「日本100名城」めぐりで山形県山形市の「山形城」を訪れた。
| 城名 | 山形城(やまがたじょう)
山形県山形市霞城町 Google地図 緯度,経度 38.255529, 140.327746 |
| 別名 | 霞城、霞ヶ城、吉字城 |
| 城郭構造 | 輪郭式平城 |
| 天守構造 | 御三階櫓 |
| 築城年代 | 鎌倉時代初期 |
| 築城主 | 斯波兼頼、(主な改修者)最上義光、鳥居忠政 |
| 主要城主 | 最上氏、鳥居氏、堀田氏、秋元氏他 |
| 廃城年 | 明治4年(1871年) |
| 遺構 | 石垣、堀、移築門、移築御殿 |
| 再建造物 | 二の丸東大手門、大手橋、本丸一文字門 |
| 登城日 | 2025年(令和07年)05月23日 |
【国】史跡
・山形城跡(1987年(昭和61年)05月28日指定)
・日本100名城(10)
・日本歴史公園100選(14)霞城公園
・日本の都市公園100選(12)霞城公園
(引用)ウィキペディア(Wikipedia)
おおよその城郭構造の基礎は、最上義光の時代につくられ、鳥居忠政の時代に現在の形に整えられたものである。 江戸時代には山形藩の政庁が置かれた。 現在は、武家屋敷群のあった三の丸が市街地化しているが、本丸、二の丸跡が霞城公園として残されている。 南朝:正平11年/北朝:延文元年(1356年)に斯波兼頼が羽州探題として山形に入部し、 南朝:正平12年/北朝:延文2年(1357年)初期の山形城が築城される。 以後、出羽斯波氏は最上氏を名乗り、最上氏本宗家の居城となった。 最上義光が、慶長年間に城郭を拡大し三の丸を構築、家臣団の屋敷が置かれた。 さらに城下町を整備し、慶長出羽合戦で得た出羽57万石の本城となる
▼スタンプの設置場所は、最上義光歴史館、旧済生館にあります。登城印は、最上義光歴史館で頂きました。
▼山県城跡 霞城公園のパンフレットと記念スタンプ


