郡司竜平著「たすく 自閉スペクトラム症の子と家族の物語」を読みました。

「たすく」というのは、現在30歳になる自閉スペクトラム症(以下、自閉症)の青年。

著者は、小学校の特殊支援学級で、新米ホヤホヤ教師の時にたすくの担当となり、以後家族と関わり続けてたすくの成長を見守ってきました。


自閉症の子がどのように育っていくのか、周りがどのように関わるのが良さそうなのか、この本を通じて多くの人に知ってもらいたい、との気持ちから本書を書かれたのでしょう。

たすくの父は神経内科の医師、母は英語教師、そして双子の妹ゆうみがいます。

郡司先生の観察、3人の家族の想い、長く関わった福祉担当者の印象などを元に本書は綴られています。


たすくは、3歩歩けばすぐひっくり返るような子で、しょちゅうパニックを起こし、食のこだわりが強く、どこからどのように関わったらいいか、途方に暮れるような子供だったようです。


そんな彼が、妹ゆうみの結婚式に落ち着いて列席し、誓約書に調印するシーンが初めに語られます。


ここに至るまでは、皆が試行錯誤を繰り返しながらも、ご家族は基本的にできることはなんでもやる、という方針だったようです。


でも、多大な自己犠牲の上にということでなく、自分達らしさややりたい事も諦めない、そういう方針が描かれていました。


特に妹ゆうみは、幼少期は割を食わされている感が拭えなかったようですが、両親は妹の養育にも心を配りました。結果として妹が兄を嫌うことがないようにと。妹は妹として自立できるようにと。なので、海外旅行に行ったり、お洒落をしたり、妹の好きな映画を見に行ったり、そういうことも諦めずに楽しんだようです。


ちなみに海外の空港には、知覚過敏のある人向けの、外界の刺激を遮断したカームダウンエリアがあるのだとか。たすくがパニックに陥った時には役だったとか。


そして、ゆうみは違う小学校に行ったので、ある程度自分の世界を保てたようです。


母は、子供達が小さい時は育児に忙殺されていましたが、たすくが特別支援学校に行くようになってから、やりたかった英語の教師の仕事を始めます。


父も、一度はキャリアの継続を断念しかけますが、家族と深く関わりながらも、結果的にキャリアを継続し、現在は基幹病院の院長としてやりたい仕事をされています。


無論困難はたくさんあり、外出先で警察に通報されかけた、海外で虐待と疑われた、大きな声を出したために女の子が驚き親から謝罪を求められた(支援学校なのに)などなど。


父の「私達家族は、自閉症のたすくがいたからワンチームになれた」との言葉が印象的。


自分らしさを保てているからこそ、良いチームになれたし、良いチームだからこそ、困難があっても、潰れなかったのでしょう。


自閉症の子供を持つ親は、この先この子はどうなっていくのか、自分達親がいなくなった時、あるいは支えることができなくなった時、この子はどうなるのか。それが最大の悩みのようです。


最終的に、グループホームで福祉的就労をしつつ、障害年金と組み合わせて自立する道をたすくは選びますが、その前段階として寄宿舎のある学校へ行ったのがよかったようです。自立度が上がりスムーズにグループホームの生活に馴染めたとのこと。


郡司先生、または父の印象として、自閉症の子は成長のスパンが長く、いつまでも成長し続けるようなところがあるとのこと。同じ人間?と思うくらい、できなかったことをゆっくり克服するとか。


40過ぎて音楽の才能が出てくるとか。


最大の難関は中学時代で、この時期は暗黒時代。正直どうすることもできないが、その前に力をつけてこの時期を乗り越えたら、そのあとはまた成長軌道に乗っていけるのではないか、そう書かれてありました。


ゆうみは、他人に近い兄弟、と自分の立ち位置を分析していますが、結局、福祉に関わる教職の道を目指すことになりました。自分を保ちつつ、視野の中にきちんと家族を捉えている、そういう姿勢が伺えました。


自閉症の家族をテーマにしていますが、家族はどうあるべきか、もっと広い範囲で問いかけられているような気がしました。


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