史跡めぐりで石川県七尾市の能登国分寺跡を訪れた。
| 名所・旧跡名 | 能登国分寺跡(のとこくぶんじあと) |
| 所在地 | 石川県七尾市国分町9 Google地図 緯度・経度 37°01'29.8"N 136°57'27.0"E 37.024957, 136.957512 |
| 訪問日 | 2026年(令和08年)06月05日 |
【国】史跡
・能登国分寺跡 附 建物群跡(1974年(昭和49年)12月23日指定)
(引用)ウィキペディア(Wikipedia)
能登国の国分寺は定額寺の大興寺を前身とする。大興寺はこの地方を支配した能登臣(のとのおみ)の一族により、飛鳥時代末期に建てられた。 天平20年(748年)に大伴家持が能登を巡行していた当時は能登国は越中国に併合されており、この併合時代には、家持を含め国司は9人であった。 承和10年(843年)、能登国司に赴任した春枝王により、大興寺を国分寺に昇格。 天平13年(741年)に聖武天皇が国分寺建立の詔を発布してから約100年経てからの建立であった。 元慶6年(882年)、雷による火災に遭い、天文元年(1532年)、畠山義総が米一石を寄進している。
寺跡は史跡公園として整備され、平成4年(1992年)に能登国分寺公園として開園した。 公園内には南門と塀の一部が復元され、中門、金堂、五重塔、講堂、回廊などの跡が表示されている。 また、出土品や復元模型などを展示する能登国分寺展示館がある。
