今日9月6日は妹の日らしい。ブログのネタに困って、今日はなんの日系のサイトを見たら、そうなっていた。42年生きてきて初めて知った。1991年に提唱されたものらしい。妹の可憐さを象徴する乙女座の中日なので、ある漫画家が提唱し始めたらしい。妹の日で思い出した話。

高校一年生の夏休み。オイラには珍しく、同級生の娘と付き合っていた。同じクラスのE子といい、髪が腰まである丸顔で色黒の女の子だった。オイラから告ったのではなく、彼女の友達に呼び出され、渡り廊下の前に行くと、E子が待っていて告られたのだ。こんなオイラでも、高1までは見た目でも、多少はモテていたのだ。

オイラを呼びに来た彼女の友達も、当時オイラの友人と付き合っていたので、ダブルデートなどということもしばしばだった。オイラは剣道部、友人はバレー部で毎日練習があり、夏休みといえど、毎日学校に行っていた。そして7月末に彼女の地元で花火大会があるというので、オイラとE子、友人カップルの4人で行くことになった。E子と友人の彼女は地元が同じで、オイラと友人は地元は異なるものの、彼女の地元から見て、同じ方面に住んでいた。

オイラの地元駅で友人と待ち合わせ、甚平姿の二人は彼女の地元へ向かった。初めて訪れる彼女の家は、びっくりするには充分な大きさで、駐車場に停まっている車は二台ともメルセデスだった。普段の彼女からは想像出来ないが、いわゆるお嬢様育ちなのだ。親は私立の女子高に通わせたかったらしいのだが、彼女が猛烈に反対して、オイラ達と同じ高校に入ったらしい。後で彼女に聞いたのだが、普通に恋愛とかしたかったのだという。

彼女の部屋は、白を基調にして、ピンクのアイテムで彩られた、女の子らしい部屋だった。友人の彼女は既に来ていた。しばらく部屋て涼んでいると、彼女の母親が紅茶と手作りだというチーズケーキを運んできた。レモンの風味が勝ちすぎていたが、爽やかでとても旨いケーキだった。花火まではまだまだ時間があったので、中学時代の話をしたり、彼女の妹を交えて人生ゲームやUNOをして遊んだ。

彼女の妹は中2で、彼女とは違い、中学から私立の中高一貫校に通っていた。それでも活発そうで、E子とは逆にショートカットでだった。人見知りもせず、オイラ達の話にも、積極的に絡んできた。可愛いなぁとの印象だったが、それは恋愛対象としての意味ではなく、まさに妹的な可愛さだった。我々は5人で花火大会に行った。その後の夏休み期間は、しばしば彼女の家に行くこともあり、その都度妹は顔を出し、時には彼女と一緒に勉強を教えたりもした。

彼女との付き合いは、その後3ヶ月で破局を迎え、もちろん彼女の家族とのお付き合いも、その時点でなくなった。しかしE子は同じ高校なので、友達としての関係は続いた。

高3の夏休み、オイラはE子に呼び出された。クラスが違ってからは、話をする機会もめっきり減り、恐らく3ヶ月振りくらいに言葉を交わした。E子は困っていた。妹が高校生になってから、オイラと付き合いたいと言っているらしい。正確に言うと、初めて会った2年前の夏休みに、オイラのような人がいいと思い。その後E子と別れた後は、高校に上がったら告ると決めていたらしい。恐らくオイラへの憧れが、オイラのイメージを上方修正したのだろう。E子は今のオイラに彼女がいることを知っている。それでどうすればいいかと困っているのだという。正直にオイラには彼女がいると伝えればいいと言ったが、E子の返事は歯切れが悪い。理由を聞くと、オイラと別れて以来、妹からオイラに彼女ができたら、教えてと言われていたのだが、オイラが彼女をとっかえひっかえしているので、話すタイミングを逃してしまい、ずっと彼女がいないことになっていたと言うのだ。

正直そんなん知るか!とは思ったが、E子の妹には罪はない。E子と話し合った結果、一度会う機会を作って、その時に告ってきたら、キッパリと断り、告ってこなかったら、好きな娘がいると言って、諦めさせることにした。

E子の地元近くのイクスピアリで会う段取りをしてもらった。2年振りに会う妹は相変わらず髪は短かったが、明らかに少女から大人への階段は上り、かろうじて幼さは残してはいるが、女としての輝きを垣間見せていた。ぶっちゃけE子よりも全然可愛かったし、その時付き合っていた彼女よりも可愛いかった。

バイキングで食事をしながら、2年の隙間を埋めるように、彼女は休みなく話し続けた。しかしその話は女子校ならではの話で、特にオイラの興味をひく話はなかった。あっという間に2時間が過ぎ、店員がそろそろ終わりの時間だと告げてきた。彼女からの告白はなく、食事の時間は終わった。ウィンドウショッピングをしながら、彼女の笑顔を見ていると、このまま付き合ってもいいかな?なんて思いも芽生えたが、その後の面倒臭さに考えが及ぶと、慌ててその思いを打ち消した。

そしていよいよ会話がなくなり、少しの沈黙が続く。オイラがそろそろ好きな娘がいることを話そうと思ったとき、彼女から沈黙を破ってきた。『付き合ってください』彼女の精一杯の告白だった。オイラは即答出来なかったが、気持ちは決まっていた。彼女の手を引きアクセサリーショップへ向かった。一つのピアスを選び、プレゼント包装を頼んだ。彼女は小さな声で、ピアスの穴開いてないと言った。

オイラはピアスを渡しながら、ピアスの穴は開けなくていうこと、妹としてしか見れないから、さっきの告白は嬉しかったけど、答えはNOだということ、そのピアスが似合うようになったら、オイラが改めて告白するので、その時は教えて欲しいということを伝えた。彼女は泣きながら笑顔でオイラの話を聞いていた。

結局その後彼女からの連絡はなく、キザで甘酸っぱい思い出として、オイラの心の隅っこにしまわれて、今日の妹の日をもって、思い起こされたのである。
旅先でもいろいろな出会いがあるものだ。また、解放感からなのか、旅の恥はかき捨てという諺通りなのか、オイラも女性も恋をし易い。沖縄やワイキキなど南国はもちろんだが、北海道や京都などの観光地でも、いろいろな出会いがあった。ここ数年は仕事と持病の関係で、何泊もする旅行は出来なくなった。そこで、年間4~5回は出かけているのが熱海だ。

オイラの住まいから一泊の旅行に最適なところは熱海以外にもたくさんある。箱根や鬼怒川、那須塩原に伊香保温泉、温泉地だけでもたくさんある。同じ伊豆でも網代、伊東、下田、熱川なども名湯の里である。しかし熱海は他の温泉地にはない魅力がある。それは圧倒的に夜の街が充実しているのだ。食事をする店はもちろん、酒を飲む店、女の子がいる店、他の温泉地に行っても、基本的に夜9時過ぎにはどこも開いていない。ホテル内のバーやラウンジで飲むしかない。

下田駅周辺には何件かは女の子がいる店も点在してはいるが、その多くがフィリピンパブなど、外国人のお店である。その点熱海は飲食店も豊富にあるし、女の子のお店もかなりの数が営業している。三島や伊東などの女の子も熱海に働きにくるほどである。熱海のギャバクラの特徴的なのは、ホテルの団体客の宴会への、派遣コンパニオンと掛け持ちで営業している店が多いことだ。そういったお店の女の子は、オイラ達が店に入った時点で、お座敷でさんざん飲んで、出来上がっているかことも少なくない。

酔い加減が悪い方にでる女の子もいるが、オイラ達にとって都合の良い酔いっぷりの女の子もいる。そんな女の子の中に好みのタイプの娘がいれば、その娘を口説くことに全力を注ぐ。もちろんその日にイイコトできればいいのだか、そうそう上手くいくことはない。そこで第一に、連絡先の交換と、翌日の昼間のデートや食事の約束をとりつける事を目標にするのだ。

熱海旅行は毎回、高校の同級生だったツレと一緒に行く。いつも新幹線で行くので、現地での移動は専らタクシーになる。ところが女の子達とデートの約束が取れれば、その娘達に車で迎えにきてもらえるし、ガイドにはない地元ならではのお店にも案内してくれるので、一石二鳥以上の価値がある。昼間ということもあるし、男女共に2人ずつなので、警戒されることもなく、極めて自然な会話もできる。

そのデートによって、オイラ達はお目当ての女の子と、各々別々に次の約束をとりつけるのだ。その結果、後日一人で熱海に来たり、東京に彼女を呼んだりして、発展させて行くのである。もちろんお互い発展がなければ、再びツレと一緒に熱海へ行き、お店に飲みに行き、次の日は4人でまた楽しむこともある。

その中でも、一番最近の思い出の娘がTである。Tは21歳で身長はオイラのお腹の上くらいたから、150センチあるかないかの小さな娘だ。美人タイプではなく、日テレの水卜アナウンサーのような、タヌキ顔の可愛いタイプだ。夜の仕事とは別に、昼間も郊外の隠れ家的なフレンチレストランで、給仕の仕事もしていた。

最初にお店で会ったとき、彼女は程よく酔っ払っていた。お座敷仕事で客に気に入られ、結構な量を飲まされたという。当時彼女は夜の仕事を始めて、また2週間だったので、お酒の飲み方(飲まされ方)がわかっていなかったのだ。後で知ったが、酔っていない時のTはおとなしく、人見知りもかなり激しい。ところが酔っ払っていると、陽気で少しだけスケベになる。初対面のその日、お店のスタッフに隠れて、彼女はオイラにキスをしたのだ。

酔っ払ってのことなので、後日その話をすると、決まって彼女は赤面し、そんなことはしてないと否定する。その日はオイラのツレも、翌日のデートの交渉か成立しており、オイラも必死にTを口説いた。ところがTは翌日の昼間は、フレンチレストランで仕事だという。仕方なく翌日の約束はあきらめた。それでも連絡先の交換と、昼間の勤務先を教えてくれた。

翌日、オイラとツレ、ツレがデートの約束をしたしゃくれの女の子の3人で遊ぶことになった。しゃくれが車で迎えに来てくれた。ぼっちのオイラが運転して、遊ぶことになった。後部座席でイチャイチャしてる、ツレとしゃくれ。行き先を聞いても答えないので、オイラはTのレストランに行くことにした。ちょっと遠いが関係ない。むしろしばらくの間イチャイチャできて、後ろの二人も好都合だろう。

1時間休みなく走って、ようやくレストランに到着した。フレンチで予約なしで大丈夫か不安だったが、堅苦しくないお店で問題なかった。Tには来ることを伝えてなかったので、オイラ達3人の顔を見て驚いていた。昼間の彼女は小さい体に、真っ白なカッターの上に、エンジ色のベストを着て、蝶ネクタイを締めていた。黒いパンツにソムリエエプロンを巻いていた。まるでキッザニアで、職業体験をしている、子供のようで、とても可愛かった。

ツレとしゃくれは運転する気がないらしく、昼間からワインと世界のビールを頼んだ。そしてランチのコースを頼み、彼女の給仕で食事をした。お店の人にちゃんと断ったのか、給仕の際にはすぐに下がらず、少し談笑する時間を作ってくれた。その時の彼女の笑顔が、何よりも印象的で、料理の味など全く記憶にない。会計の際にも店長さんに断りをいれ、レジ前でツーショット写真を撮った。具体的な約束はしなかったが、また必ず逢おうという約束をした。

その後、毎日のようにメールをしたり、電話で話したりした。次にまとまった休みを取れるのは、オイラではなく彼女の方だった。初めて会った日から約4週間後、彼女は休みを使って東京に遊びにくることになった。元々こちらにいる友人に会いに来るついでに、一日だけオイラとの時間を作ってくれた。

当日、品川駅まで迎えにいき、そのまま都内でデートをした。明日以降こちらの友達と、さんざん東京らしいところや、流行りのスポットは行くようなので、地元の人間しか行かないようなところを案内した。かつての勤務先周辺の商店街や、駄菓子の問屋街などを回った。彼女はとても喜んでくれた。

そして都内のホテルで夕食をとり、そのまま予約していた部屋へいざなった。自分の半分の歳の娘を抱くのは初めてだった。体も小さく罪悪感のようなものも、多少ではあったが感じてしまった。しかし彼女の身体の反応は、少女のそれとは違い、これまでの経験を反映させたものだった。

その後も二人の関係は続いたが、昨年アタマのオイラの入院を機に、連絡をもらっても返さなくなり、今日に至る。退院後も何回か熱海には出かけて、彼女のいたお店にも顔を出したが、昨年春頃に辞めてしまったという。Tを知っている女の子に聞いたが、携帯番号やメアドは変えてないとのことだ。でもオイラはあの時の思い出で充分で、オイラの勝手な都合で連絡を絶ったのだから、こちらから連絡する事はない。

今年で23歳になるT、いいオンナになっていてくれたれいいな。
今日は恋愛の話ではなく、いま入院しているのだが、病室の同部屋の患者について。

年齢は53歳で、独身、長男。仕事中にバイクで走行中に対向車と事故。肺に穴が空き、足と腕を骨折。前の病院で3ヵ月、この病院に転院してきてふた月くらい。肺は完治し足も普通に歩けるまでに回復。腕は複雑骨折だったが、先週固定器具が外れてリハビリと、腕の経過観察といった状況。

コイツがまあクズ中のクズ。高齢の母親と二人暮らしらしいのだが、着替えを持ってきたり、洗濯物を回収しに来てくれている。この病院は車があれば便はいいが、交通の便が悪い。電車バスを乗り継いで、片道2時間もかかるらしい。その母親に対しての態度や、電話での話し方が、感謝やいたわりのかけらもないのだ。

3日に一度くらいの頻度で母親を呼びつけるのだが、主な目的は本を持ってこさせることだ。炎天下の中、徒歩で来る母親に、毎回10冊もの本を持ってこさせる。着替えが足りていても、本を読み終わると、10冊以上持ってこいと命令口調で電話をする。しかも病室から出ずにベッドの上から携帯でかけるのだ。もちろん病室内は携帯での通話は禁止だ。しかも母親からしょっちゅう確認の電話が来るのだが、マナーモードにもしてない。

母親が着替えや本を持参すると、まとめてあった洗濯物を渡し、さっさと帰れと言って、ベッド脇の椅子にも座らせない。要求した本がなかったりしたら、バカだボケだのと暴言を吐き、早く帰って探せと言う。病気での入院ではない、走行中の事故で勝手にケガをして、迷惑をかけたくせに、どうやったらそんなに偉そうに出来るのか?そのくせ会社からの電話には、平身低頭に受け答えるのだ。

リハビリくらいしかやること無いのに、そのリハビリすら理由を付けてはサボろうとする。何故なら疲れるからだ。おかげでここに入院してから8キロも体重が増えたという。入院して体重が増えるなど、聞いたことがない。

さらに言うと、イビキがうるさい。自分が5時半にたまたま目覚めたりすると、起床時間前にもかかわらず、洗面台で水をバシャバシャ音を立てて出しながら、歯磨きや洗顔を始める。一人ごとが多くその声もデカい。大して痛くない処置でも、痛い痛いと連呼する。細かいことを言えば、キリがないほどである。

まあ、他人のことなど放っておけばいいのだが、そんなヤツが同部屋にいるだけで、胸くそ悪い。オイラのイライラは募るばかりだ。そこで、ある日オイラは我慢出来なくなって言った。

『テメエ、いい歳コいてふざけんな!イビキは我慢してやっから、二度とオイラが部屋にいるときに、その声聞かせるな!お袋さんにデカい態度するなら、部屋の外でオイラの聞こえないところでやれ!わかったかクソ野郎!』

それから今日で2日目、相変わらずイビキはうるさいが、オイラが部屋にいるときだけは、ヤツの声は聞いてない。まもなく転院するオイラだが、あと少しの間は多少快適に過ごせそうだ。