TOP - 神社・仏閣 - 長野県 - 上田市- 信濃国分寺 (しなのこくぶんじ)
神社仏閣めぐりで長野県上田市の「信濃国分寺」を訪れた。
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【国】重要文化財[名所・旧跡 - 長野県]
・国分寺三重塔(1907年(明治40年)08月28日指定)
【国】史跡
・信濃国分寺跡(1968年(昭和43年)03月19日追加指定)
・中部四十九薬師霊場 第1番
縁起:(引用・参照)案内板
現在山号・院号はないが、江戸時代には「浄瑠璃山真言院国分寺」と号した。また本堂の薬師堂には「八日堂」の別称がある。 上田盆地の中、千曲川の北岸に位置する。上田市には信濃国の国府が設けられたと見られており、古代信濃国の中心地であった。 創建時の国分僧寺跡・尼寺跡は並んで建てられており、現在はその中を「しなの鉄道」が通っている。 そして僧寺跡の北方300mの場所に現在の国分寺が立っている。 寺伝では承平8年(938年)に平将門と平貞盛の合戦で焼亡したという。 境内には本堂(薬師堂)、塔、鐘楼、観音堂、大黒天堂などが配置されている。 本堂は文政12年(1829年)の発願で、天保11年(1840年)に起工、万延元年(1860年)に竣工した。 善光寺本堂同様に庇(裳階)がつけられているので二階建てに見えるが、構造的には単層裳階付きである。 近世の堂としては東信最大で江戸時代末期の特徴がよく表れており、長野県宝に指定されている。 三重塔は高さ20.1m。源頼朝の発願と伝えるほか、塔内には建久8年(1197年)の墨書があったと伝わるが、様式から室町時代中期の建立と推定されている。
信濃国分寺跡
国分寺(僧寺)跡は現国分寺の南方に位置する。 寺域は東西176.56m、南北178.05m(約100間四方)。 金堂、講堂、中門、塔、回廊、僧房の跡が確認され、南大門の位置も推定されている。
信濃国分尼寺跡
尼寺跡は僧寺跡の西側に位置する。寺域は東西150m、南北150m(80間四方)。 金堂、講堂、中門、回廊、経蔵、鐘楼、尼房などの跡が確認されている。
▼「薬師如来」と「信濃国分寺」の御朱印


