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神社仏閣めぐりで三重県度会郡大紀町の瀧原宮を訪れた。

神社名 瀧原宮(たきはらのみや)
旧社格 式内社(大)、皇大神宮別宮
鎮座地 三重県度会郡大紀町滝原872
Googleマップ
緯度・経度 34°21'57.5"N 136°25'33.3"E
34.365979, 136.425908
御祭神 天照大御神御魂
(あまてらしますすめおおみかみのみたま)
創建 804年以前
御神徳  
参拝日 2026年(令和08年)年04月07日

(引用)ウィキペディア(Wikipedia)
内宮(皇大神宮)の別宮。対となる別宮である瀧原竝宮(たきはらならびのみや)が並立されており、 瀧原竝宮の主祭神は天照坐皇大御神 和御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま にぎみたま)。
瀧原宮の、正確な起源はわからない。 本宮は、倭姫命が内宮よりも先に天照大御神を祀った場所という伝承がある。 『倭姫命世記』によると、第11代垂仁天皇の皇女倭姫命が、宮川下流の磯宮(いそのみや)より 天照坐皇大御神(天照大神)を祀る地を探すために上流へ遡ったところ、 宮川支流『大内山川』の流域に「大河の瀧原の国」という美しい場所があったので、草木を刈り新宮を建てた。 だが天照皇大神の神意により、現在の内宮のある伊勢市宇治館町に新宮(五十鈴宮)を建てたため、 天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)を祀る別宮となったとされる。
なお天照大神を過去に祀っていた場所を元伊勢と呼ぶが、別宮とされたのは瀧原宮だけである。 別宮とされた理由は不明であるが、ヤマト王権が勢力を南下させるにあたり重視した説などがある。

▼瀧原宮の御朱印です

▼瀧原宮・瀧原竝宮のパンフレット