神社仏閣めぐりで富山県中新川郡上市町の立山寺を訪れた。
| 山号・寺名 | 眼目山 立山寺(がんもくさん りゅうせんじ)、(通称)眼目の寺 |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 御本尊 | 釈迦如来 |
| 所在地 | 富山県中新川郡上市町眼目15 Google地図 緯度,経度 36°41'48.1"N 137°23'55.2"E 36.696683, 137.398679 |
| 創建年 | 北朝応安3年・南朝建徳元年(1370年) 北朝永和3年・南朝天授3年(1377年) |
| 開基 | 大徹宗令 |
| 御真言 | のうまく さんまんだ ぼだなん ばく |
| 御詠歌 | |
| 参拝日 | 2026年(令和08年)06月01日 |
・弘誓会 新西国三十三ヶ所観音霊場 第1番
(引用)ウィキペディア(Wikipedia)
開山は建徳元年(1370年)、曹洞宗大本山總持寺二代峨山紹碩禅師の高弟大徹宗令禅師による開である。 峨山後の総持寺の運営は、応安3年(1370年)の峨山置文により五院開基の連判状ができ、 本寺総持寺の住持職を五院が輪住する制度が行われるようになった。 七堂伽藍の整った立派な寺であったが、永禄年間(1558年~1569年)長尾景虎(上杉謙信)が加越能攻の兵火でほぼ全焼し、開山堂のみ残った。 天正年間(1573年~1590年)、佐々成政が富山城築城のときに神通川の神を鎮めるため立山寺に祈祷を命じ、 察花(眼目)村・極楽寺村の土地の中に寺領を設定し、立山寺の山の字から一画をとり、川の字にして立川寺と称せしめたといわれる。 明治32年(1899年)、三十四世長谷川天頴は立川寺の寺号を立山寺と改称したという。 昭和9年(1934年)火災により本堂が全焼した。 昭和28年(1953年)、火災により本堂、開山堂、位牌堂、御殿、侍風林、土蔵2棟を焼失。 現在の堂宇(本堂)は、昭和54年(1979年)に再建。
