「近江西国三十三ヶ所霊場」、「びわ湖百八霊場 」めぐりで滋賀県米原市の観音寺を訪れた。
| 山号・寺名 | 伊富貴山 観音寺(かんのんじ)、(別称)大原観音寺 |
| 宗派 | 天台宗 |
| 御本尊 | 十一面千手観音 |
| 所在地 | 滋賀県米原市朝日1342 Google地図 緯度,経度 35°23'20.0"N 136°20'17.8"E 35.388882, 136.338273 |
| 創建年 | 仁寿年間(851年~853年) |
| 開基 | 安祥上人(三修沙門) |
| 御真言 | おん まか きゃろにきゃ そわか |
| 御詠歌 | ねがえひと なにしおおみの いぶきやま ほとけのまもる くにのさかえを |
| 参拝日 | 2026年(令和08年)04月11日 |
【国】重要文化財(建造物)【名所・旧跡 - 滋賀県】
・観音寺本堂・鐘楼・惣門(1993年(平成5年)4月20日指定)
・近江西国三十三ヶ所霊場 第12番
・びわ湖百八霊場 第47番
・日本古寺100選 83
縁起:(引用・参照)ウィキペディア(Wikipedia)
仁寿年間(851年~854年)、三修によって創建された。 もとは伊吹山四大護国寺として法相宗に属していたが、弘和(永徳)3年(1383年)に天台宗に改めた。 長浜城主の羽柴秀吉が鷹狩りで立ち寄った際、寺の小僧をしていた石田三成を「三碗の才」で見出したことで有名。
本堂は、正徳6年(1716年)、鐘楼は享保10年(1725年)の建築で、ともに地元の大工宮部太兵衛が棟梁をつとめた。 惣門はそれに続く18世紀中期の建築である。 本堂は、内陣の龍の持ち送り彫刻や内部の仕様・彫刻を各部で変化を持たせる点に特徴があり、 滋賀県の近世社寺建築を代表する仏堂として貴重な建物である。 鐘楼、惣門は、本堂と一連の建築で境内の構成や景観を考える上で重要である。
▼観音寺のパンフレット


