全然生きてる -2ページ目

全然生きてる

全然生きてます

死ぬことはきっと怖いことなのだろうし、死なれることはきっと寂しいことだと思うけれど、死は悲しいことではないと思うんです。


大学に行かなくなってはや一年、父親は私の口座に後期の学費分の金を振り込んで「行くならここから払え、行かないなら好きに使え」と言った。


きっと父は優秀で正しい人なのだろう。と、思う反面私は、私は混乱していた。大学には、多分もう戻れない。いじめられたとか、なにか嫌なことがあったとかではなくて、私は、私は、なんだかダメになってしまった。いや、実は前々からダメで、それにやっと直面したと言った方が正しいのかもしれない。


どうでもいい。どうでもよかった。何もかももうごめんだ。最近は上手く眠れなくて深夜3時に1人で酒を開けて自分を昏倒させて眠るような日々を送っている。


逃げ癖、なのだろう。もう、一生治らない。と、言ってしまえば治す努力をしなくて済むと思っている。私はそういう狡い私のことが嫌いだし、でもこれが私の本質でもあるような気もして、やっぱり全部が嫌だという訳だ。


大学に行かなくなった話をしたとき、実は心配した人は周りにはいなかった。いや、心配する素振りを見せなかったというのが正確なのかもしれないが。それは私があまりにもあっけらかんと「私ダメみたいだ」と笑いながら言ったからなのか、それともそんなことに頭と心をつかっても無駄だと思ったのか。どちらにせよ、どうでもいいか。


思わず帰りたいと言った。私は帰る場所がないと嘆ける様な酔い方はできないし、そも帰る場所はあるのだろう。帰りたいが帰りたいと思える場所がどこにもないというわけだ。死ぬ気はないが死ぬしかないのかなと思ってしまう。根暗はどこまでいっても根暗なのだろうか。


父親から振り込まれた金は既に使ってしまった。酒にでもなく男にでもなくギャンブルにでもなく、ましてやブランド物でもなく。パーソナルトレーニングというやつにつっこんだ。


痩せたいという強い意志がある訳ではない…と、言ったら怒られてしまうだろうか。でも、動機は自分が痩せたらどうなるんだろうという好奇心と友人たちは驚くだろうなという二点だけ…いや、ああ、その、ふくよかでも私はこんなに可愛いのだから痩せたらきっと最高ではないのかしら!というものだ。

痩せたらバパ活なり水商売でも始めて金を返すかと思っている


ま、それだけでどうにかなるほどの美貌をもっていると思ってはいないけど、細かいことは痩せてから考えればいい。今は自分が変わること、使ったことの無い筋肉を使うこと、頑張ったことを褒めてもらえることが嬉しいし楽しい。



妙に筆が進むようになった。

それがいいことなのか、わるいことなのか、私にはわからないけれど、でも、「戻ってきた」様に思える。

「なんで付き合うとかじゃないん?」
友達からのLINEに思わず苦笑する。
「私はヒトに愛してもらえる様な素敵な人じゃないから」と打とうとして、何だか嘘っぽくて「付き合う必要がないからじゃない?」と返した。最初のよりだいぶ「それっぽい」返答な気がする。

正直ごっこ遊びで満足なのだ。
いや、本当は、愛なんて一欠片だけもらえれば十分なのだ。それくらい私にとって愛は恐ろしく、羨ましく、そして私が手にするにはやっぱりおこがましいものに思えて仕方がない。

再三言っているが、私は愛されて育った。ただ、それは、言ってしまえば『よくある普遍的なもの』ではなかった。私のどうしようもないとしか言い様のない人格の欠損をそのせいにするつもりはない。ただ、時折、やはりさも当然のように愛される人間を見ると私はほんの少しだけ、自分のことをおかしいと思ってしまうのだ。

「頭を撫でてほしい、抱きしめてほしい、好きと言ってほしい」というのは、今となっても「この人」にしてもらいたいというのは無かった。否、本当は両親にしてもらいたかったのかもしれないが、今言ったところで多分悪意など微塵もなく「気持ち悪い」と一笑されて終わりだろう。

愛を求めることは、気持ち悪いことなのだ。

手が震える、視界が滲む、感情失禁スレスレだ。ああ、そうだ、愛を望むのは気持ち悪いことなのだ。だから、今まで言葉に出されて望まれるのは気持ち悪かった。違う、それができる人間が、それをしていいと生きてきた人間が、私は心底、そう、心底、怖かった。

本当は泣くのは1人でじゃなくて、誰かの傍で泣きたかった。そして、私が泣いても笑わないでほしかった。私の気持ちを馬鹿にしないで欲しかった。本当に、ただそれだけだった。

脱衣場で、クローゼットの中で、身体を丸めて泣いていたことを思い出す。どうして泣いていたかなんて思い出せない。ただ、私にとってそれは一度や二度ではなかった事だけは確かだった。

父や母の元で泣いたことを思い出す。父はいつだって笑っていて、それは困っているような、幼い子供が泣いていることがおかしいかのような、そんな風に笑っていた。母は、母は、どうだったのだろうか。あまり思い出せない。確かに優しい面のあった筈の母は、私の記憶はヒステリックを起こした母のことだけを鮮明に覚えていた。

本当に、愛されていたのだ。それは紛うことなき事実だ。だが、だが、やはり私はおかしいのだ。
「普通になりたいのか」
「…分からない、普通じゃないからあの子達と出会って、貴方とこんなことをしている、そう考えたら存外悪くないけど、自分がどうしたって手に入れられないものを多くの人が当然の如く手にしているのを見て、思うところがあるのも事実よ」

そもそも、努力云々の問題じゃない。多くの人にとってそれは、当然のごとく手に入れやすいもので、私にとってそれは、手に入れるのに苦労するものなだけの話だ。

なら、多くの人が手に入れにくく、私にとっては手に入れやすいものとはなんだろうか、簡単だ、生きることそのものへの苦悩だ。

生きているだけで血反吐を吐く私や友のことを周りの人間は大袈裟だと笑うが、そうではない。君たちは、この世界は、あまりにも残酷で、私から言わせてもらうと君たちはその残酷さに鈍感なのだ。

私は自分が繊細なんです…と言いたい訳ではない。人に配慮してもらって当然などと思える胆力があったらもう少し上手く生きれている。

苦悩は、悲しみは、漬かっているだけではどうしようもない。だが、「これ」の生かし方などただ生きているだけでは教えて貰えない。なぜか、簡単だ、どいつもこいつもコレは理解し難いものとして認識するからだ、「そんなことで」「かんがえすぎだ」「思考停止しろ」と言うばかりだ。その程度で、私の苦悩や悲しみが取り除け、自分達の様に生きれると思っている。舐められたものである。

ああ、漠然とあったマジョリティへの怒りが嫌悪が理解出来る。ずっと感じていた「奴らには心がない」というのは、やはり、大多数にありのままを受け入れられる側の人間と、そうでない人間という対比を否が応でも感じてきたからだ。

イヤイヤ期のような子供のように耳を塞ぎ全てを拒絶していたのは、悪いことであったのかもしれないが、間違ったことではないのかもしれない。
だから声を大にして言おう、
「うるさいお前らにとやかく言われる筋合いはない!!!!!好きに悲しませろ、好きに怒らせろ、私の感情を、感性をお前に否定される筋合いなどない!!!!!私がお前らに笑われる筋合いなどない!!!!!


論理的でない?知ったことか、論理的な回答はロボットにでもしてもらえ、怒りだ、ああ、私は怒っている、何に?何もかもにだ!!笑った奴、馬鹿にした奴、そして、私を、それをさも良きことかのように、自分の理解できるものへと落としこもうとした奴、冷笑主義は、ニヒリズムは止めた。吐き出してやる、そうだ、そうだ、呪詛じゃない、これは鈍器だ、『特定の誰か』を傷つけるためのものじゃない。そんなもののために私は使わない。

お前らだ、お前だ、私を見ろ、私はお前を殴る人間だ、私はどんな手を使おうとも絶対にお前を殴る、お前がどれだけ泣こうが喚こうが、必ずこの痛みを悲しみを知らしめてやる。そして言ってやる「考えすぎだ」「そんなことで」と、心ないお前の前で、私はあの頃のお前のように振舞ってやる。

私は必ずお前らにお前ら自身の残酷さを突きつけてやる。
あたまがわるくてよかった。ついさいきんのことだというのに、ぬくもりも、かたちも、よくおもいだせない。

記憶にあるのは、思わず名前を呼ぼうとして口を噤んだこと。居心地も都合も良かった。だからうっかり『本当に必要なもの』を望もうとしてしまった。

呼んでほしいから呼ぼうとした。だって、きっと名前を呼ばれたら、私は充たされる。でも、充たされることは、いけないことだわ。どうしてそう思ったのかは忘れてしまったけれど。

いい子、いい子、都合のいい子、いい子、いい子、心地のいい子、そうでなくなってしまったら、わるい子?わるい子はいらない、わるい子はダメよ、だって私はきもちわるい子だもの。

わかってるわ、こんなこと言っちゃいけないことくらい。だって面倒臭いでしょ?わかってるわ、わかってるから、いい子のまま、いい子のままでいなくなるの。

いい子のままじゃ、どうでもいい子?なんだろうけど、でも、私は、私は、劣っているから、足りないから、それだけは、わかっているの。ほかの何も理解していなくても、覚えていなくても、それだけは、ずっと、ずっと昔から知っているの。

抱きしめて頭を撫でて誰か君は君のままでいいって言って、良い訳ないけど、言い訳もないけど。

何も思い出せないの、何も思い出さないの、だってそう決めたから、だってそうすれば、誰かに迷惑かけないもの。知ってるわ、知ってるの、何も知らないけれど。ヒトから特別に愛されることはないことは分かってるの。今のままだとずっとこのままなんてことも。

悲しみは美味しいの、ずっとずっと味わっていたいくらい甘美で痛くて、生きてるみたい。悲しみを身勝手に感じてるときだけは、生きてる感じがするの。ヒトみたい。 でも、ヒトはあまり、こんな悲しみ方をしないんでしょ?

アイスクリーム、クリームソーダにレモネード、観覧車に赤い風船、そういうものが好き。あなたは何が好き?おしえて

嘘をついて?利用して?甘い言葉を吐いて?私そんなのには反吐が出るけれど、少なくとも貴方が私を『そうする程度には価値のあるもの』と認識してることが分かるから。そしたら私、心は一欠片もあげないけど、それ以外のものをあげる。

まるで大切な人みたいに扱って、でも特別扱いはしないで、私に見合った扱いをして、私に価値があるって信じさせて

約束して、束縛しないで、押し付けないで、甘やかして、優しくしないで、嫌わないで、好きにならないで、望まないで、望んで

ありがとうなんて言わないで、ごめんねなんてもっと言わないで、罪悪感なんて感じないで、罪悪感を感じさせないで、ヒトじゃないみたいでいて、でも、ヒトみたいに振舞って

放っておいて、こっちを見て、ドキドキさせて、安心させて、怒らないで、構って、笑わないで、今言ったこと何一つ叶えなくていいから、朝まで手を繋いでいて、そしたら私、ちゃんと貴方の望みを叶えるから、愛想つかさないで。

あー知ってたか、死ぬ瞬間って脳内物質ドバドバでめちゃくちゃ気持ちいいんだって。その話聞いてから私は、はやく死にたくてしにたくてどうにかなっちゃいそうだよ。

酒もたばこも性行為も素面でいるときのしんどさを加速度的に増幅させるだけなんだから、はやくおしまいにしてぇよ。

 

生きてて何も楽しくないけどそれが人生だし楽しもうとしてないのがいけないんだけど楽しくないものは楽しくないし、早くドッカンドッカンと終わりにしてえな、世界。嘘だけど

 

飯とか食うのも作るのもだるいし、今日も明日も明後日も死ねないし、かと思いきや明々後日にはあっけなくいなくなっちゃったりして、なんなんだよ、なにが、ころしてくれよ

 

楽しいなぁ、楽しいなぁ人生、嘘

 

いつまでも子供じゃいられないことなんかわかっちゃいるけど何者にも成りたくない人間はどうなっちゃうのですか、どうにもならないし、どうしようもなくなるだけだよ、空しいな、虚しいねぇ。

 

希死念慮マシマシラーメンをすすって私は相も変わらず足りない脳みそと狭い視野を駆使して考える、早く死ぬには煙草だ!

 

バイト終わり近くのコンビニで人生で初めて煙草を買った、心躍りながら鼻歌を歌いながら最後に掃除機をかけたのがいつだか思い出せない部屋に帰る。箱から取り出して一緒に買った使い捨てライターで火をつけ吸う、父の実家の庭で焚火をした時の煙の味がする。

 

美味しくないことに泣きそうになる。おえ、ころしてくれ、お前は期待しすぎだ。正解だ。もう手首を切るほかにゃいのだ、やっほい。

 

死ぬまで思春期かよ、みんないろんな人と交流して成長しているというのに私といったら学生時代の友人と喋って毎夜「なにもないね」という身も蓋もなにもない会話をしている

 

「もうYouTuberにでもなろうよ、私これ以上他人と関わっていたらいつの日か何もかもダメにしちまうよ、ま!今も何もかもダメなんだけどね!!」

人の精神衛生を悪くする喋りは母親譲りだろうか、最悪とは言わないが害悪であることは言うまでもない

「う、うぅ、う、もうやだよぅ、うえっ」

我ながら見事な幼児退行である。
 

シンジャオロース!!

 

「大学行って教授の頭酒瓶でぶん殴って何もかもおしまいにしてやろうかな」

限界である

 

ちゃんとした人間はすごいしえらいけどきもいから死ね

まあ、ちゃんとしてない人間の戯言なんですけど

 

あーなにもしたくないので誰かに内蔵全部あげてしにますわ

は?