神社・仏閣めぐりで群馬県太田市の「大光院」を訪れた。
| 山号・寺名 | 義重山 大光院(だいこういん) (別称)子育て呑龍、呑龍様 |
| 宗派 | 浄土宗 |
| 御本尊 | 阿弥陀如来 |
| 所在地 | 群馬県太田市金山町37-8 Google地図 緯度,経度 36°18'20.4"N 139°22'12.0"E 36.305671, 139.370007 |
| 創建年 | 慶長18年(1613年) |
| 開基 | 徳川家康、呑竜(どんりゅう) |
| 御真言 | |
| 御詠歌 | |
| 参拝日 | 2025年(令和07年)06月06日 |
・上州太田七福神(弁財天)
・東上州三十三観音霊場 番外特別
・新田秩父三十四観音霊場 第15番
・日本古寺100選 10
縁起:(引用・参照)ウィキペディア(Wikipedia)
慶長16年(1611年)、徳川家康は徳川一族の繁栄と天下泰平、 さらにご先祖の新田義重の追善供養のため菩提寺を建立する計画を立てた。 家康は、この問題を芝増上寺の観智国師(かんちこくし)に相談し、菩提寺建立の適地として太田金山南麓が選ばれた。 そして、観智国師の門弟で四哲の一人といわれる呑龍上人が招聘され創建された。 境内裏には、新田義重や呑龍上人の墓がある。義重は九条兼実に従い法然上人に帰依した。 建久6年(1195年)に寺尾城内に大光院を建立した。 時を経て、家康は観智国師・土井利勝・成瀬正成に遺跡を探させ、墓石と礎石などをここに移した。
子育て呑龍 呑龍は当時、多くの子どもが間引かれて殺されていたことを悲しみ、これらの子どもを弟子として引き取って育てたため、 後世の人々から子育て呑龍と慕われた。 「上毛かるた」では、「お」の札に「太田金山 子育て呑龍」として採録されている。
▼大光院の御朱印「子育呑龍上人」

