ソウルメイトにこだわるのはもうやめた。大切なのは、私がどう生きるか。 






「ソウルメイトって、本当に必要な存在?」

私は昔、「ソウルメイト=運命の唯一無二の存在」と考えていました。

自分にぴったりの相手がいて、その人と出会えば全てがうまくいく。

ソウルメイトという言葉に魅了され大好きな彼と一生添い遂げる。

彼が居ると幸せになれる

そんなふうに思っていたけれど、今は違います。


ソウルメイトとは、「魂の成長を助け合う存在」そう考えたとき、ソウルメイトという存在を追いかけるよりも、私を取り巻くすべての人が大切な存在なのでは?と思うようになりました。


嫌な出来事すら、私を成長させるためにある 



昔の私は、上司の嫌味や同僚の妬みに傷つき、「なんで私ばっかりこんな目に…?」と思っていました。


好きな人に振り向いてもらえず、泣いたこともあります。

「きっとまた裏切られる…」と疑ってばかりいたことも。


でも、そんなふうに心を閉ざし、怒りや悲しみに囚われている自分が

果たして“美しい女性”と言えるのか?


本当に美しい女性は、外見ではなく心が輝いている人。

太っていようが、化粧をしていなかろうが、

自分を大切にし、努力を積み重ねている人は、美しく光り輝く。


ソウルメイトかどうかは、もうどうでもいい 




今、私のそばにいるパートナーがソウルメイトかどうかはわかりません。

でも、迷ったとき、悩んだとき、きちんと向き合い話してくれる。

間違った時も、ちゃんと叱ってくれる。

どんな時でも私を見離さず導いてくれる。

私が気づきを得て学びを共有すると、

彼がそうだねと言い、また学びを深めて話してくれる


そんな今の関係こそが、本当の意味で魂を高め合える関係でその相手がソウルメイトだと思います。


そこから気付いた事はソウルメイトかどうかを気にするよりも、

大切なのは 「私がどう生きるか」 

私に関わってくれている全ての人が、私の魂の成長のために色んな役割を持ち存在してくれているのだ。

時には嫌味を言ったり、いじめたり、慰めてくれたり、

生きてきた全ての出来事が私の成長のために用意されたもの。

その自分の人生の中に登場人物として現れてくれた人たちは大切な存在だと思えたら感謝が溢れます。

今までの私はソウルメイトという存在に囚われていました。

大切なのは「特定の誰か」ではなく、あなたの人生に関わるすべての人なのかもしれません。


心を閉ざしていたときには見えなかったものが、

心を開き、自分を磨き続けたとき、

「ソウルメイトはすぐそばにいた」と気づけるのではないでしょうか?