「続日本100名城」めぐりで長野県諏訪市の高島城を訪れた。
| 城名 | 高島城(たかしまじょう)
長野県諏訪市高島 Google地図 緯度,経度 36.039794, 138.112022 |
| 別名 | 諏訪の浮城、島崎城、諏訪高島城 |
| 城郭構造 | 連郭式平城 |
| 天守構造 | 独立式望楼型3重5階(1598年築 非現存) (1970年RC造復興) |
| 築城年代 | 文禄元年(1592年) |
| 築城主 | 日根野高吉、(主な改修者)諏訪忠粛 |
| 主要城主 | 日根野氏、諏訪氏 |
| 廃城年 | 明治8年(1875年) |
| 遺構 | 石垣、堀、門 |
| 再建造物 | 天守、櫓、門、塀 |
| 登城日 | 2026年(令和08年)04月13日 |
【市】史跡
・続日本100名城(30)
・日本さくら名所100選(100選以外)
(引用)ウィキペディア(Wikipedia)
日根野氏によって総石垣造で8棟の櫓、6棟の門、3重の天守などが建て並べられ近世城郭の体裁が整えられたが、 軟弱な地盤であったため、木材を筏状に組み、その上に石を積むなどの当時の最先端技術が用いられた。 それでも石垣が傷みやすく、度々補修工事を加える必要があったという。 7年間の短期間で築城したため、かなり無理をしたらしく、地元では「過酷な労役に苦しんだ」「石材を確保するため、 金子城の石材は全て持ち出したほか、墓石、石仏も用いられた(転用石)」などの伝承が残る。 かつては諏訪湖に突き出した水城で「諏訪の浮城(すわのうきしろ)」と呼ばれていたが、 江戸時代初めに諏訪湖の干拓が行われ、水城の面影は失われた。 しかし、浮城の異名を持っていたことから日本三大湖城の一つに数えられている。
▼続100名城のスタンプと御城印は、天守閣資料館1階展示室内で頂きました
▼高島城のパンフレット


