死ぬことはきっと怖いことなのだろうし、死なれることはきっと寂しいことだと思うけれど、死は悲しいことではないと思うんです。
大学に行かなくなってはや一年、父親は私の口座に後期の学費分の金を振り込んで「行くならここから払え、行かないなら好きに使え」と言った。
きっと父は優秀で正しい人なのだろう。と、思う反面私は、私は混乱していた。大学には、多分もう戻れない。いじめられたとか、なにか嫌なことがあったとかではなくて、私は、私は、なんだかダメになってしまった。いや、実は前々からダメで、それにやっと直面したと言った方が正しいのかもしれない。
どうでもいい。どうでもよかった。何もかももうごめんだ。最近は上手く眠れなくて深夜3時に1人で酒を開けて自分を昏倒させて眠るような日々を送っている。
逃げ癖、なのだろう。もう、一生治らない。と、言ってしまえば治す努力をしなくて済むと思っている。私はそういう狡い私のことが嫌いだし、でもこれが私の本質でもあるような気もして、やっぱり全部が嫌だという訳だ。
大学に行かなくなった話をしたとき、実は心配した人は周りにはいなかった。いや、心配する素振りを見せなかったというのが正確なのかもしれないが。それは私があまりにもあっけらかんと「私ダメみたいだ」と笑いながら言ったからなのか、それともそんなことに頭と心をつかっても無駄だと思ったのか。どちらにせよ、どうでもいいか。
思わず帰りたいと言った。私は帰る場所がないと嘆ける様な酔い方はできないし、そも帰る場所はあるのだろう。帰りたいが帰りたいと思える場所がどこにもないというわけだ。死ぬ気はないが死ぬしかないのかなと思ってしまう。根暗はどこまでいっても根暗なのだろうか。
父親から振り込まれた金は既に使ってしまった。酒にでもなく男にでもなくギャンブルにでもなく、ましてやブランド物でもなく。パーソナルトレーニングというやつにつっこんだ。
痩せたいという強い意志がある訳ではない…と、言ったら怒られてしまうだろうか。でも、動機は自分が痩せたらどうなるんだろうという好奇心と友人たちは驚くだろうなという二点だけ…いや、ああ、その、ふくよかでも私はこんなに可愛いのだから痩せたらきっと最高ではないのかしら!というものだ。
痩せたらバパ活なり水商売でも始めて金を返すかと思っている
ま、それだけでどうにかなるほどの美貌をもっていると思ってはいないけど、細かいことは痩せてから考えればいい。今は自分が変わること、使ったことの無い筋肉を使うこと、頑張ったことを褒めてもらえることが嬉しいし楽しい。