「近江西国三十三ヶ所霊場」、「びわ湖百八霊場」めぐりで滋賀県甲賀市の檜尾寺を訪れた。
| 山号・寺名 | 補陀洛山 檜尾寺(ひのおじ) |
| 宗派 | 天台宗 |
| 御本尊 | 千手観音(重文) |
| 所在地 | 滋賀県甲賀市甲南町池田43 Google地図 緯度,経度 34°54'00.4"N 136°12'07.4"E 34.900100, 136.202052 |
| 創建年 | 【伝】仁寿3年(853年) (中興)宝永年間(1704年~1711年) |
| 開基 | 【伝】円仁、(中興)隆照大和尚 |
| 御真言 | おん ばざら たらま きりく (そわか) |
| 御詠歌 | 補陀落の 峰より 落る瀧の水 絶へぬ流れや 池田なるらん |
| 参拝日 | 2026年(令和08年)04月09日 |
・近江西国三十三ヶ所霊場 第30番
・びわ湖百八霊場 第84番
・甲賀西国三十三所 第11番
(引用)ウィキペディア(Wikipedia)
寺伝によれば、大師が根本中堂を建立の際、木材を求めてこの地を訪れたが、大蛇が山にいて樹木を焼き人々に害をなしていた。 大師の夢に老翁が現れ、「降伏せんと欲する大蛇は不加天津彦火瓊杵尊神なり。 龍法を禁じ我これより南山那智に居す。」と言って姿を消した。 大師は観音の霊告を喜び千手観音像を自作した。 明神本迹の修法をしたところ、蛇はその形を変え、雲煙となった。これにより、補陀落山、火尾寺と号した。 仁寿3年(853年)に円仁が文徳天皇の奉勅により堂宇を再建したと伝えられる。 この時、火の字を檜に変え、檜尾寺と改称した。かつては檜尾社の別当職として28院6坊を有する大寺であった。 永禄(1558年~1570年)以降、数回の兵火にかかり、宝永年間(1704年~1711年)に隆照大和尚が再建した。 また、安政年間(1854年~1860年)に元空大和尚が現在の本堂を再建した。 明治維新前は境内を接する檜尾神社の別当寺で、これに文殊院が接している。

▼近江西国三十三ヶ所霊場、びわ湖百八霊場の御朱印です
