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神社仏閣めぐりで秋田県能代市の七座神社を訪れた。

神社名 七座神社(ななくらじんじゃ)、(別名)七座山天神宮
社格等 旧県社
鎮座地 秋田県能代市二ツ井町小繋字天神道上67
Google地図
緯度,経度 40°12'07.2"N 140°15'25.9"E
40.202005, 140.257179
主祭神 国常立尊・国狭槌尊・豊斟渟尊
伊弉諾尊・伊弉冉尊・菅原道真尊
創建 斉明天皇4年(658年)
御神徳  
参拝日 2026年(令和08年)04月27日

(引用)ウィキペディア(Wikipedia)
斉明天皇4年(658年)、阿倍比羅夫が水軍を率い、蝦夷征伐のためこの地まで赴いた。 この軍に対し、齶田(アギタ)・渟代(ヌシロ)・肉入籠(シシリコ)の蝦夷は『私たちは弓矢を持っていても決して敵対するものではない。 「齶田の浦神」(七座山天神宮)に誓って申し上げる』と許しを乞うた。 首長「恩荷(オガ)」のこの言葉に、比羅夫は彼等の降伏を認め、馳走してねぎらい、 七座神社には船一そうと五色の綵帛(しみのきぬ)を奉納して、この地域の平和と発展を祈願したという。(日本書紀) また、天正18年、豊臣秀吉が北條氏を討ち果した際、故あって織田信雄公が秋田に流された。 その時、家臣浜田与衛門が主君のため一心に七座天神宮に祈願し、その御加護によって無事帰ることができたと伝えられている。 藩主佐竹公も、代々七座神社を信奉し、巡国のたびに詣で、掛軸や刀剣類を奉納し、社殿の造営にも多額の募財を献じている。 もともと、境内から米代川原に通ずる石段を上り下りしての参拝だったのは、阿倍比羅夫が船を繋いだという故事によるものであり、 今なおその古ぼけた43段のきだはしは、信心の篤い崇敬者の「お参りの道」となっている。