「広島新四国八十八ヶ所霊場」めぐりで広島県広島市の福王寺を訪れた。
| 山号・寺名 | 金亀山 事真院 福王寺(ふくおうじ) |
| 宗派 | 広島県真言宗教団 |
| 御本尊 | 不動明王 |
| 所在地 | 広島県広島市安佐南区伴東町810-1 Google地図 緯度・経度 34°32'32.7"N 132°29'43.6"E 34.542416, 132.495435 |
| 創建年 | 弘仁2年(811年) |
| 開基 | 弘法大師 |
| 御真言 | のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん |
| 御詠歌 | 今この身 この世にありて ありがたや つねに太師の み手にひかれて |
| 参拝日 | 2026年(令和08年)03月09日 |
・広島新四国八十八ヶ所霊場 第21番
(引用)広島新四国八十八ヶ所霊場HPより
嵯峨天皇の御代、弘仁2年(811年)に弘法大師によって開基されました。 その由来は、諸国修行中の大師が当山に登られた折、林の中の一樹に一丈有余もある不動明王像を彫られたのが始まりとされています。 この時、池に棲む金色の亀が水中から浮かび出て、大師に礼拝をしたことから山号を金亀山と称し、 後に淳和天皇から事真院福王寺の号を賜ったことに因んで、金亀山福王寺と名づけられたといわれます。 堂塔伽藍は淳和天皇の建立によるものです。 こうして開基爾来、盛時には大毛寺、綾ヶ谷、九品寺を寺領とする霊山勝地の道場として山上に12、山麓に48の寺坊を連ねるまでになりました。 しかし、一時衰微の兆がみえておりましたが、正和四年(一三一五)禅智上人によって再興されました。 時に福王寺第二世僧正観雅住持、奏を経て東寺より仏舎利並びに大師の御真影を賜り、当寺に移しました。 こののち代々の帝の尊敬厚く、足利尊氏公は五重塔を建立。足利満政公からは御教書を賜り、毎年、四季天下安全の護摩供修行が恒例となりました。 その後、一時荒廃しましたが、安芸の国守護武田伊豆守氏信氏の尽力によって、今日の姿に再興されましたが、 昭和52年9月落雷により金堂が焼失し、昭和56年に現在の御堂が建立され、損傷した不動尊を胎内仏にした、

▼広島新四国八十八ヶ所霊場の御朱印です
