六世紀あたりのマウント合戦 | セ、セ、センスがイイネ!

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旅の思い出話はちょっと休憩。

2022年度の桜シーズンを振り返って、というお話です。

 

「マウント合戦」などと申しますと。

我らカメラスキーとしては、やれニコン不変のFマウントだの、それ真実はいつもM42マウントにあるだのと、カメラとレンズの接合部の話題かとそわそわするのですけれど。

そういう話ではなくて、ですね。

 

埼玉県吉見町の観光名所、吉見百穴(よしみひゃくあな)へ行ったのです。

 

今年の桜らしい桜の写真、これだけです / SONY NX-5 + AUTO ROKKOR 28mmF3.5

 

おー、穴だ穴だ!

 

 

百穴とは何ぞや

 

こちらのブログではこれまでに「埼玉のフィンランド」、そして「埼玉の台湾」を撮ってきましたが。

この百穴、トルコにある奇岩群とそこを掘りぬいた住居になぞらえまして。

「埼玉のカッパドキア」の異名があるそうです。

 

感じますね。。。世界が埼玉に集まってきているのを!

 

さて、本場のカッパドキアは、キリスト教徒が迫害を逃れるために岩を掘りぬいて住んだって話でした。

では、こちらの百穴は一体何なのでせうか。

 

時は明治時代。

穴の存在自体は江戸時代から知られていたそうですが、東京帝大の院生だった坪井正五郎によって、穴の発掘調査が行われました。

そして正五郎さんは述べたのです。

 

これはコロボックルの住居跡と思ふ次第であります

 

そう、コロボックル、です。

北海道のアイヌ民話に登場する、フキの下にたたずんでいるイメージで知られた、あのミニミニ人間です。

急にどうした、ここは埼玉だぞ?って思うわけですけれど。

 

どうやら正五郎さん、日本の先住民族はコロボックルだったという説にご執心だったようです。

それで、標準的な身長の人間にとっては天井の低すぎる穴を見て、ぴんときてしまったのですね。

 

コロボックル。。。ねえ。。。

ま、現代の物差しをもって明治の学説を測るというのもヤボってものでしょうね。

 

現在では、六世紀から七世紀にかけて造られた横穴墓群だというのが通説となっております。

 

朝、コロボックルのお父さんが、穴の前であくびしている光景が目に浮かびますなあ

 

木に粘菌?らしきものを発見

 

 

ちょっと夢見がちな人のようにも思える正五郎さん。

とはいえ、日本に人類学をもたらした人だし、後に帝大教授となっているし、立派な方です。

 

なによりも。

昭和天皇の御前講義でキャラメルの空き箱に入れた粘菌を突きつけたことで有名な、博覧強記の超人にして奇人、南方熊楠(みなみかたくまぐす)とも知り合いだったようで。

わたし、熊楠ファンなので、もうそれだけで尊敬しちゃう。

 

繰り返しになりますけれど。

現在の物差しをもって過去を測るのは無粋ですしアンフェアですね。

 

登れます。そして下々の者たちを見下ろせます

 


高層階がえらいって話ですよ

 

 

ところで。

横穴墓って珍しいものなのだろうか。

 

ふとそう思ってググってみたところ、宮城から宮崎まで、けっこうたくさんあるみたいです。

古墳時代の五世紀終盤から奈良時代にかけて、大きな古墳を造営するよりも手軽なこともあって、流行したようです。

もちろん一般庶民の墓などではなくて、それなりに身分の高い人々のためのものだった、と。

 

この吉見の百穴も六世紀末~七世紀後半に造営されました。

他の横穴墓と違ってえらいのは、穴が多いこと(219ある)、そして国の指定史跡となっているから、なのです。

身分の高い人々の副葬品、耳環(イヤリング)や勾玉、大刀なんかも出土しており、それらは入場して右正面、大澤売店さんの店内で展示されています。

 

そんな百穴をつらつらと眺めていて、思いました。

 

やっぱ、あれかなあ。

上の穴の方がえらいとか、そういうマウント合戦、あったのかなあ。

今のタワマンみたいにさ。

 

や。

埼玉の農民であるわたしには縁のない話ですけれども。

そういうのがあるらしいですね、タワーマンションのマウント合戦。

高層階のほうが値段が高いから、高いところの住人が低いところの住人に威張るのだとか。

うへえ。

 

おたくはお墓が低いところにあってうらやましいですわぁ!

うちなんて、だいぶ上ですから、もうお墓に行くまでが大変で!

 

でも、そうは言っても、うちの主人ぐらいになっちゃうと、あまり下にはできませんでしょう?

世間の目もございますしねえ?

 

はー、出世なんてしてもらっても、いいことなんてありませんわね、全然!

その点、おたくのご主人なんか、先々のことまで考えて、ほどほどになされて、ねえ?

それじゃ御免あそばせ、おほほほほほ!

 

きっとそういう会話が、千三百年ぐらい前に、この穴でばったり出会ったご婦人同士の間で交わされていたのではなかろうかと思います。

人類の本性なんて、たぶんたいして進歩していませんから。

おお、いやだ、いやだ!

 

あ。

思わずタワマンを連想しましたが。

もしや現代においても分譲墓地でマウント合戦してたりするんでしょうか。

斜面に造成した墓地の場合、上の方がえらかったり?

有名人の隣りの区画だと値段が高くなったり?

どうなんでしょ?

 

や、実はこれ、内密の話なんですが。

こちらの区画、先月ね、あの有名な〇〇さんがね、買われたんですよー。

 

あまり大きな声じゃ言えませんが、〇〇さん、大きな病気をされたみたいで、すっかり痩せていらして。

や、もうご高齢ですし、まあ、近いうちにこちらへご入居されるんじゃないかって、えへへ。

 

〇〇さんのファンだっていう方も多いですからね、そうなると、この周りの区画のお値段も、ガッ!とですね?

なので、このお値段でお出しできるのも今だけかもしれませんし、いかがです?

あ、もちろん、ガッ!てなってから欲しい方に譲っていただいても、まあ投資っていう形でも、ええ。

思い切って、えへへ、どうされます?

 

そんな、敏腕墓地営業マンがいたりするんでしょうか?

 

我が家の墓は一戸建てタイプなので、その辺の事情はよく知らないのです

 

 

その戦いは令和の世でも

 

 

さて、ところで。

百穴に入って右正面、出土品の展示がある大澤売店さんですが、明治時代の発掘当時の写真も掲示しております。

ちょうど客足の途切れたタイミングだったからか、店主が熱心に説明してくださいました。

なんでも、そもそもこの百穴は大澤家の敷地なのだとか。

へえー。

 

さらに、店内のそこここに、百穴を訪れた有名人の写真も飾られておりました。

芥川賞を受賞したお笑い芸人のピース又吉、華道の假屋崎省吾、なんとかいうバンドのメンバー(忘れた)。。。

 

ところが。

実は、百穴には入って左側にもう一軒の売店がありまして。

そして、そちらにも少ないながら写真が飾られているのですが、そちらはなんと、かつてロケでこの地を訪れた三船敏郎の写真でした。

 

おお、世界のミフネ!

『七人の侍』、『用心棒』、『隠し砦の三悪人』は、オールタイムベストだぜ!

 

かたや、三船敏郎。

かたや、ピース又吉その他。

 

うん、あっちの勝ちー。

 

それで、向こうの店にはかの三船敏郎の写真が飾ってありましたよと、店主に申し上げたところ。

一瞬ひるみながらも、店主いわく。

 

でもほら、こっちは明治の写真だから!」って。

 

ああ、なるほど、はい。。。

 

でも、あっちの勝ちー!

 

令和の世にあっても、百穴では。

形こそ違えど、マウント合戦に余念がないのだなあって思いました。

人間の性(さが)。。。ですかねえ。。。

 

 

余談

 

百穴には太平洋戦争末期に掘られた地下軍需工場跡もあります。

 

内部は洞窟の秘密基地のような雰囲気もあり、十年ほど前の夏に訪れたときにはそこで涼んだものでした。

 

こちらは仮面ライダーのキノコモルグ回の撮影に使われたんですって!

知らなかった!

 

しかし、現在は崩落の危険があるということで、立ち入り禁止になっていました。

ちょっと石が一つ落ちたぐらいで。。。役場め。。。て、店主さん、悔しそうでした。

 

十年前の一枚。立ち入り禁止になったのが惜しいです / レンズ不明