本日、福岡市南区三宅の老司川に架かる橋を渡っていると、川の水の端だけ濁っているのに気付いた。
その泥水の元は、廃屋解体の工事現場の排水口だと思われる。
それよりも先は濁っていないからだ。
家の解体の時には、粉塵が出ないように水をたっぷりとかける。
その水が泥水となり、老司川に流れ込んでいるのだろう。
老司川については、下記のリンクをご覧下さい。
老司川がいつ頃出来たのか?
那珂川には、裂田の溝(さくたのうなで)という
神功皇后の御代に出来た農業用水路がある。
老司川も相当古いものと思われる。
今後の課題の一つであることを思い出した。
最後に字の判別が難しいかもしれないが、老司川のある老司の堰がいつ出来たか?の看板である。
黒田長政がこの堰を水攻めの道具にしようとしていたとある。
1600年ごろ出来たのか?それとも、その前からあるのか?
ハイジャン男は、後者の気がしている。
裂田の溝の歴史を考えると、かなり古くはなかろうか?
「老司川歴史紐解く半夏雨」
ハイジャン男

