万七に下手人と疑われた先妻の娘を救うために平次が乗り出す「女の足跡」、雪の夜に吉原の主人が山谷の寮で殺された事件に平次が挑む「雪の夜」、平次が八五郎が持ち込んだ2年前に死んだ人間が人を殺したという怪奇な謎を解く「槍の折れ」、平次も招かれた豪華な生前葬の場で発生した殺人事件を描く「生き葬い」、八五郎が叔母の知り合いから櫛に彫られた文字の謎解きを頼まれ、平次に相談する「櫛の文字」、評判の良い美人の妾が奉公した材木屋で、店を脅かす事態が発生する「小便組貞女」、大地主の遺産を巡る連続殺人に平次が挑む「罠に落ちた女」、妻妾同居の家で2人の妾が相次いで殺された事件を描く「風呂場の秘密」、八五郎が世間を騒がす怪盗・鼬小僧ではないかと疑われる「鼬小僧の正体」、内儀と妾と養女の3人が一緒に菓子を食べ、妾だけが毒殺される「三つの菓子」、好人物と評判の米屋で先代が殺された事件を平次が調べる「猫の首環」とミステリ色が濃厚な作品ばかりです。
その内容も、人間消失事件(「振袖源太」)、衆人環視下の殺人(「人魚の死」)、安楽椅子探偵もの(「がらッ八手柄話」)、雪の密室(「雪の夜」)、暗号もの(「櫛の文字」)、科学捜査(「風呂場の秘密」)、毒殺トリック(「三つの菓子」)と非常にバラエティに富んでおり、さまざまな趣向のミステリが楽しめます。
私のお気に入りは、第7話「女の足跡」と第15話「鼬小僧の正体」です。
「女の足跡」では、呉服屋四方屋次郎右衛門の家で後妻の連れ子のお皆が殺され、三輪の万七は先妻の娘のお秀に疑いをかけます。
八五郎の叔母さんの知り合いのお谷婆さんに頼まれて、平次はこのお秀を救うために乗り出しますが、主人の次郎右衛門や手代の喜三郎だけでなく、お秀やお谷婆さんまで自分が犯人だと言い出します。
さらに、四方屋の食客の寺本山平と平次との推理合戦も読み応えがあります。
平次の合理的な謎解きが光る一編です。
「鼬小僧の正体」では、何と八五郎が三輪の万七から怪盗・鼬小僧ではないかという疑いをかけられます。
次々と明らかになる手がかりに読者が翻弄される中、平次が5人の容疑者の中から鼬小僧の正体を明らかにするフーダニット(Whodunit)ミステリです。
ミステリファンも楽しめる一冊です。
櫛の文字 (銭形平次ミステリ傑作選) (創元推理文庫)
1,404円
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表紙のイラストは、漫画家でイラストレイターの森美夏さんです。
十手を口に咥え、まさに銭を投げようとしている平次が描かれています。
森美夏さんのツィッターはこちらです。→https://twitter.com/moriyoshinatu
[2019年2月8日読了]